第11話 初めての魔法実験 2




「ほんとにいいの?」

「……お前が食いたいっつんだんだろが。」


 隣で頭を抱えるギルの隣で、私は自分の顔より少し小さいくらいの袋からあるものを取り出す。


 というのも、なんだかんだであの後、ギルが屋台で食べ物を買ってくれたのだ。


 私がお金を持っていないことも、お腹を空かせていることも知っているからだろうが、それにしてもお人よしなやつ。

 いつかこの恩は必ず返そう。できたらだけど。


「いただきます。」


 包み紙を開くと、中には小麦粉を焼いたようなパン生地っぽいものに、小さく切られた鶏っぽい肉と刻んで炒めた唐辛子みたいな野菜がぱらぱらっとサンドされている、サンドイッチ?というかケバブサンドっぽい料理が顔を見せた。

 こういう料理を見るに、食べ物についても前の世界とそう大きな差はないのかもしれないな、なんて理論的なことを大袈裟に頭に浮かべながら、はやる煩悩を解放するように私は大きく口を開いた。

 そのまま遠慮なく口に含んで押し込むと、パリッとしたパン生地と舌の上に広がる甘辛く味付けされた肉の食感が口いっぱいに蔓延していく。


 やばこれ。

 死ぬほどうまい。

 

 味もさることながら、この世界に来て初めて口にした食べ物という調味料が最高すぎる形で喉を通っていることが大きいのだろう。

 隣からのギル目線がちょっと気になったけど、そんなことも気にせずにどんどん食べられる。


 結局、ものの一分も経たないうちに大きなドネルケバブ(仮)はすべて私の胃の中に収まってしまった。


「……そんなに美味かったか?」


 怪異でも見るかのようにギルが恐る恐る聞くが、縦に頷く以外の選択肢はなかった。

 

 やっぱ三大欲求って偉大だわ。


 活力を取り戻した私は、いよいよ意気揚々と足を動かす速度を速めた。



♦︎♦︎♦︎



 特にチンピラに絡まれるなんて特別なイベントもなく、私たちは大きな門を通り抜けて街の外へ出た。


 昨晩も見た光景ではあるが、街は10メートルくらいはある大きな外壁に全体を囲まれている。


 外から見ると、街の規模というか、街を伴うお城っぽい感じが良い感じに映えている。


 一方で外の方は一気に野原が広がっていて、未開拓地や畑が面積の大きくを占めている。

 街の中とは別世界みたいだ。


 それだけ自由度が高いと言えばそうなのかもしれないが、どうして郊外にまで都市を発展させないのだろうという疑問も少しあったりする。


 とはいえ、緑の草木を揺らすそよ風が肌に当たる気持ちよさは、市内の人の熱気とは対になっていてこれはこれでいいな、とも思う。



「ここら辺でいいだろ。ひよっこのお前が魔法を暴発させたところで大したことにはならないし、何かあった時すぐ街に戻れた方がいい。」


 ギルがそう言って足を止めた場所は、街から少し離れた何もない草原だった。

 まあ本業がそういうならそうしておこう。


「そういえば、ギルは何の魔素種を持ってるの?」

「俺は水魔素だな。あいにく一つしか持ってねえし魔力も特段多くないからな、体鍛えて剣と魔法を極めるしかない。」


 ギルは魔素種を一つしか持ってないのか。


 整った顔立ちをどこか歪ませるギルを見てると、魔法や戦闘がいかに生まれつきの能力によって左右されやすいかが何となくわかる。


 ……とはいえ、能力に秀でていないなら別の仕事を見つけた方が適性とかもあって良いのではないのだろうか。


「なんでギルは冒険者に?」

「剣士になるのが夢だったんだよ。昔、国家聖騎士に故郷を助けてもらったことがあってな。さすがに聖騎士は無理だろうけど、せめて国に雇われるくらいの剣士になりたいって思ってたんだよ。ま、落ちこぼれて冒険者に流れ着いたってわけよ。」

「……そうなんだ。」


 なんか、冒険者って思ったより夢がないなって思った。

 というより、魔術師や剣士の夢破れた人が辿り着く最後のラインって感じだ。


「だが俺もまだ若い。もうちょっと冒険者続けながら、また剣士試験に挑むつもりだよ…………。で?お前はなんの魔素持ってんだ?」

「ああ、私は…………」


 私は先ほど判明した自分の魔力総量と魔素種に関してを話した。


「……魔力総量は少ないとはいえ、魔素種三つ持ってるとはな。獣人のくせに。」

「……仕方ないでしょ。そんなこと言われたって。」

「はは。いや悪い。ただの僻みだから気にしなくていい。それで、炎魔法からやってみたいんだっけ?」

「うん。」

「ここまでついてきておいてなんだが、俺に教えられることなんてほぼないからな。魔法つっても、ただ手で標準を定めて、魔力を込めて意識すればいいだけだ。そのあとは慣れかな。」


 ギルは特に良しも悪しもなく腕を組んでいるが、私も実際のところアドバイスにはあまり期待していない。魔導書に書かれていた魔法の発動手順はいたってシンプルなものであったし。


