第18話 仲間
「おぉー。ここが人間の街かぁ。」
城門を通り抜けて街並みの様相が一目でわかるようになると、リーシュはどこか感心するように声を上げた。
結局この魔物を連れて帰ってきてしまった私だったが、まあ不可抗力だから仕方がないだろう。
「初めて来たの?」
「この街は初めて。」
初めて都会に来たときの私もこんな感じの反応だったのかなぁなんて思いながら、あちこちを興味深そうに眺めるリーシュを見つめる。
「『この街』ってことは、別のとこなら人間の街に行ったこともあるんだ。」
「うん。300年くらい前、ここの近くにあった街には何回か行ったことあったよ。結局わたしが滅ぼしちゃったんだけど、あそこより何倍も大きい街だよ、ここ。」
……………なんか今さらっとやばい情報が二つくらいあったような気がするが。
300年前?滅ぼした?
聞かなかったことにしよう。
「リーシュ、私と一緒にいたいなら、移民申請と冒険者登録しとこうよ。魔物ができるか知らんけど。」
「ん。よく分かんないけど、レイナがそう言うならそうするよ。」
よし。
リーシュが私に固執する理由はともかくとして、こちらとしては魔法の実験に協力してくれるならありがたい話だ。たぶんこれまでに出会った誰よりも強いし。
「それより、なんでそんなフード被ってるの?さっきまでつけてなかったよね?」
「……私みたいな獣人はこの街じゃ迫害対象なんだよ。こうやって耳を隠すだけでもだいぶマシだし、つけない理由が特にない。」
「へぇ。同じ人間種なのに、仲良くないんだ。」
もっとも、魔物なんて獣人とは比べ物にならないくらい嫌悪されてるけどね。差別どころか見つけ次第殺されるというのに、隣でニコニコしてる奴は呑気なもんだ。
「その変身能力って、魔物特有のものなの?」
「魔物っていうか、わたしみたいなアメーバ専用かな。って言っても、わたしくらい自我があるアメーバなんてそうそういないから、実質わたし専用かもね。」
あ、スライムじゃなくてアメーバだったんだ。
近頃は界隈でもスライム=雑魚という風潮はなくなってきてるけど、アメーバってどうなんだろう。
「スライムとアメーバって何が違うの?」
「うーん。スライムは最近生まれた概念で、アメーバは昔から呼ばれてきた名前だから、そんなに違いはない。強いて言うなら若いか年寄りかってとこかな。」
結局スライムと同じってことね。
まあ世の中種族で比べるモノでもないし、アメーバが強かったとしてもわざわざ疑問視することでもないか。
「あの森って、強い魔物がいないっていう話を聞いたんだけど……。」
「わたしが全部食べちゃってるからかなぁ。もちろん入ってきた人間も食べるけど、さっきも言った通り魔力を吸い取るだけだから、人間たちからしたらわたしはあんまり危険な存在じゃないかもね。」
森を支配していたのはこのアメーバというわけか。ますますそんなヤバいやつが隣を歩いているのが現実性がない。
懐いているうちは味方だからむしろ心強いかも?力加減間違えて首吹っ飛ばされてもおかしくないからやっぱり危険か。
♦︎♦︎♦︎
リーシュを市役所に連れて行って移民申請をした私たちだったが、ここで少し予想外のことが起こった。
役員の人が、リーシュが純人間であるかをやけに疑ったのだ。
もしや魔物だということがバレたのか?とかなり焦ったが、話を聞くと、つい最近になってこの街ヴァルディーテでは、純人間以外の移民受け入れを停止したらしい。
市民たちの他種族排除の意見が強くなったことが影響しているとか。
どんだけ異種族を嫌ってるんだよ、と思ったけど、そこらへんの人間感情を考えても仕方がないので、そういうものだと割り切るしかなかった。
問題はリーシュが魔物であることが露見することだったが、彼女の擬態能力は相当高度なものらしく、しっかりとした検査の末純人間であると証明された。
自慢げにピースするリーシュを見て、もっとちゃんと検査しろよと心の中で突っ込んでおいた。実際はリーシュの正体がバレて困るのは私の方なんだけどね。
その後、私たちはその足でそのまま冒険者同会へと向かった。リーシュの冒険者登録をするためだ。
「あ、お帰りなさい。レイナさん。……あら?お隣の方は?」
冒険者同会に着いてすぐに受付に向かった私だったが、フィナさんに速攻でリーシュのことを聞かれてしまった。
「えーっと、街の外で出会ったんですけど、彼女、この街で冒険者になりたいらしいんですよ。だから登録できます?」
「ルーシュ、あ、いやリーシュです。」
自分の名前間違えるな。
まあ私の方は怪しまれない程度かつ嘘をついたわけでもない文言だ。
