邪災都市防衛編
第19話 移り変わる情勢
ヴィッツテリア帝国首都カージスにて
現在、帝国五将軍を含む緊急軍事会議が秘密裏に開かれている。
「久しぶりですね。将軍全員が揃い踏みとは。」
席について以降、初めて沈黙を破ったのは長い紫色の髪を後ろで縛った青年、人為将軍レイズだ。
整った顔立ちと頻繁に見せる狂獣的な微笑みは、彼の闘争本能の高さを表している。将軍の中でも屈指の人使いのうまさで、軍を指揮するなら彼に勝るものはいないと言われたほどだ。
「皇帝補佐が呼び寄せたってことは、なにかしら計画が進んだんでしょー。ま、私としてはとっととフォーリトーレムを滅ぼしたかったから、話が進むに越したことはないよねぇ。」
悪魔のように尖った耳を立てて語る少女は乱選将軍リグルイア。時に人を騙し、時に果敢に敵陣に突っ込む彼女は、人間嫌いで有名だ。
「で、でもフォーリトーレムは種族差別がない国ですよ。……他の国は違いますけど、あの国はそんなに私たちにデメリットをもたらすとも思いませんけど……。」
「バカね、ヒース。どうせすぐ聖剣教に屈して人間至上主義の国になるに決まってるでしょ?総統はそれを見越して先手を打とうってこと何でしょ。」
弱気に反抗した女と、それを強く否定した女。柳樹将軍ヒースとアスロウだ。
彼女たちは二人で一人。二人で一つの将軍に座している。
「ふむ……フォーリトーレム国に敵対するということは、その他人間の三国と明確に敵対することになる。総統がそこまでお考えなら、私としては異議を唱える必要があるかもしれないな。」
左目に眼帯をつけた屈強な体を持つ獣人の男、烈火将軍ハージは国同士の敵対を否定的に捉えた。将軍たちのリーダー的存在の彼ではあったが、現在世界が分断されようとしているこの状況を好んではいない。
「………………。」
そして、物言わぬ老兵、陛言将軍サツは話し出した各将軍を黙って見つめていた。
そこに、会議室の扉が開き、皇帝補佐である細身で銀髪の若男ルーファスが入ってくる。将軍たちの会話はぴたりと止まった。
「あー将軍の皆様、よくぞお集まりいただきました。早速ですが、本題に入りましょう。」
軽い感じで常に微笑んでいるような男は、そのまま話を途切れさせることなく続ける。
「今回、我々ヴィッツテリア帝国は、隣国であるフォーリトーレム国に対して侵攻する計画を立てます。」
「「「!」」」
ルーファスの言葉に、将軍たちは各々反応の違いはあれ、全員が驚いたように目を剥いた。
「これは皇帝自ら判断なさったことです。」
ある者は歓喜し、ある者は困惑し、ある者は疑惑を持った。
隣国への侵攻、つまりは戦争だ。
つい先日、純人間主義を掲げて他種族を排除する動きを見せる聖剣連合に対し、獣人や亜人の国の一部が正式に聖剣連合の息がかかった国との国交断絶を発表したばかりではあるが、この国は今すぐに戦争をする緊急性がある状況ではない。そもそも現状では、関係は悪化しているもののフォーリトーレムとヴィッツテリアは国交を結んだ国同士なのだ。
そんな中で、人間国と他種族国の争いという火中に油を垂らすような行動をとれば、その影響が出るのは我が国だけではない。世界中で国同士の争いが起こるだろう。
「質問したいことがあります。」
片手を上げたのはレイズだ。
「どうぞ。」
「まず、この状況で戦争をする判断をした由縁は何でしょうか?今戦争を起こすことに大きなメリットがあるとは私には思えません。次に、フォーリトーレムを除く他の人間三国、つまり聖剣連合とも明確に対立することになりますが、その対策はいかがなさるおつもりなのでしょうか?最後に、国民の声はどうするのです?戦争に対して賛成の声が多くなるとは限りませんが。」
口早に三つの質問を並べたレイズは、内心この決断をどう判断するか悩んでいた。
