第21話 日常


 武器屋なんて立ち寄ったこともないし、姿すら見たことがなかったので、私たちは市役所で場所を聞くことにした。


 こういう時にスマホがあったら苦労しないんだろうけど、残念ながらそんなものはとっくに手放して久しい。



 市役所のお姉さん曰く、武器屋は街の最南端にある小さな店だけらしい。

 その街では、騎士団の支部もないし、軍需的な戦力としては魔術団の小さい部署が一つしかない。あとは有象無象の冒険者たち。


 そういう事情もあって、武器はあんまり売れないらしい。だから街の隅っこに追いやられたとか。安くて安価な武器なら冒険者同会でも買えるしね。


 まあ武器を使わなくて良いならそれに越したことはないんだろうけど、私たち冒険者の立場はますます狭くなりそうだ。それ以前に私なんか獣人の時点で立場も何も無いんだけど。


 

「ねぇ、レイナ。レイナって魔力量少ないのに、よく中級魔法とかバンバン打てるよね?」


 武器屋に向かう途中、不意にリーシュがフードの上から耳を撫でつつ、そんなことを言い出した。


「どういうこと?」


 ちなみに耳を触られていることにはとくに突っ込まない。リーシュはこうするのが大好きなのだ。


「この前、狩りで魔物追っかけてるときたまたま戦闘中の別の冒険者を見かけたんだけど、中級魔法一回使うだけでバテてたから。」

「単純にその冒険者の魔力量が私より少なかったのかな。それか私が効率よく魔力を使えるようになってきたのかもね。」

「効率?」

「うん。それを特訓で鍛えてきたからね。」


 私が普段から特訓しているのは、いかに一つの魔法に対して消費する魔力を減らせるかということだ。

 魔法とは、慣れが大きく影響している。


 例えば、普通の冒険者の魔力総量が100だとする。私は少ないかな70くらいかな。

 それで、中級魔法を使った時の魔力消費を、初期段階で50くらいとする。

 普通に考えれば、中級魔法を使うと、平均的な冒険者の魔力は100-50=50。私の魔力は70-50=20。

 となるわけだが、もしも私だけが中級魔法を使用した時の魔力消費が10になったとすると、平均的な冒険者の魔力は変わらず50。それに対して私の魔力は70-10=60となり、中級魔法を使ったあと、残った魔力総量が逆転するのだ。

 問題は、どうやって中級魔法の魔力消費を10にするかということだが、そこはもう経験あるのみ。とにかく同じ魔法を使い続けることで、慣れるようにするのだ。

 何度も試すうちに、50だった魔力消費が40、30……と減っていく。そうなってくると私が魔力総量に劣る相手よりも多く魔法を使えるようになるのだ。


 何度も経験すると言っても、経験する度に魔力を消費するのだから、結局は魔力総量が多いやつが有利じゃないかと思われるかもしれない。だが実はここに落とし穴があることに私は気がついていた。


「特訓って、あの魔法を寸止めするやつ?」

「そう。」


 これは魔法の特訓を始めてかなり初期の方に気がついたことだ。

 魔法を使用する際、当然魔力を消費するのだが、それは魔法を放出した時﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅(放出魔法に限る)なのだ。

 自分の手中に魔力を具現化しそれを放出するのが魔法であるが、魔力を具現化したタイミングでは魔力は消費されない。つまり、手の上で魔法を作ること自体に魔力量は関係ないということだ。

 もちろん敵に魔法をぶつけないと意味がないのだから、具現化するだけでは戦闘では使えない。

 しかし、それが特訓の時になると話が変わってくる。

 簡単に言えば、『魔法を作るだけで放出しない』、この行動をすることで、魔法に慣れることができる上に魔力を消費しないという、特訓の無限ループを可能にできるのだ。

 集中力は使うため、まったく魔力を消費しないわけではないが、それくらいなら魔核を消費すれば回復できる程度だ。

 リーシュはこれを寸止め魔法と呼んでいる。


 もちろん、そんなことで貯まる経験値はわずかなものだし、何百、何千回と繰り返してようやく目に見える成果があるかないかといったくらいなのだが、現状できる鍛え方としてこれが最適なのだからやり続けるしかない。


 それに加えて、リーシュが手伝ってくれる強敵相手の狩り経験もとても役に立っている。


「あんなチマチマしたこと何時間もやるなんて、わたしには無理だよ。」

「リーシュは初めから魔力総量多いんだし、無理に効率よくする必要ないと思うよ。」


 魔力弱者である私だからこそ意味がある修行だ。普通の人間はこんな『効率を良くするための効率の悪い特訓』はやらない。


「でもそれならレイナが強くならなくても良くない?戦うのはわたしが専門でやればさ。」

「それじゃ私がいつまで経っても弱いままじゃん。」

「うー。そういうことじゃなくて……」


 リーシュは何か言いたげだが、口籠るようにこちらを見つめてくる。


「?」

「もういいよ。ふん。」


 なんか勝手に拗ねてしまった。


 私そんなに怒らせること言ったかな?


