第22話 違和
朝4時
私はわずかに明るくなり始めた空色によって目を覚ました。
すぐ隣ではリーシュが両手を私の後ろに回して抱きしめるように眠っている。
ベッドは二つあるというのに、リーシュが自分ので寝ているのを私は見たことがない。
まあ大抵、寝る前に私の魔力を吸い取っているからお腹いっぱいになったリーシュと吸い取られて力が抜けた私、同時に眠ってしまうのだろう。
ベッドから這い出ると、フローリングの床をスタスタと歩いて洗面所へと向かう。
なんだかんだ言って二人で借りたこの部屋はすごく便利だ。どういう原理なのかは知らないが、ちゃんと水道からお湯もでるしお風呂にも入れる。ボイラーがあるとも思えないから、これもなにかしらの魔道具によるものなのかもしれない。
街の隅とはいえ、そこそこの家賃なだけはある。
顔を洗って着替えると、そのまま眠っているリーシュをよそに屋外に出た。
部屋を出るとすぐ近くに街の城壁があり、裏口的な小さな城門があるので、そこから街の外に出る。この部屋を借りる前は東にある街の一番大きい門を通っていたが、この小さな門も人通りが少なくて悪くない。
街を離れてしばらくすると、いつも私が特訓に使っている林が現れる。林の中に入って少しひらけたところまで辿り着くと、いつものように魔力を全身に集中し始めた。
低級炎魔法 《
左手に作り出した燃え盛る炎の塊は、少しずつ青白く色を変えていきその大きさも大きくなっていく。
そして限界まで魔法の規模を大きくすると、それを放出する前に魔力を切った。
手中にあった火の塊は、魔力を切ると一瞬で消え去る。
これが私が普段やっている寸止め魔法というやつだ。
魔法を作るだけ作って放出はしない、そうすることで、魔法に慣れつつ魔力は消費しないという一石二鳥の修行。
ただし一回一回の経験値はものすごく少ない。その上、魔力の問題とはまた別に、圧倒的な精神疲労を伴うため、とても人に勧められるようなものではない。
まあミスが許されない状況の中で200日連勤&200日連続残業&平均残業時間月300時間(給与明細状では月40時間表記)&平均睡眠時間2時間を達成したことがある私くらいになれば、その程度の疲れなんて大したこととはない。大したことある時もあるけど、乗り越えるのは簡単。
初級、低級、中級、とそれぞれの魔法をすべて作り出していく。初級と言っても侮れるものではなく、ものによっては上級級魔法よりも汎用性が高い魔法もあるのだから、きちんと全て練習しておかないと。
あと、最近は闇魔法も練習し始めた。
こっちはまだまだ完成度が低く、一度使うだけでごっそりと魔力を削られるけど、それでも炎魔法と同じようにやっていけば役に立てられるはずだ。
これを大体4時間続ける。
朝8時過ぎたあたりで切り上げると、家に戻ってまだベッドで気持ちよさそうに眠っているリーシュを起こさないといけない。
「リーシュ、起きて。朝だよー。」
「……ん〜。もうちょっとだけ。」
「だめ。狩りの時間だよ。」
アメーバってどれくらい眠るんだろう。
よく分かんないから普通に人間扱いしてるけど、20時間寝ないといけない種族とかだったらちょっとかわいそう。(他人事)
「ほーら。早く。」
「ん……朝ごはんほしい。」
「………ちょっとだけだよ。」
今日みたいにどうしても起きてくれなさそうな日は、にんじんを垂らすしかない。
朝ごはんをあげるといえばリーシュは絶対に飛びつく。
「ほんと!?」
ほらね。
大喜びのリーシュは、人間の擬態を解いてアメーバの姿に戻る。
そしてそのまま私の身体を一気に全身まで飲み込んだ。
『いただきまーす。』
そしてゆっくりと私の体から魔力を抽出し始める。
(ホントににちょっとだけだからね!)
