第15話 生存と生産の異世界

 街の門を潜って市街地に入ると、まだ陽が出ていることもあって、道にはぼちぼち人が通っている。


 できるだけ人が通りにくい細道を選んで遠回りしつつ、何とか円形の街の中心部にある冒険者同会に辿り着けた。

 いや別に堂々と大通りを通ってきても良かったんだけどね。ここ最近あまりにも扱いが酷いから、本能的に避けたくなってしまっているようだ。


「あれ?レイナさん。もう帰ったんですか?」


 フィナさんは今日もいつもの指定席に座っている。毎日同じ人が受付に座っているけど、労働環境はどうなっているのだろうか。獣人の私には関係のない話だけど。


「はい。一匹倒せました。」

「それはよくがんばりましたね。」


 フィナさんは身を乗り出して、子供を褒めるように私の頭をそっと撫でた。


 ……あれ?もしかして私、相当舐められてる?


 いや、前々からなんか口甘い態度をとる人だなって思ってたけど、実はめちゃくちゃ子供扱いされてた?

 

 でも、よくよく考えたら、私って今中学生くらいの歳だもんな。

 そう考えたら、この反応も別にそんなにおかしくはない……というか、中学生なのにこんな仕事している私の方がおかしいような……、いやいや、それなら中学生相手に平気で石を投げつけてくる街の奴らヤバすぎだろ。


 まあいいや。子供扱いだろうがなんだろうが、私のやるべきことには変わりない。


「でも、なんか倒したリッグヘッドボアーが触ったら消えちゃって……それでこれがのこったんですけど。」


 信じてもらえるか分からないが、目の前で起こったことをありのまま話して、黒いダイヤモンド型の結晶をフィナさんに渡した。


「ん……。ああ、これは魔核ですよ。そういえば、教えるのを忘れてましたね。」

「まかく?」

「ええ。魔物を絶命させた後、その身体に手を触れるとこうやって魔力が結晶化されるんです。つまり、これはレイナさんがリッグヘッドボアーを倒した証拠ですね。」


 魔物を殺すと、それが結晶化して魔力の塊になるということか。


「え。じゃあ、街で売られてる肉とか魚とかは?」

「あれは魔物ではないですからね。結晶化するのは魔物の死体だけです。」


 ふむ。魔物というのはいろいろと複雑な体を持っているらしい。


 一ヶ月前の私なら、こんな事実にわかに信じなかっただろうけど、なんでもありのこの世界ではこれくらいありえるか、と謎に納得した。


 ついでに、どうやって私が魔物を討伐したかを証明するのか、という疑問も晴れた。


 魔物を倒して、この結晶を冒険者同会に持ってくればそれで認められるわけか。


「この結晶はどうするんですか?」

「同会といたしましては、これを判別魔具にかけて本物の魔核だと証明さえできれば任務の達成となりますので、こちらの魔核はレイナさんにお返ししますね。」


 お返しされてもなぁ。

 何か使い道があるのだろうか。


「これ、なんかの役に立つんですか?」

「それ、自分の魔力が尽きた時に消費して魔力を一定量回復させることができるんですよ。」

「えっ?」


 なにそれめちゃくちゃ便利じゃん。


「あと、割と高価な値段で売れたりもするんです。」

「えっ!?」


 金?金!!


 マジか。

 そんなに価値があるモノなのかこれ。やったね大感謝。(手のひらくるくる)


「魔力はなにも魔法を使う時だけに有用なわけじゃなくて、一般人の生活に不可欠ですからね。魔核は高騰しやすいんですよ。」


 強力な精力剤的な感じか?それとも栄養ドリンク的な感じ?

 とにかく、これが売れるならなんでもいいや。


「そんなに嬉しいですか?」

「えっ。あ、いや別に。」

「すごい勢いで尻尾が揺れてますけど。」

「へ」


 恐る恐る目線だけ自分の後ろの方に向けると、ゆらゆらと勢いよく動く自分の尻尾が視界の端に映っている。

 

「!?」


 咄嗟に尻尾の根っこを両手で押さえつけるが、先っちょの方は元気に揺れ続ける。

 

 わ……なんかすごい恥ずかしい。

 なぜか幼い感じが表面に出ているような気がしてしまい、急に顔に熱が籠る。


 ていうか、今まで気がつかなかった。

 嬉しいことがあると尻尾って揺れるんだ。

 

 なんとなくそんなイメージはあるけど、まさか自分がその立場になるとは思ってなかったから、想像していなかった。


 フィナさんが私にやけに子供を扱うような話し方をするのは、こういう動作も目に止まっていたからなのかもしれない。


「えと……その……。」


 なんか、幼児向けアニメキャラを携帯の待ち受けにしていたことがバレた時みたいな恥ずかしさがある。(実話)


「ふふっ。……あっ、そういえば、依頼完了の報酬の話がまだでしたね。」


 フィナさんが話を切り替えてくれたおかげで何とか難を逃れた。

 今度からは自分の尻尾の動きには気をつけよう。


「基本的に、我々としましては討伐した魔物の魔核の純度によって報酬を決めさせてもらっています。」


 ああそうか。魔核を売るだけじゃなくて、討伐したことによる報酬も別に貰えるのか。

 純度って言葉が出たけど、たぶん強い魔物を倒すと純度が高い魔核を落とすということなんだろう。


「今回で言うと、レイナさんの報酬は900ルモになります。」


 ルモとはこの国の共通貨幣のことだ。人間の国ではすべてこのルモによって流通がなされており、あっちの世界のドルとか円みたいなもの。

 

「あ、ありがとうございます。」


 難しい手続きもなく、あっさりと私はフィナさんからお金が入った袋を受け取った。


 そのままフィナさんがいるカウンターを離れていくが、頭の中は手に待たされた金の入った袋のことでいっぱいだ。


 長らく待ち望んだ現金が……ついに……!

 ここまで長かった。

 今日みたいに生活を続けていれば、いつかは私もまともな暮らしが送れる日が来るかもしれない。


 なんて大袈裟に言ってはみたけど、900ルモって日本だとだと大体300円弱程度の価値しかない。

 パン屋さんで小さいパン一個買うと300ルモくらいだから、1ルモ=0.3〜0.35円くらいと見積もって良い。


 つまり、私がリッグヘッドボーアーを討伐した報酬は一匹につき300円だ。


 弱い魔物とはいえ、一応命かかっているとは思えない薄給だ。

 まあ現代日本ほど命に価値がなさそうな世界だし、冒険者という仕事の立ち位置を考えればこんなものなのかな。

 フィナさんが私のために簡単な仕事を見つけてくれたこともあるし、一概に冒険者が稼げない仕事だと断定はできないけどさ。


「……とにかく、これは私が自分の力で稼いだお金だ。」


 無論まだ地に足がつきそうとは言えないが、それでもかなり前進したような気持ちになった。


 どんどん魔法を鍛えて、もっと大きな任務をこなして、それで、いつか自分が暮らしやすい場所で生きるんだ。

 幸い、私はまだ若い。獣人であることを考えてもまだ50年は生きるだろう。


 計画的に、自分のネットワークを築き上げていこう。

 

 わずかな安心感と今日の疲労で肉体が限界だった私は、いつもの場所に体を倒すと、そのまま瞬きもせずに眠りについた。

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