 まあリーシュがよく分かんないことで喜んだり怒ったりするのはよくあることなので、耳をいじいじされたまま私たちは歩き続けた。

 


♦︎♦︎♦︎



 街の隅の武器屋に着く頃にはリーシュの期限も完全に元に戻っていた。まったく理解し難いやつ。


 武器屋は古びた木造建築の小さな建物だった。とてもじゃないが活気付いているようには見えず、店に入っても客は私たちだけだ。

 まだ日が沈む時間でもないのに、なんだか薄暗くてあまり良い印象はない。


「わぁ、見て見て。この斧おっきい!」


 そんなことなど意にも介さず楽しそうにはしゃいでいるリーシュを見ると、こっちまで団欒

な気持ちになってくるな。流石はここよりずっと暗い森育っただけのことはある。


「いらっしゃい。」


 突如、店の奥から声が聞こえた。


 目を凝らして見ると、背の低い白髭のおじいさんが私たちを見定めるようにこっちを見ていた。相当歳をとっているらしく、見た目的には70歳はいっているだろう。


「あ……どうも。」


 店主さんなんだろうけど、なんだか店も人も近寄りがたいな、ここ。


「お嬢さん、あんた冒険者かい?」


 しゃがれた声は、本能的に耳を劈いて自然と耳がぺたんを折りたたませた。いや他人の声を聞いてそんな反応をするのはすごく失礼なんだろうけど、本能的にそうしてしまったのだ。


「……はい。冒険者です。」

「そっちのご婦人は?」

「あ、わたしも冒険者でーす。」


(…………………?)


 リーシュに対しても同じように質問をした老人は、しばらく目を閉じてから再度口を開いた。


「ふむ。そっちの獣人のお嬢さんはギリギリだが……まあ及第といったところか。」

「…………どういう意味です?」

「…………………………。」


 え?

 いやなに?

 怖いんですけど。


 理由はわかんないけどなんか鳥肌立ってるし、このおじいさんが言ってることも意味分かんないし。


 帰る?

 もう帰った方がいいのかな?


 どういう状況、いまこれ。


「……………ふぉっふぉっふぉっ」

「!?」


 老人はしばしの沈黙の後、何の前触れもなくいきなり高らかに笑い出した。


 やばすぎだろ。

 なんか違法な薬でもやってるのか!?


「り、リーシュ、やばいよここ。かえろ。」


 ぽけっとしているリーシュの服の袖を引っ張って身を翻す。


 なんで街でたった一つの武器屋がこんなにやばい店なんだよ。


「すまんすまん。さっきのはただ試しただけじゃ。ワシもすっかり役にハマってしもうたわい。」

「……へ?」


 おじいさんの声は、いつの間にか先ほどの耳に触るモノから、明るく快活なものへと変わっている。

 話し方を大きく変えたようだった。


 どうなってるんだ一体。


 理解が追いつかないが、とりあえずさっき感じた異様な寒気が引いていくのが分かった。


「試したってどういうことです?」

「うむ。最近冷やかしで入ってくる客が多くてなぁ。悪いがこの店で買う覚悟がないものには帰ってもらうことにしていたのじゃ。」

「それであんな威圧的な話し方を……。」

「話し方だけじゃあるまい。お嬢さん、ここに入った時、気分が悪くならなかったかい?」


 気分……?

 ああ、確かに変に鳥肌が立ってたし、この店は危険だって本能的に感じていたような気がする。今は特に何もないけど。


「確かに、ちょっと寒気はしてました。」

「その程度で収まっているのならやはり問題はないな。」

「と、言うと?」

「この店にはワシの幻魔法の結界が張ってあるのじゃよ。力のない者が入ると、すぐに逃げ出したくなるほどの不快感を与える。だが、力を持つものは何も感じん。そうやって冷やかしにくるやつらを退治してたのじゃ。」


 なんつージジイだ。

 この店が街の端っこに追いやられた理由がわかる気がする。めちゃくちゃ客を選別してるじゃん。


「ってことは、リーシュは何も感じてなかったの?」

「なんのこと?」


 反応を見るに、リーシュはまったく違和感を感じていなかったようだ。てっきり雰囲気が悪くても気にしていないのだと思っていたけど、私が弱いからそう感じていただけで、リーシュは初めから何も感じていなかったわけか。


「でも、結界に耐えられないくらい弱い冒険者が来たらどうしてたんです?別に冷やかし目的で来たわけじゃないでしょうに。」

「最低限の装備は冒険者同会でも買えるからな。ワシの店で買うのにまだ早いやつは入れん。」


 うーん、この。


 結構店主としては最低だな。

 

「それにしても、獣人がワシの店に入れるとはな。相当精神を鍛えておろう、お嬢さん。」

「……まあちょっとは。」


 でもこの店に入れたってことは一定の実力を認められたってことなわけだし、そう考えるとちょっと鼻が高くなるな。

 このおじいさん曰く、私は獣人の冒険者の中ではそこそこ優れているらしい。

 

 獣人の冒険者の中では……獣人の……獣人?


