第25話 変調と世界の混沌
「あの、ありがとう。俺たちが生きてるのは二人のおかげです。」
ひと段落ついたところで、そう言ったのは、ドラゴンの前に立ち塞がっていた黒髪の方の少年だ。活発でかつ礼儀正しさもある高校一年生って感じの見た目。
「ううん。どっちみち、あのドラゴンは何とかしなきゃいけなかったし。それより、二人は冒険者なの?一般人とは思えない格好だけど。」
いろいろ聞きたいことはあるが、とりあえず彼らが何者なのかを知りたい。
「いえ。俺は聖騎士見習いのラグドっす。こっちは同じく聖騎士見習いのクレイ。」
「クレイです……。本当にありがとうございました。」
クレイと紹介された左の銀髪の少年は、ラグドと比べるとずいぶん華奢で声も繊細な感じがする。
「……勝手に男だと思ってたけど、もしかしてクレイは女?」
「えっ?」
「ああいやごめん。なんか女の子っぽいなって。」
雰囲気というか、気配というかが女性特有のものな気がする。
「えっと………。」
「いや、コイツ女に間違われやすいんですけど、普通に男です。俺の幼馴染で、昔から気弱で体も細いから間違われやすいんですよ。」
口籠ったクレイの代わりに言うようにラグドが補足した。クレイはその発言にうんうんと首を縦に振っている。
「そっか、ごめん。普通に間違えた。」
「あ……いえ。僕はよく間違えられるので、大丈夫です。」
ふむ………。
まあいいや。
そういえば、聖騎士見習いってなんだ?
そこらへんの職業知識が私には全くなく、聖騎士っていうのが剣士の中で強い人たちがなる職業ってことくらいしか知らない。
「聖騎士見習いってことは、二人は剣士なの?」
「うん……いや、はい。俺たちは剣士なんですけど、聖騎士を目指しているんでその弟子的な感じでやらせてもらってる感じです。」
「へぇ……。あ、無理に敬語使わなくてもいいよ。私たち歳も同じくらいだろうし。」
「そう………か。じゃあ遠慮なく。」
ラグドはだいぶ窮屈そうに話してたしね。
「それで、二人はなんでここに?ここら辺に剣士の集まるところなんてないはずだけど。」
ここら辺っていうか、ヴァルディーテの街にすらそんな施設はなかったはず。
「俺たちはここらに出没しているフォレストワームの討伐を聖騎士から任命されて、それで王都からこの辺境に来てたんだ。」
………辺境で悪かったね。
東京から営業の仕事で派遣されたみたいな感じか。
「それで、任務は順調に進んだんだが、帰ろうとした矢先、いきなり山の奥からあの黒い龍が現れたんだ。それであんなことに……。」
「そんでそこに私たちが来たって感じね。」
「ああ。俺たちは手も足も出なかった。」
彼らとドラゴンは別に関係なく、たまたま居合わせてしまっただけなのか。
でも、そうなるとあのドラゴンは一体なぜこんなところに?