という声は残念ながらアメーバの液体に阻まれて聞こえることはないだろう。
朝から魔力を大量に吸われると、その後の狩りや特訓に支障が出る。リーシュは時々加減を間違えるから、できることなら朝から魔力は勘弁してほしい。
数分後。
リーシュは満足そうに舌をペロリと回している。
朝ごはんを食べて上機嫌で何よりだ。
「じゃあ行こう。」
「うん。」
そうして私たちは二人揃って部屋を出ていく。
これから16時くらいまでは狩りの時間だ。
今日は、南の峡谷付近の洞窟に発生情報があるゴブリンの討伐だ。フィナさんからもらった情報では、最近行商人がゴブリンに襲われるケースが多いらしい。
だから、根本である住処を叩こう。
時間が空いたら森に入って適当に魔物狩りをするかな。
♦︎♦︎♦︎
「ふぅ。あらかたここら辺のゴブリンは片付けたかな。」
一気に三体を中級魔法で葬り去った私は、魔核を回収して後から追ってきたリーシュに声をかける。
「ゴブリンの巣、見つかった?」
「いや。それっぽいやつは見つけたけど、何もいなかったよ。ここら辺の魔力が減ってきている痕跡もあるし、ゴブリンたちは移動場所を移したか、もしくは霧散してほとんどわたしたちが狩っちゃったかって感じかな。」
「それならいいんだけどね。」
まあともかく、近辺に住処が見つからない以上、今回の任務はこれで終了だ。
思ったより早く終わって、今はまだ午後1時30分。
「時間あるし、森の奥に入って魔物狩りしようか。」
「それならラムルーク森林がいいな。あそこ美味しいオーガがたくさんいるし。」
魔物の中でも美味しいとかまずいとかあるんだ。
私からすればどこでやるにしてもある程度強い魔物がいるところなら何でもいい。ある程度ね。強すぎて死ぬのは勘弁。
ラムルーク森林は現在地点より少し南にあるところなので、二人で峡谷を駆け抜けて向かう。
物魔法を使用できるリーシュほどではないが、獣人である私もそこそこの速さで走れるので、移動手段は基本自分たちの足だけでそこまで困ってはいない。
獣人であることの数少ないメリットなんだから、ポジティブに捉えないとやってられない。
いつも通りの行動をとる私たちだったが、今日はそれが完遂されることはなかった。
峡谷を抜け、草原に差し掛かった時だった。
「………!」
不意に、すぐ目の前を走っていたリーシュが足を止めた。スピードが緩まったのではなく、何かに引っ張られるようにピタリと。
「どうしたの?」
私も急いで足にブレーキをかけて聞くが、リーシュは私たちが向かっている方向とは90°違う方向をじっと見つめている。
無言で、何かを危惧しているかのように顔を険しくして。
こんなリーシュ、初めて見た。
「ねぇ……どうし」
再度聞き直そうと駆け寄った時、私も遅れてようやくリーシュが立ち止まった理由を理解した。
「……………っ!!」
私たちを足止めしたもの、それはここからかなり遠くから感じる、圧倒的な魔力だった。
「なにこれ……………。」
あくまで感覚的にだが、ありえないほど遠くから魔力の圧を感じる。
リーシュと初めて出会った時も、森の中で強い魔物を前にしてその圧力に怯えたが、今回は距離感が違う。
ここから見えないレベルで遠くから発せられている魔力の圧、それがここまで届いているのだ。
私よりも敏感なリーシュは、その魔力にいち早く気がついて足を止めたのだった。
「リーシュ、これって一体なんなの……?」
「……分からない。でも、このレベルの魔力を持つ生き物は滅多にいない。」
リーシュがここまで真剣な眼差しを向けるのだ。その持ち主は想像もつかないレベルの魔物なのだろう。
「行こうレイナ。このまま放置しておくと街に危険を及ぼすかも。」
「…………うん。」
え、私も行くの?
いやそんなこと言える状況じゃないから『うん』って言っちゃったけど。
強い魔物が危険なのは分かるけど、私がそこに首を突っ込んで戦力になれるかと言われるとかなり微妙なんですけど。微妙っていうか、足を引っ張るのはほぼ確定してるようなものなんですけど。
しかし、目の前を駆けて魔力源へと走り出してしまったリーシュを前にすると追うことしかできない。もしかしたら私でも横から魔法で小ダメージくらいは与えられるかもしれないし、とにかくリーシュの姿を追った。
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