第23話 絶体絶命
急いで木々の合間を駆け抜けていき、最速で強大な魔力を持つ目的地点を目指す。
「レイナ。もうちょっとスピード上げられる?」
「……うん。大丈夫っ。」
物魔法を存分に使って風のように走り去るリーシュに、私は全速力でついていくのが精一杯だ。
木にぶつからないように神経を研ぎ澄ませながらリーシュの姿を追い続けること10分ほど。
全速力で10分走ったということは、おそらく6〜7キロは走っただろう。それだけ離れたところから感じるほどの魔力、その持ち主と、私たちはいよいよ対面する。
森の中を駆け抜けた私たちが、一気に開けた野原に飛び出た時、その生き物は姿を見せた。
フロォォォォォォ!!!
その巨獣があげた声は、大気を揺るがし、風邪を起こし、鍵を薙ぎ倒す。
そして、木の影から現れた私たちにその宝石のように煌めく青い瞳を向けた。
「で…………っか………」
私たちが感じていた魔力の正体、それは、あまりにも草原に不似合いな真っ黒なドラゴンが発したものだった。
ゲームとかでしか見たことがないような巨大なモンスター以外の何者でもない龍が、そこには確かにいた。
首が三つに分かれており、頭も三つある。体長は尾まで含めればおそらく20メートルはあるだろう。人など平気で丸呑みできるであろうそのドラゴンは、私たちの方を一瞥した後、再び最初から目線を向けていたものに向き直る。
ドラゴンの視線の先……そこには
「…………人だ……!」
私より少し年上であろう二人の少年がいる。
一人は体に大きな傷を負って倒れ込んでおり、もう一人は傷ついた仲間を守るようにドラゴンの前に立ち塞がっている。
二人ともただの農民というわけではなく、プレートアーマーを身につけており、ドラゴンの前に立ち塞がっている方は満身創痍ながら両手剣を構えている。
おそらく、二人はどちらもあのドラゴンによって傷を負わされたのだろう。
なんでこんなところにドラゴンが?
あれは私たちの敵となる生き物なのか?
巨大なドラゴンに呆然としている間にも、絶望的な状況は進んでいく。
三又ドラゴンは人二人を損壊させるにはオーバーキルすぎるであろう鉤爪を振り上げた。
まずい
そう思った時にはもう私の魔法を作り出す時間はなかった。
「………だめっっっ!」
声も虚しく、ドラゴンが二人の命を引き裂く、そう確信した時だった。
私の隣を風が駆けた。
正確には、風と同じくらいの速さで。
瞬く間もなく、閃光のような光がドラゴンの脇腹に向かって突き刺さる。
リーシュだ。
つい最近買った細剣を、最高速度まで上昇させた突撃で突き刺したのだ。
「チッ…………!」
突撃槍や大剣でない以上、あれほど大きいドラゴンにダメージが入ることはほとんどない。
リーシュは短く舌打ちをした後、瞬時に狙い目を腹から移動させる。リーシュの存在に気がついたドラゴンが動きを止めたのを好機として、体を一気に駆け上がり一番右の頭の目玉に剣を突き立てた。
ギュォォォォォ!!