正直、戦争に乗り出すことにはそこまで後ろ向きではない。
近年、ヴィッツテリア帝国はフォーリトーレム人民帝国に対して、明らかに国際問題とならざるを得ないような貿易妨害行為を行っている。フォーリトーレム前女王の死によって国が騒然としていた時に、他国から問題にされない程度にフォーリトーレムの資産を減らそうとしたのだ。
その行為自体には特に反対するつもりはない。
レイズとしても、隣国と仲良くできるなんてことは思っていないからだ。
なんなら、打ち滅ぼしてしまっても構わないとすら思っている。今のフォーリトーレムの女王は若く、経験も少ない。国家が弱っている今なら付け入る隙は充分すぎるほどにある。
しかし、そのことによって、聖剣連合に宣戦布告されることは避けたい。彼らの力は我々一国に抑え切れるものではない。
現状、聖剣連合が貫く純人間主義は、フォーリトーレムでは実現されていない。女王が多種族国家を貫いているからだ。
しかし、いつフォーリトーレムが聖剣教に染まるかは分からないし、そうでなくても人間の国を攻撃したとなると聖剣連合は黙っていないだろう。
彼らと敵対する各国も参戦するとなると、ヴィッツテリア帝国の侵攻が世界大戦に繋がりかねない。
そこら辺の対策をどう考えているのかと問いたい。
もしもまともな答えが返ってこなければ、反対せざるを得ないだろう。
「落ち着いてください。戦争といってもいきなり軍を配備させるわけではありませんよ。侵攻せざるをえない状況になるかもしれないということです。」
「……どういう意味です?」
「つい最近、フォーリトーレム国から我々に対して警告が来ました。すぐに商人の密輸をやめさせろ、と。向こうはかなり焦っていますよ。それだけでなく、彼の国では聖剣教が広まったことで異種族排除の思想も大きくなっていると聞きます。密輸問題と含めて、もう時期我々との国交断絶を言い渡してきても不自然ではないでしょうね。」
「……つまり、それを口実として戦争に乗り出すと?しかし、それでは聖剣連合にはどう対処するのですか?非合法なことをしているのがこちら側である以上、最低でも糾弾は避けられませんよ。」
「戦争の口実はあくまでも一方的な貿易断絶によるものということにすれば良いでしょう。聖剣連合はフォーリトーレム国に対して他種族の追放を要求していますが、女王はそれを認めていない。このままなら自然と仲違いを起こすでしょうね。」
確かに可能性として考えられないことではない。フォーリトーレムと聖剣連合が対立した上で、ヴィッツテリア帝国との一方的な国交断絶を口実にすれば、フォーリトーレムは完全に孤立する。
そこまで行けばもう我々一人勝ちだろう。
しかし、あくまでそれはこれからの展望。実際にそうなるかは別問題だ。
「まあ聖剣連合はなんとか言いくるめます。現状ではあくまでも全て計画なのですから、先のことは今後決めましょう。」
「…………そうですね。」
確かに、今ルーファスが話したことを要約すると、『フォーリトーレム国が一方的に国交断絶をしてきたとき、もしも聖剣連合が口を出してこないなら反撃しよう』といったどこまでも受身的な意見だ。あくまでも理想的な状況になった時、理想的な行動をするという目標立てをしただけで、侵攻計画だって、露見しなければ相手がボロを出すのを待つだけなのだから、現状否定しようがない。
ルーファスという男の道化じみた言動は癪に触るが、そうだとしても彼は一応上司である皇帝補佐。ただの馬鹿がなれる地位ではない。
これ以上理論的じゃない反論を重ねることに意味はないだろうと考え、レイズは口を閉ざした。
「待って。それなら何も話は進んでいないじゃない。まさかそれだけのために皇帝補佐サマが私たちを呼び寄せたってわけじゃないわよね?」
