第13話 初任務!

 

 魔法を練習し始めて大体二週間がたった。


 今日も今日とて、私は街の外で魔法の訓練に勤しんでいる。


 炎球──!


 心の中で唱えた魔法は、指先から顔より少し小さいくらいのサイズの火の玉になって飛び出していく。

 そして、地面に突き刺さって熱の揺らぎを一層増した。


「ふぅ。」


 初級炎魔素魔法炎球


 炎の魔法のなかでは最も初歩的な基礎魔法で、ただ火の玉を飛ばすだけの魔法。

 しかし、基礎だからこそこれをものにしないと炎魔法は扱えない、と魔導書に書いてあった。


 火の玉の大きさも、飛んでいく速さも、体力の消耗速度も、二週間前とは比べ物にならないくらい上達したと思う。


 日課となった魔法の特訓をいつもの場所で終わらせた頃には、すでに日が落ち始めて街に灯りが泊まり始める時間だった。


「そろそろ帰ろうかな。」


 ひとりぼっちでそう呟くと、わずかに肌を冷やす風に揺られつつも街に向かって足を進める。


 この二週間、私は魔法に慣れることだけに全てを注いだ。


 魔導書の自分の魔素種に関する部分は全て読んだし、少しずつだが効率の良い魔力の使い方も取得し始めた。


 自分で言うのも何だけど、結構頑張った方だと思う。


 これからの人生に直接関わっている分、受験期よりも死力を尽くしただろうし、これが最善だっただろう。


 悩みの種だった衣食住も、現状どうにかなっている。いや、どうにもなってないけど、何とかなっているということにしておいて。


 寝る場所に関しては冒険者同会のロビーをこっそり借りている。許可なんてとってないけど、この二週間で注意されたことはないからたぶんセーフなんだろう。まあ所属しているわけだし、建物くらい使わせてくれ、と。さすがに出禁になったら素直に出て行くけど。

 身汚い生活をしてしまっているのは確かだけど、贅沢を言っていられる余裕なんてないから仕方ない。


 食べ物に関しては……うん。まあ、あんまり聞かないで。

 関係ないけど、案外食べきっていないものをそのままゴミ箱に捨てる人っているんだなって思ったのが感想。関係ないけど。

 この世界でもいつかフードロスは問題になりそうだな。少なくともそのおかげで生きながらえているわけだから別にいいが。


 そういうわけで、生活的にはかなり悪い。


 健康で文化的な最低限度の生活、とすら言い難いが、残念ながらここは日本ではないし、税金すら納めていないだから残当。

 私が今すべきことは、戦う力を身につけること。そして、冒険者としての依頼を達成することだ。

 最低でも、隣国のヴィッツテリア帝国や獣人の国レグリスに向かえるだけのお金を稼げれば話は変わる。差別の意識からも逃げられて、ハッピーエンドになる世界線だってあるはずだ。

 

 この世界の様相を見るに、経済はもといた世界よりは発展していないだろうから、経済学部出身としては是非ともその知識をうまく活用したいものだ。


 まだ希望を捨てるわけにはいかない。

 というか、いやでも望んでしまうのが人間という生き物なのだ。



♦︎♦︎♦︎



 城門を抜け街の中に戻ってくると、一気に私の方向視線が向けられた。

 ちょうど日も暮れた頃ということもあり、街中では人が多く屯している状況だったが、どうやら私の登場は賑やかな雰囲気を変えてしまったようだ。


 不快、怨恨、杞憂、憎悪、懸念、蔑視、様々な負の感情がこちらに向けられていくのをひしひしと体で感じた。


 この二週間で私の周りで起こったことは、何も魔法の特訓のことだけではない。


 早い話、私に向けられる差別の目が、この街に来た当初よりも遥かに大きくなったのだ。中には直接罵倒を浴びせたり、投石なんかをしてくる輩もいる。

 フィナさんに聞いた話だと、この街は隣国のヴィッツテリア帝国からの貿易密輸に苦しめられているということで、そこから来たと思われている私のような移民は非難の的になっているらしい。