いかに強大なドラゴンとはいえ、目玉をつかれれば痛みはあるのだろう。悲鳴ともとれる声をあげて、頭を大きく左右に振った。
そのまま逆の目も潰そうとしていたリーシュだったが、ドラゴンの動きの反動を危惧してか、飛び退いて射程を離れた。
「大丈夫!?」
「平気。」
淡々と言うリーシュだが、左足の太ももあたりから血が出ている。おそらくドラゴンの体を移動する間に、棘のように突っ張っている部位に擦ったのだろう。
「それより、わたしが龍を誘導するから、その間にあの二人を離脱させて。」
いつもふんわりした話し方をする人物とは思えない鋭い言い方に、私もただ頷くしかない。あのドラゴンにリーシュが勝てるかはともかく、少なくとも私が今すべきなのは負傷している二人の救出。
リーシュの合図で、私たちは反対方向に駆け出した。
リーシュはドラゴンのターゲットになるため、私は二人を離脱させるため。
ドラゴンは一度こちらを見たものの、自分を傷つけたリーシュの方を警戒してそちらに向かって攻撃を開始した。
それでいい。
リーシュとドラゴンの戦闘が始まると、目に見えない高速乱撃やら炎のブレスやらが交互に繰り出されている。
一体いつのまに彼女はそんなに剣が上手くなったのだろう。今はそれが最高の役割を果たしてくれているのだから何も文句はないが。
争いに巻き込まれないよう、私は二人に近づいた。
「大丈夫ですか?」
「………あんた……ら……は?」
立ち塞がっていた少年の方は、すでに立つ余裕すらなかったらしい。
リーシュとドラゴンの戦いが始まるや否や、がくりと膝から崩れ落ちた。
思っていたよりも傷は深いかもしれない。
早く治療しないと。
幸い、念の為に持ってきていた魔治療薬がある。
しかし、即効性があるものではないし、とにかく二人を安全な場所に運ばないと。
「私の仲間が時間を稼いでいます!安全な場所に移動しましょう。」
意識がある方は私が肩を貸してなんとか森の中には移動できそうだ。それで安全かはともかく、姿を隠せるなら少なくともマシだ。
「………まってくれ。……俺より……先……に、こいつを頼む……!」
少年は、私たちが到着した時にはすでに倒れていた方の少年を先に助けるよう懇願した。
「………いや。あなたが先です。早く移動できる方を優先します……。」
確認はしていないが、もしかしたら既に…。
一刻を争う状況なのだ。
確実に助けられる方を助けるのが優先だろう。
剣士のような見た目の少年を、肩を貸しながら森の陰に連れていく。
かなり装備が重く、私の力では少し時間がかかってしまったが、なんとか隠れられる場所に連れてくることができた。
「ここにいてください。私はもう一人を連れてきます。」
「……………ああ。……ありがとう」
少年は意識はまだあるようだったが、どう見てももう一人の少年を助けるのを手伝えるような余裕はない。
少し彼を調べたけど、致命傷となるような傷はなかった。恐らくドラゴンからの攻撃を直接受けたわけじゃないと思うから大丈夫だ。
問題はもう一人の少年の方だ。
完全に意識を失っている状態である以上、体を引きずってなんとか森まで連れて行くしかないのだが、相当な時間がかかってしまうだろう。リーシュがどれくらい持つか……。
しかし泣き言も言っていられない。リーシュが命をかけて戦っているのに、後方支援をしている私がびびってどうする。
ドラゴンの圧力に怯えつつも、足を踏み出して少年が倒れているところまで走った。
少年の元に辿り着くと、まず呼吸の有無を確認する。
「呼吸はあり。よし……」
少なくとも生きてはいる。
助け出す行動も確実に価値があるものだと分かっただけで十分だ。
しかし、彼の自力が全く期待できない以上、さっきみたいに肩を貸すことも出来ないし、背負うことも難しい。
脇を抱えて引きずっていくのが最善か。
彼もまた装備が重く、引きずるだけでも精一杯だ。
「………ぐっ…………ふん…っ………」
スピードがある獣人だけど力が強いとかの特徴は特にないので、今の私はそこらへんの女子中学生と同じくらいの力しかない。そもそも年齢とか体格以前に、私は力があるタイプでもなかったし。
それでもなんとか引きずり続けて、なんとか森の入り口にまで身体を持ってくることに成功した。
しかし、それはあまりにも遅すぎた。
あと一歩、もう一歩というところで、私たちはドラゴンの鋭い三つの眼光を受けることになった。
ヒュゥゥォォォォォ!!
一生懸命運んでいたせいか、その存在に気がついたのはすでに逃げようがないほど近づかれてからだった。
「……………っ」
私のすぐ目の前に、今にも殺しにかかりそうな龍が立ちはだかっている。
リーシュはどうなった?
