第14話 命の重さと自らの価値
その日はいつもと変わらず冒険者同会のロビーで眠ることにした。
時折通りかかる人間の冒険者が非好意的な目線を向けてくるが、にっこりと微笑んで無視している。
ここ最近分かったことは、ギルのように差別なく人と接してくれる人間はほぼいないということだ。
普段からこれだけ非難の目を向けられているのだからだいたいその人が自分のことを嫌っているかどうかは見てわかる。中には同情の目で見てくる人もいるが、結局仲良くしてくれるわけでも食べ物を分けてくれるでもないので、傷つけてこないだけで基本は他の人たちと同じだ。
まあ仕方のないことだと割り切るしかない。
私だって同じ立場だったら同調圧力で差別しちゃうだろうし、獣人がこの街で迷惑をかけてきた過去があるなら尚更だ。
ということで、今日もぐっすり眠れた。
前は寝込みを襲われる可能性を危惧していたけど、流石に公式的な建物の中でそこまではしないと体が覚えてからは快眠快適で結構。
「さてと……。じゃあ行きますか。」
日が登り始めて、ようやく街の中が明るくなり始めた時間に準備を整えた。
もう少し時間が経ってしまうと、街には人が増えてまた嫌な思いをしそうなので、みんなが寝ている間に市街を出ることにする。
本当は市販の魔具とかがあると安全性は高まるのだが、ご飯すら買えないのだからもちろんそんなものは買えない。
ゴミ箱から拾ってきた大きめの布袋だけをポケットに詰め込んで、これまでに何度も通った城門を通り抜けて草原へと足をくり出した。
あ、ちなみに服はたまに郊外の川で洗ってる。人がいない場所を選んではいるけど、今着ているものしか持ってないから、当然洗う時と乾かすときは寒い思いをしないといけない。自分の尻尾に顔を押し付けてなんとか極寒を凌いでいるのだ。
乾燥機能付きの洗濯機の便利さを失ってから気がついたよ。乱暴に扱っててごめんね。
すぐ近くに見えて案外歩いてみると遠いと感じる目の前の森に向かって足を進めていく。
ギルに頼んでついてきてもらおうと思ったけど、最近は仲間と一緒に遠い場所の任務に出ているらしい。
めちゃくちゃ強いドラゴンとかと戦ってたりするのかな?
想像もつかないけど、ギルがいない以上は他に頼れる人はいない。つまりひとりぼっちの仕事だ。
もしも何かあった時、私を助けてくれる人も心配してくれる人もいない………。
いや、大丈夫だ私。
フィナさんも簡単な仕事って言ってたし、大丈夫……大丈夫……。
魔力がきちんと体内に流れているかを入念に確認しながらいろいろ脳内趣味レーションを繰り返していると、いつのまにか木々が生い茂った森林地帯にまで辿り着いていた。
「………うわ。」
いつのまにか目的地に着いていた驚きと、木の葉が太陽の日を遮っている暗闇の恐ろしさに、気持ちが大きく揺らぐ。
流石に名前がついた森林というだけあって、規模は相当なモノだろうし、何と言ってもその異様な雰囲気が冷や汗を垂らさせた。
これも魔力がもたらしている瘴気のようなものなのだろうか。
それともこれから魔法を使って戦闘行為を行わなければならないという緊張感からくるものなのだろうか。
いや、なんにせよ
「どっちにしろ……だよね。」
ここまできて逃げ出すことは許されない。
誰が許さないのかと言うと私が許せない。ここで退いたらいよいよ生きる道がなくなる。
このまま差別されながらゴミ箱を漁る生活でいいのか?それとも自ら世界からログアウトするのか?