レイズとルーファスのやりとりを聞いて、今度はリグルイアが手を挙げた。
人間嫌いで一刻も早くフォーリトーレム国を打ち滅ぼしたかったリグルイアとしては、侵攻計画という言葉に喜んだものの、結局は自分からは現状何も行動しないと言ったルーファスに不満を示した。
もしもフォーリトーレムがこのままヴィッツテリアと国交を結び続けたら、もしも聖剣連合がフォーリトーレムを擁護する姿勢を見せたなら、リグルイア含むヴィッツテリア帝国陣営は何も手を出さないということになる。それではいつまで経ってもフォーリトーレムを滅ぼすことにはつながらない。
しかし、ルーファスはリグルイアからの反論も予測していた。
「何も手を出さないわけではありません。」
「じゃあどうするのよ。さっきレイズも言ってたけど、今侵攻なんてしたら火種を被る可能性が高いのは事実でしょ?」
「はい。ですから、大々的に攻め込まなければ良いのです。」
「…………?」
「我々ヴィッツテリア帝国が関わっているという証拠を残さないように行動を起こします。……そうですね。まず手始めに、国境近くにあるヴァルディーテあたりを落としましょう。暗になら我々の仕業だと気づかれても構いません。決定的な証拠を残さなければ、向こうは泣き寝入りするか、怒って単独で報復するしか選択肢はありません。前者であれば、国力を減退させるだけでも充分意味がありますし、もし後者になった時は先ほど話した通り……」
ルーファスは一層笑みを強くして、突き立てた親指を地に返した。
それを見てリグルイアも笑った。
「あはっ、あはは、それはいいわね。ようやくわたしの出番ってわけね。」
「いえ、今回あなたに出番はありません。」
ルーファスはやる気満々のリグルイアにあっさりとそう告げた。
「はあ!?今やるって言ったじゃん!」
「どうせあなたのことですから、いきなり街に突撃して全員殺そうとするでしょう?私が求めているのは隠密に自然な形で損害を与えられる人物です。」
「うっ……。」
確かに、猪突猛進なリグルイアにとって、隠れて間接的に攻撃するなんて芸当は好みではないしできる気もしない。
それが分かっているからこそ、ルーファスの言葉にそれ以上反論することなく黙りこくった。
「あなたの力が必要になる時も来ます。まだ先のことでしょうけどね。…………そうですね。では、ヒース将軍。あなたたちにお願いできますか?」
ルーファスが今回の計画に指名したのは、先ほどから話を聞くだけで肯定も否定もしていなかったヒースとアスロウだ。
いきなり自分の名前を呼ばれたヒースは、ビクッと体を震わせてから慌て始める。
「えっ……え?わたしですか?そんな重大な役目、とてもできそうにないですけど。」
オドオドとするヒースは賛成も反対もしない。しかし、自信はない。それだけは間違いなかった。
しかし、そんなヒースに対して檄を飛ばす声が一つ。
「何言ってんのよヒース!皇帝補佐はあんたに期待して頼んでるのよ。たまには意地を見せなさい!」
ヒースと同じ将軍の座に着くアスロウだ。
彼女たちは二人で一人。
弱気な分冷静な判断ができるヒースと短絡的な分積極的に行動できるアスロウ。
お互いに支え合ってのし上がってきた彼女たちの決断は、今回もルーファスにとって良いものとなりそうだ。
「えっと……、上手くいくかわかりませんけど、がんばります。」
「大丈夫だって。私もいるんだから!」
「はい。二人とも期待してますよ。」
こうして一通り会議は終わった。
人々を呑み込む争いの嵐は、確かに大きな渦を纏って大きくなっている。
聖剣教という大きな問題に世界が緊張感を巡らせている中、ヴィッツテリア帝国は密かに隣国へと足を踏み入れようとしていた。
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