第20話 修行あるのみ
「レイナ、そっち行ったよー。」
森の中を駆け回るリザードマンを追うリーシュが、同じく先回りしている私に向かって大きく声をかけた。
「任せて!」
リーシュにうまいこと誘導された野生のリザードマンは、体長二メートルはあろうかという大物だ。リザードマンっていうか、まんまトカゲだからリザードかも。
とはいえ、彼らは魔物の中ではそこそこの強さを誇る。その体格やスピードは侮れるモノではなく、下手な上位種だと魔力を使ってくることもあるから厄介だ。
ちなみに、亜人の中にもリザードマンの特徴を持った者がいるが、魔物のリザードマンとはまた違う存在だ。亜人のリザードマンはリザーデンと呼ばれ、爪や尾は特徴を持つものの顔は人間。一方魔物のリザードマンは二本足で歩いてはいるものの、言葉を話したり人間的な特徴を持たない魔力からか生まれた生き物だ。
私たちが今狩りを行っている対象は、もちろん魔物の方のリザードマンだ。
そうこうしているうちに、私の目の前にその姿を表す。
真正面で対面したリザードマンは、回避する方法はないと判断したのか、あるいはリーシュよりは勝ち目があると判断したのか、勢いを止めずにむしろ襲いかかってきた。
それに対してこちらは魔法で向かい打つ。
中級炎魔法 《
赤く染まる炎が鋭い矢の形に纏って熱を帯びる。
リザードマンは自らを焼失させる炎の矢に気がついたようだったが、これだけの至近距離からの回避はもはや不可能。
その鋭い鉤爪が喉元に届く前に、リザードマンの体は跡形もなく焼け落ちた。
「おぉ。やったじゃん。」
魔核を回収していると、先程までリザードマンの誘導をしてくれていたリーシュがひょこっと顔を出した。
「うん。魔法も上手く発動して良かったよ。魔力の減りもあんまりだし。そうだ。これ、リザードマンの魔核だけど、食べる?」
「いや。今日はそこそこ食べたからいい。お腹いっぱいになると、夜にレイナの魔力食べられなくなっちゃうし。」
「そう。」
そういうことなら私がありがたく受け取っておこう。これだけのリザードマンの魔核なら、そこそこ魔力を回復させられそうだ。
私がノース森林で初めてリーシュと出会ってから大体四ヶ月が経った。
初めは特訓を嫌がっていたリーシュだったが、今では私のために狩りにも一緒に行ってくれる。しかも、ちょくちょく手加減しつつ私が経験を積めるように誘導してくれるから本当に良い師匠だ。
その結果、さっきみたいに強い魔物も狩れるようになったし、お金の貯まるスピードも急速に上がった。
なんなら、回収できる魔核が増えたことで魔力を回復しやすくなり、特訓の時に使える魔力が増えてますます良いことづくしだ。
これだけやってくれてるのに、見返りは毎日私の魔力を吸わせることだけなのだから最高だ。
そんなに美味しいのかな?と自分でもちょっと気になるくらいに、リーシュは毎晩魔力を吸うのを楽しみにしている。どうせ寝て起きたら魔力は回復しているのだから、こっちとしても全然困らないのも良いポイントだ。
あと、リーシュはやけに私とくっつきたがる。
魔力が欲しいなら極論夜に訪れれば良いだけなのに、積極的に協力してくれるどころかことあるごとに体を寄せ付けてくる。スキンシップが好きなのかもしれない。
寝る時も、二人分のスペースがあるのに同じ場所で抱きつくようにして眠っている。
仲良くしてくれるのはありがたいけど、あんまりベタベタだとちょっとむず痒い感触だ。
そうそう、最近、私たちは家を借りた。
獣人の私じゃどうせどこの不動産も貸してくれないから、一応純人間ってことになってるリーシュの名義で、街の西側の隅っこにある安いワンルームを。
リーシュはともかく、私は一日のほとんどの時間を外での修行と狩りに費やしているため、ワンルームでも何の問題もない。
これで冒険者同会のロビーでホームレスをする必要も無くなったわけだし、リーシュの存在は本当に色々なところで良い機能をしてくれる。
「そろそろかえろーよ。もうだいぶ時間経ったよ。」
「そうだね。今日の修行も頑張らないと。」
「帰ったらすぐ修行って。レイナはちょっと真面目すぎると思う。」
「弱いんだから、努力しないと強くなれないじゃん。」
私だってやりたくてやってるわけじゃない。でも、この世界では自分の力で生き抜くしかないということをこれまでの生活で存分に理解させられた。
困らなくなるくらいまでは強くなっていかないと。どのくらい強くなったら困らなくなるのかは未知だけど。
「でも私は努力しなくてもここまで強くなれたよ。」
「リーシュは時間がいっぱいあったじゃん。私は何百年も生きられないし。ていうか、リーシュはなんでそんなに長生きできるの?」
「魔物って案外長生きだよ。生態系の頂点にいるようなやつは100年とかは普通に生きるもん。」
リーシュの場合300年以上は生きてるから、いかにこの子が強者であるかがよく分かる。
「私も死ぬまでにリーシュくらい強くなりたいけど………。」
リーシュの底もまだまだ知れないから、全くもって先の話なんだろうな。
でも、魔法の特訓って、キツいけどちゃんと成果が出るんだよね。やればやる分魔力効率が良くなるし、上位の魔法も使えるようになる。
ちゃんと成果という名の給料が出る分、まだ全然マシだ。世の中には月に数百時間残業させておきながらまともに残業代を出さない最低な職場も存在するのだ。どことは言わないが。
「うーん、わたしもレイナに習って特訓しようかな。」
帰りの道中、リーシュが独り言にしては大きい声で唐突にそう言った。
「珍しいじゃん。そんなこと言い出すなんて。」
めちゃくちゃ強いんだから、特訓なんて必要ないと思うけど。
「いやね。基本的に今のわたしって人間の姿で戦ってるわけじゃん?」
「うん。」
「この状態だと魔法が上手く使えないんだよね。変身してる分、魔力の流れが悪いっていうか……。」
確かに、いつどこで人に見られているか分からないから、リーシュには常に人間に擬態してもらっている。
私から見ると充分それでも強すぎるくらいなのだが、本人的にはあまり戦闘において納得していないらしい。
「だから、剣を持って闘う練習しようかなって思って。」
そういえば、リーシュは物魔素を持っているんだったっけか。
物魔素は自分の身体能力を魔法によって著しく上昇させることができる物素種で、上位剣士になるには必須と呼ばれているものだ。
しかも、魔法の熟練度はそこまであげなくて良いから今のリーシュにはぴったりかもしれない。
色々噛み合ってて羨ましいな。
私の時とは大違いだ。
「いいんじゃない?これからもしばらく人間として生きるなら、過不足はない方がいい。」
といってもこれ以上強くなって何をしたいんだという話ではある。
「やった。じゃあ帰りにちょっと武器屋に寄っていこうよ。」
「えー?私は特訓あるし。」
「いいじゃん。たまにはちょっと寄り道しよ?レイナが欲しい物だってあるかもしれないし。」
あ、なんかこの感じちょっと懐かしい。
高校時代、いつもこんな感じで友達と帰りに寄り道してたなぁ。武器やら特訓やらの物騒な単語はなかっし、私は誘う側だったけど。
「しょうがない。ちょっとだけだからね。」
でも、こんなふうに誘ってくれる人がいるのも悪くないな。
すっと笑ってみせると、リーシュも同じように隣で笑った。
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