第26話 新たなる世界へ
ヴィッツテリア帝国首都カージス
帝城皇帝補佐室にて、皇帝補佐であるルーファスと将軍ヒース、アスロウが近況報告を行っていた。
「………ふむ。作戦は失敗ですか。」
「も、申し訳ございません。」
ヒースは指揮権を預かったヴァルディーテ攻略作戦の第一案が失敗に終わったことを告げた。
「謝ることはありませんよ。私も良いと思っていた作戦でしたからね。第一陣ですし、さすがに秘匿性が強いものは成功しにくいものです。」
ルーファス自身、うまくいけば儲け物程度にしか思っていなかったため、失敗の報を聞いても驚くようなことはない。
「……はい。それにしても、何の成果も出せないなんて、私は将軍失格ですぅ……。」
「いつまで気弱なこと言ってんのよ!次の作戦だってあるんだから、もっとシャキッとしなさい。」
弱気に俯くヒースに、苛立ったアスロウが思いっきりお尻を叩いた。
「いたぁい……。」
「そもそも、あんただってうまくいかない気がするって言ってたじゃない。予想通りになってむしろ、ほら見たことかって言わなきゃダメなのよ。」
「無理だよそんなの……。」
この二人が水と油なのはいつものこと。
だいたいはネガティブ発言を繰り返すヒースに、逆上したアスロウが襲いかかる形だ。
「まあまあ。終わったことをいつまでも引きずっていても仕方がありません。」
「でも、せっかくルーファスさんに躾けてもらったドラゴンを使ったのに……。」
「いいのですよ。」
ヒースが考えた隠密作戦。
それは、人為的に龍を堕龍にし、フォーリトーレムで暴れされるものだった。
堕龍とは、ごく稀に現れる魔力を制御できなくなった龍のことで、その多くは暴走してありとあらゆる生き物を襲うようになる。
そして、それを故意的に生み出すことで兵器としての役割を持たせようとしたのだ。
ヒースは将軍でありながら、この国一、いやルーファスが知る限りでは世界で最も動物学に高ている学者でもある。
その彼女が最近発見した事実に、『龍の瞼から魔力を強制的に流し込むと、龍は堕龍になる』というものがある。
あくまで彼女が趣味として行っていた実験が、偶然新発見として見つかったものであったが、彼女はこれを今回の作戦に使えないかと考えた。
その経過として、ルーファスも龍を捕獲するのに協力したのだ。
当然神聖な生き物とされる龍の捕獲など国際法で禁止されているが、今更そんなものを守るほどバカ真面目ではない。
今回利用したのは、海辺の近くの絶壁を生息地域とする三つの頭を持った龍だ。
いくら神聖で強力な龍といっても、ルーファスの手にかかればお手のもの。
捕獲するのには少々苦労したが、幻魔法を使えば調教は簡単だった。
その龍に瞳から魔力を流し込み、フォーリトーレム国とヴィッツテリア帝国の国境付近にあるヴァルディーテ街あたりで放出すればあとは堕龍が勝手に暴れてくれるだけ。証拠も残らない。
という作戦だったのだが。
「まさか街にたどり着く前に死んでしまうとは。」
龍が放つ莫大な魔力は、ヴァルディーテに到着する少し手前で跡形もなく消えてしまったのだ。
死んだと考えてまず間違いない。
「はいぃ……。もしかしたら注入する魔力の調整を間違えたのかも。」
「それはないでしょう。私もあなたの研究書を読みましたが、あれは大したものです。小さな龍で何度もシュミレーションをしたのですから、あんなに早く死ぬことはありえません。」
となると、可能性は一つしかない。
何者かによって堕龍が討伐されたことだ。
「ふむ。あんな辺境に上位聖騎士がいるとも思えませんが……。まあ偶然出会したということもあるでしょう。」
龍の力は強大なものではあるが、最上位の魔術師、剣士にかかれば、一対一でも勝てることは珍しくない。
ヴィッツテリア帝国の将軍たちでもそれは同じこと、当然、フォーリトーレム国にもそれだけの実力者がいても何らかおかしくない。