街に魔物を連れてきたなんて、バレたら牢獄行きは間違いないし、リーシュが街で暴れようものなら公開処刑確定だろう。だからちょっと怖いけど、もうどうにでもなれの精神で振り切る。
「はい!もちろん大歓迎ですよ。じゃあ手続きをするためにこの書類に……──」
よかった。
フィナさんにもバレていないようだ。
「……──はい、ありがとうございます。では、魔力検査の方に入りましょう。この魔具に手をかざしてもらえますか?」
「はーい。」
私の時は、分からないことだらけだったからいろいろ聞いたが、こうやって隣で見ているとスムーズに進むものだ。リーシュは冒険者の仕事には興味がないのか、フィナさんの話に従いつつ適当に聞き流している感じ。
そんなことを考えているうちに、魔力検査の道具が、私の時と同じように青白く光って文字が浮かび上がってきた。
うん、まあ大体この後どういう展開になるかは分かる。
「なんて書いてあります?」
「えーと、右のページには
「それはすごい!剣士職にピッタリですよ。魔力も申し分ないし、戦闘に有用な物魔素と幻魔素も。」
「え?あ、なんかすごいのかな?やったね。」
………いや分かってたよ。
こいつめちゃくちゃ強いし、魔力検査でもすごい結果が出て盛り上がるのってテンプレだもんね。私にはなかったけど。
しかも、魔物のくせに剣士向けの性能持ちってことは今後の伸び代もある。私にはなかったけど。
羨ましいなぁなんてちょっと思わないでもない。目の前で優れた知り合いが褒められている瞬間ほど嫉妬心が疼くことはないのだ。
結局、リーシュの冒険者登録は順調に進み、私がただモヤモヤした気持ちを抱えただけで終わった。
リーシュは色々とフィナさんに勧められてたみたいだけど、適当にあしらって私たちは合流した。
「ま、とにもかくにもこれでリーシュも冒険者仲間になったわけだし、明日からよろしくね。」
「明日何かあるの?」
「明日っていうか、これから毎日私の特訓に付き合ってもらうから。」
「ナニソレ。」
どうやらリーシュはあまり乗り気ではないようだ。とぼけた表情の中に逃げようとする気持ちがよく出ている。確かにこの子めんどくさいこと嫌いそうだもんなあ。
でも言うことは聞いてもらう。わざわざリスクを犯して連れてきたのはこのためなのだから。
「私と約束したこと、覚えてる?」
「………レイナのお願いはちゃんと聞く。」
「よく言えました。じゃあ明日からよろしく。」
改めて言うと、リーシュはちょっと不満げな表情でこっちを睨んだが、渋々首を縦に振ってくれた。
「それは分かったけどさ。レイナの家はどこにあるの?」
「……まさか家まで着いてきたいの?」
「だってわたし家ないし。」
「森があるでしょ。」
「いちいち街に行ったり来たりは面倒だよ。レイナと一緒にいたくてここまで着いてきたんだし。」
まあそうなるよね。
だいたいこの数時間でリーシュの性格は掴んだ。この段階に入った時点で彼女は絶対に私の住処までついてくるのだろう。
「でも残念。私も家なんかないよ。」
「家がないの?じゃあどこに住んでるの?」
「強いて言うならこの冒険者同会のロビーかな。寝てるだけだけど。」
いい加減出ていかないとそろそろ追放されそうではあるんだけどね。獣人に賃貸かしてくれる人がいないから仕方がない。
「寝てない時間はどうするの?」
「狩りか特訓してるから、寝る場所以外はいらない。」
リーシュが口をまるまるに開けて口をぱくぱくさせている。
森で悠々自適に生きてきた彼女からすると、ずっと働き詰めの私の生活についてくるのは本意ではないのだろう。
私は慣れてるけど、たしかに社畜経験がなければこんなに努力を続けられることもなかっただろうし、そういう人を見たら感心しつつちょっと引くと思う。
「どうする?森に帰ってもいいんだよ?わたしは特訓に付き合えないへなちょこメンタルですって言ってごらん?」
「むっ………………いいよ。明日からわたしがレイナのこと鍛えてあげる。そっちこそ、厳しくて泣いたりしないでよね!」
リーシュ単純な性格で良かった。
扱いやすくて素直なのは好都合も好都合。そんなんでよく何百年も生きてこれたな、と突っ込みたくなるが、魔物同士の関わりなんてほぼないだろうから本人も寂しかったのかもしれない。
とにもかくにも、これでリーシュは私の仲間だ。ギルやフィナさんとも関係は良好だけど、ここまで明確に行動を共にするのはこいつが初めて。
私の未来について、ここから良い方向に向かっていくかそれとも破滅するか、それは私次第だ。森の支配者なる魔物が協力してくれる以上、本気で強くなることを視野に入れていきたい。
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