第24話 決着と疑惑
龍が大きくブレスを吐く直前、その口から青白い炎が漏れ出るのが見えた。
(あれが直撃したら骨も残らないだろうな)
そう確信した。
いや、そう確信できた。
大丈夫。
今の私は冷静だ。
ほんの数秒後に訪れる最大の攻撃に相対する準備は出来ている。
私ができることは、ただ自分の全てをぶつけるだけ。その結果どうなるかなんて考えるだけ無駄だ。
体内に存在する全ての魔力を左手だけにかき集める。手先が焼けるように熱いのは、恐らく魔力の集中によるものだろう。
手が弾けたって構うものか。
ブォォォォォ!!!!
息を大きく吸って吐き出しかけているドラゴンに、私は今できる最大の魔法をぶつける。
まだ成功例が少ない魔法だけど、ちゃんと発動してくれよ。
上級炎闇魔法 《
真っ黒な闇落ちた炎を何層にもわたって凝縮させていき、全てを灰燼と化す消えない獄炎をその手に宿す。
そして、ありったけの魔力を込めて龍の首元を狙って放出した。
それと同時にドラゴンの方も、その比類なきけたたましい咆哮と共にそれぞれの口から炎のブレスを放つ。
黒い炎と青い炎は、互いに対して正面から飛んでいき、二つは相殺し合う形になった。ぶつかり合った炎からは、あたりの草原を燃やし尽くせるほどの火花が散る。
「…………ぐっ……!………っ!」
ドラゴンの方が全力なのかは分からないが、少なくともこちら側は相殺しているのが限界だ。
ただでさえ魔力はとんでもない速さで削られていくし、その代償を払っているというのにこちらの魔法はブレス相手にジリジリと押されている。
最初から分かっていたが、あまりにも実力差がありすぎる。
なんとか手足を最大限に踏ん張って魔力を出し続けるが、こちらの黒い魔法は明らかに青いドラゴンブレスの勢いに負けている。
少しずつ、少しずつ青い炎がこちら側に近づいているのが、魔法を放っているこちらからでもはっきりと分かった。
このまま魔法を出し続けても、魔力切れを起こすかその前に押し切られるかしかない。でも、ここで魔法を止めたら、回避不可のブレスが至近距離で直撃する。仮に奇跡的に私がそれを躱せたとしても、後ろの二人は間違いなく死ぬ。そもそも、一度回避が成功したところで何度も同じことをされて勝ち目はない。
(これは、完全に詰んだ。)
そう思った。
こちらはこんなに全力を振り絞っているのに、ドラゴンの方は少し強い息を吐いているだけなのだ。
本能的に一秒でも長く生きようとする気持ちが、諦めずに魔法を打ち続けている気力となっているが、気力だけではどうにもならない。
ああ、もう魔力が完全に尽きかけている。
上級魔法、しかも炎と闇の合成魔法。それを使った時点で、私の魔力はゼロになるのは確定していた。
どれだけ長く持たせられるかと思っていたが、それももう限界のようだ。
手の先に集中していく魔力が減りだして、いよいよ諦めの境地に達した。
すぐ目の前には青い炎が今にも私の身体を溶かそうと接近してきている。
その時だった。
『ごめん。待たせた。』
脳内に直接語りかけるような籠った声が耳元で聞こえた。
それと同時に、私とドラゴンの間に存在していた黒い炎と青い炎が完全に消え去った。その代わり、そこにはほんのりと水色を彩った透明な液体の塊が立っている。
「リーシュ!!」
間違いない、アメーバ形態に戻った時のリーシュだ。
魔力を使い尽くした私はその場で足から崩れたが、確かにリーシュがそこにいるのは見えた。
『ごめんね。10キロくらい吹き飛ばされちゃってだいぶ戻ってくるのに時間かかっちゃった。』
やっぱりリーシュは死んでなんかいなかった。ドラゴンのブレスを簡単に体で吸収したのを見ると、どこか深刻な怪我を負っているわけでもなさそうだ。
「で、でも勝てるの!?」
『心配しなくていいよ。この姿に戻ったからには一瞬で蹴りをつけるから。』
リーシュはそれだけ言うと、ドラゴンの方に向き直った。
その瞬間、ドラゴンの鋭い爪によってリーシュの液体状の体は真っ二つに分断される。
しかし、そこはアメーバ。真っ二つになっただけでは動きは止まることなく、むしろ二つの塊は鋭い刃物のような形に変形して、ドラゴンの両側から挟み込むように刃を切り込ませた。
ギュュゥゥゥゥゥ!