ヴァルディーテが地方に位置していることもあり、強者による邪魔は入らないと踏んでいたが……。そこは運が悪かったと捉えるしかないだろう。
「では次の作戦に移行しましょう。何か案があるんですよね?」
「あ、はい。龍を倒した人がまだあそこらへんにいるかもしれないので、今度は質じゃなくて数を動員したいのですが……。」
数か。
バレてはいけないことを考えると、人は集められない。
となると兵器かもしくは……、まあ自然な形を目指すなら……。
「それなら良いものがあります。」
我が国の今後の未来がかかっている作戦だ。出し惜しみはしない。
ルーファスは口角を一気に引き上げると、次の作戦の駒を取り出した。
♦︎♦︎♦︎
フォーリトーレム人民帝国、首都城塞都市ロゼリカ
女王アンリザートは、側近かつ安全保障大臣であるルミレト・ローゼリアを呼び出して近況を確認しているところだった。
「最近、ヴィッツテリア帝国の動きはどうかしら?」
「はい。国境付近に関門を増やしたとことで、密輸自体は減少傾向にあります。しかし、それは関門に引っかかる者が多いという話で、行動として密輸を実行する人数には大差ありません。」
捕まる者は増えたが、一向に密輸を企む者は減らない。つまり、フォーリトーレムが出した警告はまともに取り合ってもらえていないということだ。
「あの国の嫌がらせも笑えないな。」
これでも、純人間の国とそれ以外種族の国の争いに比べれば、我々多種族国家は比較的国民の声も穏やかであるというのに、なぜヴィッツテリア帝国は我が国を煽る真似を辞めようとしないのか。
「……もしかすると、ヴィッツテリア帝国は我々に戦争を持ちかける気かもしれませんね。」
「……どういうこと?」
戦争とは穏やかでない発言だ。
フォーリトーレム人民国とヴィッツテリア帝国は、決して仲が良いとまだは行かないが、一応国交を結んだ国同士、世界が緊迫している状況の中でわざわざ戦争を起こすことなどリスクが大きすぎる。
「我々フォーリトーレム国が聖剣連合と馬が合わないことは、今や世界中の国が知る事実です。もしこのまま聖剣連合を否定し続け、人間の国から孤立し、その他種族の国からも見放されたら……攻められても助けようとする国はいないでしょうね。」
「ヴィッツテリアはそれを狙っているというの?」
「あくまでも推測ですのであしからず。」
人とは醜いものだ。
何度も戦を繰り返し、その度に平和を望む。聖剣連合しかり、ヴィッツテリア帝国しかり。
まあ聖剣連合と明確な敵対しない限り、あの国が大々的に攻めてくることはないだろう。
とはいえ、アンリザートが聖剣連合の言いなりになることを嫌っているのもまた事実。
板挟みになっているフォーリトーレムをどのように舵を取るか、女王としての存在価値が問われる。
「ロックゼトルの調査はどうなっているの?」
「現在調査中ですが、これといって他国からの妨害にあったような痕跡はありません。」
ロックゼトルの急激な採掘量低下、何か隣国が絡んでいると思ったが、手がかりはなしか。
「それと、もう一つお耳に挟んでおきたいことが。」
「なに?」
「目撃証言だけですが。先日、ヴァルディーデ付近を巨大な龍が飛行していたとのことです。」
「龍?確かに市街にまで来ることは稀だけれど。」
龍は山脈付近に住んでいるのだから、そこに近いヴァルディーデまで飛んできていても不思議ではない。
「いえ、目撃者によると、明らかに普通ではなく、荒ぶれた様子だったらしいので、もしかすると堕龍だったのではないかと。」
「……それってこの国じゃ伝説上の生き物何じゃなかったかしら?」
「いえ。この国でも堕龍は数百年前には実在していたと言われています。」
堕龍。
魔力を制御しきれず、暴走した龍。
他国では数十年に一回姿を現すことがあるらしいが、我が国ではその存在は架空のものであると言われるほど珍しいものとなった。
「それで?その堕龍はどうしたの?」