答えは、辛い生活も痛い経験もイヤ、だ。
なんでこんな悪い状況で転生させられたかについてはもう考えるのをやめた。
無駄だから。
「ふぅー……ふぅー……よし、行こう。」
独り宣言した後も何度もスーハー深呼吸して、ようやく私は一歩を踏み出した。
頑張れ私。
敵はすべて上司(元)だと思えば多少は緊張感も減るだろう。
♦︎♦︎♦︎
木の枝を踏む音がパキパキと聞こえてくる中、昼間とは思えない薄暗い密林を進む。
今の時期、リッグヘッドボーアは森の西の方に固まって生息しているらしい。そして、近隣の畑で農作物が育ち始めた時に現れて荒らしていく。それだけ聞くと、本当に向こうの世界の猪みたいなものだ。
幸運にも、私が森に入った場所も西の方からだったので、そこまでたくさん歩く必要はないだろう。
道に迷わないように時々近くの木に跡をつけながら右に左に歩いていくが、なかなかお目当ての猪は見つからない。
それどころか、あたりには小さな虫が時々飛び回るだけで、小動物すら見つからなかった。
水筒なんかも持っていないので、飲めそうな水が流れる川沿いに沿っているうちに、あたりは完全に山の中の雰囲気へと変わっていた。
まあ川沿いを探すのはそれ自体間違っていないはずだし一石二鳥だな、なんて思いつつ、あまりにも動物がいない不気味さに僅かに怯え始めたその時だった。
鬱蒼とした木々が少しだけ開いている場所があった。
そして、そこには陽の光が差していて、その中心の部分にほとんど真っ黒の何かが横たわるように体を地面につけていた。
四足歩行と思われる短い足に、大きな鼻とその上にある尖ったツノ。
間違いない、写真で見たリッグヘッドボアーだ。
サイズは少し小さいような気がするが、見た目的には間違い無いだろう。
(……寝ている?一匹だけか?)
物音を立てないように身を隠しつつ近づいていくが、こちらに気づいていないのを見るに恐らく眠っているのだろう。
見たところ、近くにいるのは一匹だけだ。
うまく言語にできないけど、いかにも『魔物』って感じのオーラがあるような気がする。
強いとか怖いとかそんなイメージじゃなくて、不気味で鳥肌が立つような印象だ。
頰を伝う汗の冷たさに気が付かないほど、リッグヘッドボアーから目を離さずに集中するが、やはり眠っているからかこちらに反応を見せることはない。
(……殺れるかな。いや、やるしかない。)
相手は自分よりもずっと小さいし、私は命を狙われているわけでもない。
明確に、自分の意思で私利のために殺さないといけない。
もともと過剰な環境保護の心を持っていたわけではないけど、いざ自分が手をかけるという行為に及ぶとなると、やはり心苦しいというか恐怖的な気持ちが大きくなる。
が、そもそも私がリッグヘッドボアーを殺せる確証なんてないし、勝手に自ら朽ちていくくらいなら、何かを傷つけてでも生き残らないといけない。
…………よし。
スッと気持ちの波が引いていくのを感じた時には、私の手のひらには一ヶ月間鍛え続けた火の玉が拳くらいの大きさでゆらゆらと熱を帯びていた。
その火の玉を手にかざしたまま、目の前で眠っているリッグヘッドボアーに標準を定める。
そして
《炎球》───!