苦痛を伴う咆哮と共に、装甲車のような硬い鱗が破壊されて側面から噴水のように血が吹き出す。
さらに、自らの体をドラゴンに突き刺した状態のまま、リーシュの体の色が紺色に染まっていき、龍の悲鳴は一層強いものになる。
『さすがにレイナを傷つけようとしたやつに手加減はしない。存分に苦しめ。』
おそらく、リーシュの体そのものに毒のような要素を生成したのだろう。それを傷口から直接注入されたことでさらなる苦しみを味合わせている。
私の闇魔法では何の反応もなかったのを見るにリーシュが持っている毒性はとてつもない威力を持つものなのだろう。それが魔法なのか、それとも魔物としての特性なのかは分からないが、とにかくあれだけ強かったドラゴンがアメーバのリーシュに完全に翻弄されているのはわかる。
あまりの痛みからか、ドラゴンは体を横に倒す。
リーシュは自分の体を大きく広がると、そのままドラゴンの巨体を一気に自分の粘膜で覆い尽くした。ドラゴンは途中で気が付いたようだったが、時すでに遅しで、もう完全に抜け出せなくなってからだった。
そして、そのまま身体をリーシュに飲み込まれて、やがて魔力の結晶となって爆散した。
颯爽と戻ってきた相棒は、傷一つ負わずに私が手も足も出なかった強敵を吸い込んで消滅させてしまったのだ。
ただただ見ていることしかできない自分が情けなく思われたが、今はリーシュのその強さを讃えることしかできない。
「は………はは。……つよすぎ……だよ。」
ドラゴンが消滅して、あたり一帯に充満していた濃厚な魔力が完全に浄化されていく。爽やかな風と穏やかな平原が姿を見せた時、私は限界に達して気を失った。
魔力を使いすぎて既に意識を保っていることすら不可能だった。
♦︎♦︎♦︎
「……………ん。」
再び目を覚ました時、昼過ぎだった時間はすでに夕方にまで移り変わっていた。
空はオレンジ色に染まり、遠くを流れる雲の動きがやけにはやく見える。
「……目を覚ました!………リーシュさん、レイナさんが目を覚ましました!」
寝起きでぼんやりとする中、聞いたことがない少年(少女か?)から私の名前が呼ばれる。
あれ、私どうなってたんだっけ。
しばらくすると、先ほどの声に反応したのか、駆け足で寄ってくる足音が二つ。
見ると、一つは人間の姿に変形したリーシュ、もう一つは黒髪の少年のものだった。
「レイナ!よかった……。」
リーシュは体を起こした私の姿を見るや否や、有無を言わさず抱きついてきて安心の息を漏らした。
そうだ。
私、ドラゴンとの戦いで魔力を全損してしまったんだ。
それで気を失って……。
「リーシュ、さっきのドラゴンは?」
「私が食べちゃった。」
平然と言う。
……そういえばそうだったな。
リーシュの勝利を見届けてから気を失ったんだった。
ってことは、今私を見ている二人の少年は……。
「二人とも助かったんだ。よかった。」
私たちが救助した二人か。
目を覚ました時声を上げた方の銀髪の少年は、助ける時もずっと気を失ってたから心配だったが、様子を見るに大丈夫そうだ。
「レイナが持ってた薬のおかげだよ。二人とも傷は負ってるけど、少なくとも歩けるくらいにはなってる。応急措置もしたし。」
銀髪の少年の腕には、誰が巻いたか一瞬でわかるくらい荒々しく巻かれた包帯がある。
リーシュに任せたらこうなるのは仕方ないか。
「とにかく、二人とも無事でよかった。」
ついでに私も。
もちろんリーシュも。
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