さっきまでこのドラゴンはリーシュと戦っていたはず。
ドラゴンの魔力に萎縮しつつなんとか目線だけ動かすが、リーシュはどこにもいない。
ブレスでどこか遠くに飛ばされてしまったのか、あるいは完全に…………。
いや、そんなこと今考えてどうするんだ私は!
リーシュは必ず生きているはずだ。でもこの場にいないのも確か。
それなら私は何をする?
何ができる?
「…………………よし。」
戦うことだ。
こうなった以上、私が何としてでもここを死守するしかない。
そうしなければ私も二人も死ぬ。間違いなく。
無理だったとしても、何もせずに消し炭にされるくらいなら、せめてこれまでの努力を出し切れるだけ出した方がいい!
なんで私がいきなりこんな目に遭わないといけないんだ、ついさっきまでいつも通り狩りをしていただけなのに、という気持ちが膨れ上がるが、その気持ちもなんとか落ち着けて小さく息を吐いた。
意を決した私は、運んでいた少年をその場に寝かせて前に出た。ここを離れて戦うわけにはいかない。
もしも少年たちが狙われたらおしまいだからだ。
私と対面したドラゴンは、一瞬だけ時を止めたように私を見た。
そして、鋭い咆哮と共に戦いの火蓋が落とされる。
一つ一つが瓦のように硬そうに光る鱗を揺らしながら、ドラゴンは鋭い爪をこちらに突き立てる。
その体の大きさに反して腕を振るうスピードは相当なものだが、私は体を素早く翻してなんとかそれを回避した。
僅かに爪が掠って横腹からかなりの出血をしたが、臆することなくドラゴンから目を離さない。というか目を離したらその時点で蹂躙されることは分かっている。
頭は追いつかないけど、反応がそう言っているのだ。
体を起こすと、すぐさま反撃の体勢に入る。
中級炎魔法 《
最大限まで熱した炎の渦を最速でドラゴンに向かって放出する。
(当たった……!)
火の矢は真っ直ぐに飛んで行きドラゴンの左の翼の少し上に命中した。
狙いからは少しずれたが、それはドラゴンがこちらの攻撃に気がついて回避行動を行なったからだ。
至近距離からなら、いかに高位なドラゴンだとしても完全回避は不可能。
一瞬の怯みの瞬間を逃さず、そのまま追撃を続ける。
中級闇魔法 《
腐暗蝕彗は敵のありとあらゆる器官に腐食を促す闇の魔力を注ぎ込む闇魔法。致死性は薄いが、耐えられない苦痛を与えることができる。
この魔法も確かにドラゴンに命中した。
しかし、
(……やっぱりダメか。)
命中したのは良いが、少し翼を動かしただけで炎は簡単に振り払われ、闇魔法も特に効果を成している様子はない。
あたりまえだが、私とこのドラゴンの実力差はかなりのものだろう。
今だって、気を奮い立たせて戦っているが、本当なら今すぐ逃げ出したいくらいに殺気に怯えている。
かつて森で悪魔のような魔物に怯えていた時は、まだ私自身今よりずっと弱かった。リーシュと出会って成長したつもりの今、これほど力の差を痛感しているのだ。どれだけこのドラゴンが強いかということだ。
翼にほんの僅かに残った焼け跡を見て本気になったのか、ドラゴンは全ての口から大きく息を吸いこむ動作を見せた。
(まずい、ブレスだ!)
リーシュとの戦いを少しだけ見ていたが、このドラゴンは体内で炎を生成してそれを吐き出す攻撃をする。
三方向から繰り出される炎は強力すぎるもので、あのリーシュですら完全に回避の姿勢に徹していたほどだ。
だが、今の私の後ろには、意識を失った少年二人がいる。
できるできないに関わらず、もしも私がここで回避の行動をとれば、彼らは間違いなくブレスの餌食になるだろう。そうなれば私がしてきたことがすべて無駄になる。
(全部出すしかない……!)
リーシュが戻ってきてくれる可能性を考えて、できるだけ魔力消費を調整しながら戦おうと思っていたが、どうやらその必要性はなさそうだ。
もう一度深く息を吸うと、私は力強く左手を突き出した。
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