フィナさんからもここらにそんな怪物が出るなんて話は聞いたことがない。まああの人ノース森林の王であるリーシュのことも知らなかったから、そんなに信頼できないけど。
「あの龍に心当たりとかあったりする?」
「いや。俺たちも初めて見たよ。龍は神聖な生き物だって聞かされてたのに、まさか襲われることになるとは……。」
「こほんっ!それに関しては私が答えよう。」
静かに話していたのに、いきなり大声を出したのはもちろんリーシュだ。
まったく色んな意味で空気が読めないやつ。
「あれは堕龍ってやつだね。」
「堕龍?」
「基本、龍という生き物は魔物ではなく、普通の動物の一種として分類されていることはもう知ってるね?」
なんだそのクソうざい喋り方は。
「知らなかったけど、どうぞ話を進めて。」
「うん。龍は生物でありながら、尋常じゃないレベルの魔力を抱える存在。基本的に彼らは常に魔力を制御しているんだけど、それが抑えきれなくなって魔力が暴発したとき、龍は堕龍になる。堕龍は普通の龍と違って、凶暴性があり他の生物を脅かす存在になる。」
「それがさっき戦った龍ってことか。」
つまるところ、イレギュラー的な存在だったわけか。それならいきなり危険なドラゴンが現れた理由にも辻褄が合う。
「……そんなこと、頻繁に起こっていたら人々の生活に影響が出そうですけど。それに、僕は魔物についてよく本を読んでいるんですけど、そんな現象が書かれているものを読んだことがないです。」
いまいち納得しきれないのか、クレイが反論するようにリーシュに言う。
「まあここらへんに堕龍が現れたことなんて、ここ500年くらいはなかったからなぁ。たぶん、世界全体で最近は堕龍の発生が減ってるんだと思うよ。だからそんなに問題にされてないのかも。」
「………そう、なんですかね。」
クレイは歯切れ悪くだったが、一応納得して考え込んでいる様子だ。
まあたまにあることに偶然出くわしてしまったということなんだろう。龍の話はとりあえず解決ってことで。
「それよりリーシュ。あんなにあっさり倒せるなら、最初から本気戦ってくれれば早くけりがついたのに。」
リーシュがいなければ死んでいたのは確かだが、最初から瞬殺してくれればそもそもこんなに大事にもならなかった。
いや助けてもらったんだし、文句は言わない。言わないけどさぁ。
「人間の姿で戦うの、まだ慣れてないんだよ。」
それならアメーバの姿になってもよかったのに。
そう言おうとしたところで、リーシュが言わんとすることの意味が分かった。
リーシュが魔物だと知っているのは私だけ。他の人にバレたら間違いなく殺されるから、もしくはリーシュが敵対した人間をすべて殺してしまう可能性があるから。
あの時、リーシュはラグドとクレイが目の前にいたから、正体がバレることを危惧して魔物の状態になることを躊躇したのか。
ちゃんとそこまで考えた上での戦闘だったのね。文句言ってたバカは私でした。
……ん?
でも結局リーシュはアメーバの姿になって龍を倒したわけで。
その時、クレイは気を失っていたけど、ラグドはそれを見ていたはず……。
ってことは
「ラグドとクレイは、リーシュのこと知ってるの?」
ってことになるよね?少なくともラグドは、アメーバがドラゴンを瞬殺する瞬間を見ていたはずだ。
「……あ、ああ。」
「……はい。」
?
なんか二人とも歯切れ悪いな。
「うん。二人とも知ってるよ。見てたから。でも、誰かにバラしたら親族もろとも拷問にかけて惨殺するってちゃんと脅してるから大丈夫!」
…………………………。
どうやら、自慢げに親指を立てる魔物に私はゲンコツを食らわせないといけないようだ。
♦︎♦︎♦︎
「いったぁ。」
大して痛くもないはずなのに大袈裟に頭を押さえるリーシュをよそに、私は化け物に脅された二人に何とか弁明をしている最中だ。
「ごめんね二人とも。怖い思いさせて。ぜんぜん気にしなくていいから。」
「「はぁ………。」」
私が目を覚ましてから二人がやけに萎縮しているような気がするなって思ってたんだ。
まさかリーシュがとんでもない圧力をかけていたとはね。
そりゃあできれば黙ってて欲しいけど、それで無理やり本人たちを縛り付けるのは違うだろう。悪の組織じゃあるまいし、せっかく助けた人間に恐怖を覚えさせてちゃわけない。
しかも、本人たちだけじゃなく家族まで脅しに使うとは言語道断。
私が寝ている間にそんなことがあったとは。