「……なんで私が獣人だって分かったんですか?」

 

 同時に、私はちゃんと被れているフードを再度両手で押さえつけた。


 なんで獣人だってバレた?

 耳も尻尾もちゃんと隠せていたはず。


「ふぉっふぉっ。そう怯えずとも、別に誰かに話したりはせんよ。獣人だろうがエルフだろうが、強い奴がワシは好きだからのう。もちろん、そちらのご婦人もな。」

「あ、どうも。」


 リーシュはおじいさんにはあまり興味を見せずに、適当に相槌を打って店を散策している。

 でも、今の含みがある言い方、そして先ほどからどう見ても少女であるリーシュを『ご婦人』と呼んでいること。もしかしてリーシュのことも……。


「ああ。さっきの質問の答えがまだだったの。どうして獣人だと分かったか……うーむ。勘、としか言いようがないのう。ま、ゆっくりしていってくれ。めったに人もこんから落ち着けるじゃろうて。」


 そう言うと、おじいさんは店の奥へと消えていった。


 謎が多い人だが、多分悪い人ではないんだろう。少し話してみて、なんとなくそんな感じがした。



「レイナ。これ、欲しい。」


 私たちの会話に全く口を挟まなかったリーシュだったが、品物はしっかりと選別していたらしい。

 その手には細長く銀色に光る細剣レイピアが握られている。


「そっか。剣士って言っても色々あるもんね。」


 短剣、細剣、片手剣、両手剣、長剣、そしてそれらの種類の中からさらに細かい分類が為されている。

 無論、剣だけでなく、弓、盾、槍も揃っているようだ。


「これがいいの?」

「うん。」


 まあ魔道具ならともかく、剣とか武器については私はそんなに詳しくないし、使うつもりもない。

 魔法に集中したい私にとって、武器は邪魔でしかないからだ。

 だから、リーシュがどんな剣を使おうと口を出すことはしない。


 でも、それとは別に問題があったりする。


「…………………1780000ルモ………」


 桁間違ってないかな?と思って何回か見直したけど、間違いなく178万ルモだった。


 うん無理。


 武器が値を張るのは知ってたけど、さすがにそれはダメ。


「……リーシュ。私たちが一日にいくらくらい稼いでるか、知ってる?」

「?」


 お金の管理は基本私がやっているので、人間界のことをしらないリーシュが分からないのは無理ないか。


「だいたい4万ルモくらい。それを買うためには生活費なしで45日かかっちゃうよ……。」


 これでもリーシュが仲間になってから給料は4倍増したのだ。元々日給9000ルモだったのが、高難易度の任務も達成できるようになって稼げる金額も一気に増えた。貯金だってそこそこある。

 それでも178万は高すぎる。あっちの世界で換算すると60万弱といったところか。


 武器は必要なものとはいえ、流石に月給の倍近くするものをポンと買うことはできない。


「でも、これこの店だと安い方だよ。」


 リーシュが指差した方向を見ると、300万を平気で超える武器がわんさかある。相場に詳しくないけど、武器ってこんなに高いのか??


 それともこの武器屋が高い店だからか?


「うーん。ちょっと私たちの財布には合わないお店かもね……。」


 やっぱり金か。

 結局金か。

 世の中金だ。



 結局、一番安かった360000ルモの細剣を買った。それでも貯金がほとんど吹き飛んだ。


「ごめんね、リーシュ。安いのしか買ってあげられなくて。」


 いや安い買い物ではなかったけど。

 でも欲しがってた物を買ってあげられなくてちょっと申し訳ない。散々リーシュにはお世話になっているのに。

 

「ううん。これで充分だよ。レイナが買ってくれたやつってだけで、さっきのより全然いい。」


 リーシュはいい仲間だ。


 こうやって笑ってくれるだけで、買ってよかったと思った。


 私の日常が前向きに進んでいるのだとしたら、それは間違いなくリーシュの影響が大きいだろう。


 強さも、お金も、もちろん大切だ。


 でも、それ以上に大切なものだってやっぱりあるよなって、日が暮れ始めた街を見て思った。


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