「……特に人里を襲ったという報告もなく、姿を消しました。」
「そう。それならただの龍を堕龍だと勘違いしただけじゃないの?」
「その可能性が高いかと。」
今はそんないるかいないかも分からない龍よりも、国同士の外交問題の方が先だ。
近頃では聖剣連合と獣人の国レグリスの間で本格的な戦争が起こるのではないかと、各地で緊張感を増している。
聖剣連合を何とかしないと平和は訪れないが、あまりに反抗的な態度を取ると侵略される可能性とある。
フォーリトーレムの軍事力を軽んじたいわけではないが、聖剣使いはあまりにも強い。
そうでなくとも、ヴィッツテリア帝国から狙われているという話もあるのだ。聖剣連合とは、対話の間でなんとか考えをあらためてもらうことを狙うしかない。
「…来年の予算、軍事費の割合を増やすわ。」
それくらいしか、アンリザートに直接できることはなかった。
♦︎♦︎♦︎
(リーシュが)ドラゴンを討伐したその日は、私たちは疲れからか街に帰ったとたんに家に帰って爆睡した。リーシュは疲れていなくても爆睡する子だけど。
聖騎士見習いの二人には宿に泊まってもらうことにした。少々割高にはなるが、ワンルームに四人はさすがにキャパオーバーだ。
次の日、起きたのは夕方だった。
「あ、おはよー。レイナ。お寝坊さんだね。」
私が目を覚ますと、部屋内で私が作ってあげたトランプで一人遊びをしていたリーシュがこちらに駆け寄ってきた。
いつもより12時間も多く寝てしまった。
どんだけ疲れてたんだ私。
「ん。おはよ。」
頭をすりすりとこちらに擦り付けるリーシュを優しくどけて、久しぶりに立ち上がった。
うん。
魔力はもう完全に回復してるな。
今日はサボっちゃったけど、明日から特訓頑張らないと。
「そうだ。今日の夜はラグドたちと一緒に祝賀会やろーって話してたんだ。」
「え。なにそれ。」
「ほら。ドラゴンに勝った記念に。」
「わざわざ祝うことかな……。」
リーシュが全部片付けたわけで、私たち三人はほとんど何もやってないし。
まあその張本人がやりたがってるならいいのかな?
前もってお店を決めているらしいので、私たちは日が暮れるのと同時に家を出た。
無論フードをかぶることは忘れない。
「レイナの耳。可愛いのにやっぱり隠さないといけないの?」
ラグドたちの宿に向かう途中、リーシュが何やら不満げにほおを膨らませた。
「可愛くないと思う人もいるんだよ。」
「でもわたしは可愛いと思う。」
「そう言われてもなぁ。」
まあ実際私もちょっとケモ耳が気に入っている節がないわけじゃない。昔から猫大好きだったし。
でも現状はこの街でそれを見せることは自殺行為だ。
「いつか、一緒に獣人の国に行こうね。そしたらいつでも隠さなくて良くなるから。」
ここで隠さなくて良くなるのが理想なんだけどね。
どうでもいい余談だけど、リーシュは私と出会ってから性格が幼くなった気がする。
最初の印象は『いたずら好きなお姉さん』だったのに、今は『甘えたがりの妹』みたいな感じだ。
最初って言っても、本当に最初の最初、森で会った時だけか。
それ以降は、ずっと無邪気な感じで好意を伝えてきてくれる。
正直嬉しい。
リーシュはすごく強いが、そんな強い仲間が自分を大切にしてくれてるって、かなり強いモチベーションになる。冒険者としてじゃなくて、人生を生きる人間として。
リーシュは何百年も生き続けている魔物だけど、実際社会的な年齢は私よりずっと年下なのかもしれない。
当たり前みたいに隣にいようとしてくれる存在って、こんなに嬉しいものだったんだ。
ついこの間も同じようなことを考えたような気がするけど、何度も考えてもいいよね。
向こうの世界では、家族にも友達にも同僚にも恵まれなかった。この世界で新しく知ることもたくさんあると感じている今日この頃。
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