「あの……僕たちリーシュさんのこと誰にも言いませんよ。魔物がどうして人間社会に入り込んでいるかはともかく、助けてもらったんですから、何があってもお二人に不利益がないように尽力します。」
「ああ。俺たちリーシュさんがいなきゃとっくに死んでたからな。そりゃあ魔物が人間の姿になった時は驚いたけど、恩人に言われたことを守らないわけにはいかない。」
うーん。
二人はそう言ってくれてるけど。
「そうだそうだ!脅しだって軽いジョークみたいなもんじゃん。」
「目の前でドラゴン瞬殺した魔物のブラックジョークは洒落にならないでしょ……。」
とはいえ、確かに二人は萎縮しつつも私たちに対して恐怖を覚えている様子はない。
二人が誠実だから、最初からリーシュの秘密は守るつもりだったのかもしれない。
「………まあそういうことなら大丈夫か。」
リーシュがいなければ全滅していたのもまた事実。
心の底からお礼を言わないといけないのは私も同じだ。
「……リーシュ、今日はありがとう。ほんとに感謝してる。いきなり殴ってごめんね。でも、人を脅すような真似はできるだけしないで。リーシュが強いのを知ってる人は、みんな怖がっちゃうから。」
「ん…………………わかった。」
リーシュは何とも言えない表情だったけど、頭を撫でてあげると嬉しそうにこちらに肩を寄せた。
ただ脅しただけならまだ収拾がつくから全然良い方か。下手したら自分の正体を見た相手をその場で殺してしまっていてもおかしくはなかったのだから。
リーシュのこともちょっと他の人と触れ合わせると難しい問題があるな、と思った。人間社会に慣れればそのうち大丈夫になるかもしれないけど。
「さ。とにかくヴァルディーデの街に戻ろ。二人も怪我してるし、とりあえず一緒に来ない?」
「あ、はい。是非。」
外も暗くなってきたし、怪我人もいるのだ。街に帰るまで油断はできなさそうだ。
「ねえ。レイナ。」
森を抜けると危険なので、少し遠回りで街へと向かっている途中、二人に聞こえないくらいの小さな声でリーシュが呟くように尋ねた。
「なに?」
「さっき、堕龍の話したじゃん?」
「うん。私たちが戦ったやつのことね。」
「クレイが言ってた、『どうして堕龍の被害が知られていないのか』って話、実はここ数百年ここら辺で例がないからってだけじゃないんだ。」
「………どういう意味?」
リーシュのいつもと違う真剣な話し方が私に妙な危機感を生み出させた。
「堕龍自体は、数が少なくても十数年に一回くらいは世界のどこかで生まれる。でも、堕龍は、そのほとんどが魔力をうまく制御できない子龍か既に衰えた老龍なの。だから、大して強くもないし、すぐに駆除できて被害も大きくならない。だから有名にならない。」
「……もしかして、今日私たちが戦ったのって」
「うん。あれはまだ現役バリバリの成龍だよ。しかも、相当強い個体。魔力を制御できないなんてまずあり得ない。」
「ありえないって言われても。」
現に成体の堕龍が現れてしまった以上、それ以上ともそれ以下とも言えないだろう。
意図がつかめない発言に曖昧な反応をする私だったが、リーシュは表情を変えずに言葉を続けた。
「何かしらの方法で、外部的に魔力を増福させられている可能性がある。それが自然現象なのかなにかの故意なのかは分からないけど。」
「………───!」
少なくとも何かしらの動きがこの世界で起こっている、リーシュはそう言っているのだ。
「それってまずい事の前兆だったりするの?」
「わかんない。まあ実際はたまたま変異的に成体が魔力に犯された可能性もなくはないし、現実的なのはそっちかもしれないけど。」
リーシュはそれを最後のこの話題を打ち切った。
あの堕龍がもしも世界にとって良くないことの前触れだとしたら、今後も同じように龍が堕龍になる可能性があるということか。
自然現象か誰かの故意かも気になる。
仮に誰かの故意で魔力を増幅させられてあの龍が堕ちたとして、それで得をする人なんているか?
私たちが倒さなかった場合、あの龍はそのまま暴走して………。
…………いや、流石に考えすぎか。
一縷の悪い可能性が一瞬頭に浮かんだが、すぐに取り消した。
とにかく、今日は帰って休もう。
いくら強敵相手とはいえ、反省すべき点はたくさんあったわけだし、明日からまた鍛え直さなきゃ。
私たち四人は、完全に日が落ちた草原を歩き、光がともる街へと急いだ。
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