全ての魔力を使い尽くしては元も子もないので、可能な限り出力を抑えて、尚且つ小さな生き物を傷つけるには充分であろう威力の魔法を解き放った。
幸運にも、炎球は明後日の方向に飛んでいくことはなく、リッグヘッドボアーの首元付近に直撃した。
「キュエッッ──」
異様な声とともに目の前の獣は自らの首元の熱に苦しみの悲鳴を高らかにあげて身体を跳ねさせた。
どうやら致命傷には至らなかったらしい。
なんとか火を消そうともがいているリッグヘッドボアーを見て形容し難い気持ちになったが、ここで追撃をかけて絶命させることが彼にとっても最善だろう。
魔法を放つと同時に魔物に取り憑いた炎の色が赤から青に変わり、よりその温度が高くなったことが明確になる。
そして、ほんの数秒経ったところでリッグヘッドボアーは体の支えを無くしたように横倒しで動かなくなった。
《炎烈導着》は初級の炎魔法の一つで、自らが放った炎の熱をより高めることができる魔法だ。炎球の炎は物に付着するとすぐに消えてしまうが、この魔法を使うことで継続的に火力を押し付けることができる。
とはいえ所詮は初級魔法、そこそこ魔力を使わないと私では大した熱量にはならない。
「……はぁ。死んだ……のかな。」
三メートルくらい離れたところで横たわるリッグヘッドボアーは、ぴくりとも動いていない。
炎はもう消えているが、しばらく燃え続けていたのに反応がないあたり、死んだふりとかではなく本当に絶命している可能性が高そうだ。
「……ごめんね。」
誰も聞いていないし、言葉の対象ももう死んでしまっていることはわかっていたけど、どうしても居た堪れなくなってそう口にしてしまった。
今更そんなことを言うくらいなら最初から殺すなという話だが、これは堰き止めようがない気持ちだ。だから、今はこの言葉を口にすることを許して欲しい。
死体に近づいていくと、ふと私に遅すぎる疑問が湧いてきた。
あれ。これってどうやって、『討伐した』という証明をするのだろうか。
なんで昨日確認しておかなかったんだという話だが、私が今リッグヘッドボアーを殺したという事実を知るものは誰もいない。
『討伐してきました』と口にするだけならいくらでも嘘をつけるわけだし、私はどうやってフィナさんに仕事を遂行したことを知らせれば良いのだろうか。
この死体を街に持ち帰れば良いのだろうか。
でも、見ただけだと30キロはあるだろうし、仮に持ち帰れたとしても一日一匹が限度だろう。
「なんでこんな大切なこと聞いておかなかったんだ……」
一匹討伐してようやく冷静な気持ちになったからか、昨日の緊張していた自分に檄を飛ばす思いが大きくなる。
急に冷え切った森林の雰囲気が暑くなるのを感じた。
ここから30キロを一人で持ち帰る……かなり厳しい未来を見ても、嘆くことしかできなかった。
しかし、ここで予想外の現象が起こる。
それは、とにかく一匹だけでも持ち帰るしかないかと思って死体に触れた瞬間だった。
「…………!」
触れた瞬間、もとから黒かった身体が、さらに真っ黒に変色していくのだ。
瞬きする間もなく全体が真っ黒に染まり、全体が一瞬光ったと思うと、パッと肉体が一瞬にして粒子に変化した。
そして、そのまま空中に舞うように消えていった。
私の目の前に残されたのは、小さな黒いダイヤモンド状の塊だけだった。
「!?…………!?」
瞬間的な驚きと、数秒経った後の理解が及ばない現象に対しての驚愕が混ざり合って頭が真っ白になった。
……消えた?
消えたよね。
目の前にあった、リッグヘッドボアーの身体が、跡形もなく消え去った。
意味がわからない。
私が何かした?
いや、魔力も発動させてないし何もしてない。
誰かに攻撃されたわけでもない。
ひとりでに、触れただけで身体が消滅したのだ。
科学的にそんなことありえない、と言いたかったけど、魔法が存在するような世界観なのだ。何が起こっても不思議じゃない。
「……フィナさんに聞いてみるしかないか。」
落ちている黒いダイヤのような結晶を手に拾って布袋に入れると、足早に片道を戻った。
たった一匹しか討伐できなかったけど、初めての仕事としては個人的に上出来だったと思うし、いろいろと分からないことが多すぎる。
とにかく、認識を確かなものにしてからもう一度ここにこよう。
帰り道は木に跡をつけてきたこともあって、迷うことはなかった。森を抜けて再び草原に出た時は、何となく嬉しい気持ちになったものだ。
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