 特に最近はその風潮が強く、ケモ耳を生やしていて尚且つ最近移住してきた私なんて格好の獲物になっている。


 ぶっちゃけ精神的にかなりキツい。いやめちゃくちゃキツい。

 街の住民全員からいじめを受けているようなものだ。

 家族もいないからひとりぼっちだし、ギルとも最近会えていない。

 フィナさんは相変わらずだけどそもそも親密な仲ではない。あと、あの人ってなんかちょっと違和感があるんだよね。どういうところがって聞かれると答えにくいんだけど、何かがあるような気がしてならない。たぶんフィナさんの陽キャパワーが眩しくてそんな感じがしているだけなんだろうだけど。


 一人の人間から嫌がらせを受けるのは過去のパワハラの経験で慣れっこだけど、全員となると話は別だ。

 嫌われ者ってこんな気分だったんだなって、時々泣きそうになる。


 そういえば、この街には移民がそこそこいるって話をギルから聞いたけど、私以外の獣人をここ二週間で一度も見かけていないな。

 というか、獣人どころか亜人もエルフも見たことがない。

 どこかで姿を隠しているのだろうか。それとも、肌や顔を隠しているだけで案外そこら辺を歩いてたりするものなのだろうか。どちらにせよ、そうせざるを得ないくらいには我々異種族の立場はこの街にない。

 開き直ろうものならそれを大義名分として殺されそうなので黙っておく。


 そもそも、こんなに異種族が嫌われているのに、なんでこの街は公式的に私たちを受け入れているのだろうか。民主主義じゃないのかな。


「憎まれっ子世に憚る……になるといいんだけどね。」


 今は雌伏の時。

 頑張って魔法を仕事にできるくらい鍛えれば、多少はマシな生活が待っている。はず。



♦︎♦︎♦︎



 それからさらに二週間が経った。


 日々辛い魔法の特訓も、周りからのイジメも、ゴミ箱を漁る酷い生活も、案外慣れれば何とかなるものだ。

 時々惨めな思いになることからは目を逸らしておくけど。


 ともかく、だいたい一ヶ月、炎の魔法の練習をし続けた。


 その結果、そろそろ実戦に移しても良いのではないかと思い始めたのが今日この頃だ。


 というか、やはり地に足のついた生活をしたい!どんなに慣れてもこんな生活をするためにわざわざ転生なんかしたんじゃないぞ。



「え?初心者でも達成できそうなお仕事ですか?」


 そういうわけで、久々に冒険者同会のカウンターにやってきた。

 ここももう慣れたもので、フィナさんも相変わらず私に対して明るく接してくれる。本音はどうかは知らないけど。


「うーん。レイナさんができそうな仕事ですか……ちょっと探してみますね。」


 フィナさんは背を向けると、何やら分厚い本をペラペラとめくり始めた。


 初めに断っておくが、フィナさんの今の言葉は私の実力を疑うものではない。

 というのも、冒険者の仕事は『市民募集』と『公式募集』の二つの分類の依頼分けられていて、『市民募集』はこの街の市民からの依頼なので、大抵は獣人である私は遂行することを拒否されるのだ。

 だから私にこなせるのは国から依頼された『公式募集』だけ。

 しかも『公式募集』は難易度が高いものが多い上に数自体が多くないときた。


 そういうわけで、一ヶ月程度努力しただけの私ができる仕事がある可能性はあまり高くないのだ。


「私の他にも純人間以外の冒険者っているんですかね?」

「この街にはあんまりいませんねぇ。でも少しはいますよ。」

「にしてはあんまり姿を見ないような。」

「まあ、種族がバレたらこの街では嫌われますし、わざわざここにやってきて冒険者になるような方は、初めから実力がある人が多いですから、常に仕事で外に出ている場合が多いのかもしれませんね。」


 遠回しに雑魚と呼ばれた気がしたけど、実際なんでこの街に来たんだってレベルの雑魚には違いないから何も言えない。


 そうだよなぁ。普通隣国から移住してくるってなると、それだけ自立している人間とも言えるんだよな。

 でも私は偶然のこの街の近くで誕生してしまった転生者だから、そこらへんもすごく運が悪い。


「あ、こんなのどうですか?」


 宝物を見つけたかのように嬉しそうに、フィナさんは冊子を大きく開いてこちらに見せつけた。


 依頼書一覧と思われる本のページの、フィナさんが指差した部分に目を向ける。


「ノース森林のリッグヘッドボアーの討伐……なんだか物騒な案件ですね。」


 ていうかリッグヘッドボアーってなんだ?

 名前からして何らかの動物っぽいけど、討伐とは物々しい。


「公式募集だと討伐や未開拓地の探索がメインですからね。危険が伴うのは仕方がないかと。でも今ある中ならたぶんこれが一番安全だと思いますよ。」


 討伐って殺すんだよね……?


 生き物を殺すってなんか嫌な気持ちになりそうだなぁ。


 食べ物さえもパックに詰められた魚や肉を買っていた人間だったんだ、直に仕事で生き物を殺すのはやはり怖い。

 つーか逆に殺されそう。


「リッグヘッドボアーはそんなに大きい生き物ではありませんよ。魔物の分類ではありますが、弱いので魔力もほぼ使いませんし。」

「ならどうして討伐するんですか。」


 簡単な仕事ならいいけど、一応理由くらいはね。


「この時期になると、頻繁に畑に降りてきて畑を荒らすんですよ。それで結構被害が大きいらしくて、国が常時この依頼を出すことでなんとか対策を……ってところですねぇ。」

「なるほど……。」


 どこの世界でも同じような問題があるものなんだな。あっちでいう猟師みたいなことをするわけか。


「写真ありますよ。ちょっと待っててください……───これがリッグヘッドボアーです。」


 フィナさんが持ってきてくれた一枚の写真には、森の中と思われる場所で木の前に四足で立っている猪のような生き物が写っている。

 大きさは見ただけでは分かりにくいが、体高60センチ、体長1メートルくらいといったところか。確かに大きい生き物とは言い難い。

 特徴的なのは、両目の間くらいのところに大きなツノが生えていることだ。15センチくらいだろうか。突き刺されたらひとたまりもないだろうな。


「……これを殺すのか。」

「どうします?やめときますかね。」

「……いや、ノース森林ってここからすぐ近くの森ですよね?」

「はい。あそこは豊富な魔力源がありながら、危険な魔物がほぼ﹅﹅いない場所ですので、距離の近さも相まって始めたての冒険者には最適かと。」


 この世界では山や海から魔力が漏れ出る現象が継続的に起こることがあり、その魔力から生成された生き物を魔物という、と魔導書に書いてあったな。

 そして魔物は大抵他の生き物を敵とみなすため、場所によっては広域的に魔物が生態系を支配している場所もあるらしい。


 怖すぎだろこの世界。


 ま、そうは言っても近寄らなければいいだけだし。

 今回の件も危険な生き物がいない場所なら大丈夫なんだろう。フィナさんが嘘をつくとも思えない。


 何より、日和っていて生き残れる社会じゃないことはこの一ヶ月間でいやというほど理解した。


「……分かりました。じゃあこれ、やってみます。」


 やばかったら全力疾走で逃げよう。うん。

 幼いとはいえ獣人の体なんだから、それくらいの運動神経はあってくれたまえ。



 そういうわけで、私の冒険者としての初仕事はツノが生えた猪の討伐に決まった。

 

 怪我をしないことを祈ろう。

 これが私の新たな生活の第一歩だ。

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