 しかし、そうは言っても魔法は魔法だ。

 私にとって未知の世界。


 本当にできるかどうかははるかに想像し難いところではある。

 なんなら未だに私はここが異世界なのか疑問に思っている節もあったりする。


 だからこそと言うべきか、無駄に緊張してしまうのだ。


 でも、別に危険なものではない、らしいし、私が人間社会で生きる選択があるとしたらこれだけなんだろう。

 

 ───挑戦してみる価値は充分すぎる。


 左手をすぐ目の前にある乾いた土壌に向かって伸ばす。

 

 指の先に集中力を限界まで凝縮させて、短く息を切った。


 ……ぐぐ、と自分の中の何かが体内を流れて腕の先端まで集まっていくのが何となくわかる。

 

 そしてそのままそれを体外に放り出した。



 初級炎魔法 《炎球》


 魔導書に書いてあった、炎魔法としては最も簡単な魔法。


 指先に生成された小さな炎の塊が、指した方向にまっすぐと飛んでいった。不思議と指先に暑さは感じなかった。

 炎は地面に突き刺さり、青白い熱をぼんやりと灯したまま勢いをとめた。


 その様子を確かに目で確認した後、私は膝に手をついて大きく空気を吸った。

 

「………はぁ……はっ……ぁ。」


 完全に途切れた意識のなかで自分が起こした現象を振り返る。


 今のが魔法だ。

 私が使った炎魔素の魔法。


 火の玉が飛んで行くスピードは早くなかったし、大きさも小さかった。なんなら、地面に落ちた炎はすでに消えてしまっている。


 でも、確かに自分の体から飛び出ていったものだ。その実感が、なんだか初めて解けた問題みたいで気持ちが良い。


「初心者の普通の魔法だな。炎の魔法の基礎の基礎、《炎球》。大丈夫かレイナ。」

「……きっつい、これ。」


 でも、あんなちっぽけな火の玉作るだけでこんなに疲労するのか。

 魔法を作るには魔力が必要、魔力を消費するということは体力の消耗にもなる。分かってはいたけど、これほど疲れるのは想定外だ。


「最初はそんなもんだ。これから慣れていけばいい。」

「でもさギル。魔法って才能がすべてみたいな話だったんじゃないの?成長するのかな、私。」

「それはお前の勘違いがある。努力するほど才能の差が開きやすいって話で、なんにも努力してないやつはそれ以前の問題だ。経験は大切だよ。」

「えっそうなの?」


 フィナさんの話では、もう才能がない奴は魔法を扱う権利なし、みたいな感じだったとばかり。


 なんだ、それならほとんど勉強とかと同じなんじゃないか。


 やればやるほど力がつく。でも、その成長幅には個人差がある。同じ時間勉強しても学力に差が出てしまうことだって当然あるものだ。

 

 そう考えると、学歴社会は案外この世界の魔法と類似するものがあったりするのかもしれない。


 ………いや、ある意味当たり前すぎて自覚してなかっただけだったのかもしれない。


「結局何事も頑張って継続していくしかないのね……。」

「そういうことだ。」


 独り言のつもりで言ったセリフに、ギルが同意するように頷く。


 いやまあ冒険者という仕事の立ち位置を考えれば、それほど完璧なものが求められているわけではないということは分かる。


 でも、それを是と出来るのは環境が整えられている人間だけだ。


 今の私は明日生きることすら厳しいのに、魔法の特訓をしないと仕事すらできないらしい。

 なんなら魔力の総量が少ないから、練習頻度もかなり遅れるだろうな。


 いやキツい。


 想像はしていたとはいえ、現代日本の社畜よりも厳しいかも。


「………ギル、獣人が住んでるとこってどこらへんにあるの?」


 そうなってくると、やっぱり獣人として転生した以上、獣人が住む場所でそれらしく生きた方がいいのではないか?魔法はむずい。


 獣人の国なら苦手な魔法を使う必要も薄いだろうし、耳が尖っていても変な目で見られることはない。


「ここから一番近いとこだと、北の山脈を二つ越えたところにあるヴィッツテリア帝国が一番近いな。あそこは多民族国家だが、獣人の割合が一番多いと聞く。」

「山脈二つ……。」


 そういえば、この街に最初にたどり着いた時も、ギルはその国の名前を口にしていた。


「あとは、ここから西の遠方にある海を渡ったとこにあるレグリス国あたりか。ここからだとめちゃくちゃ遠いが、純獣人たちの国だ。つーか俺はてっきり、距離的にお前はヴィッツテリア帝国から来たんだと思ってたんだが、違うのか?」

「あ、うん。まあ色々あってね。」


 ……西にあるレグリス国はヴィッツテリア帝国よりもめちゃくちゃ遠いのね。


 ふと北の方に目を向けると、かなり遠くにエベレスト級の山が雪を背負って立ち塞がっているのが見えた。エベレスト見たことないから知らんけど。

 そこまでの道には何もない。何か途中で街があるのかもしれないけど、それが目視できないくらいには平原が圧倒的に覆い尽くしている。


 すくなくともあれを越えないと獣人の国はいけないらしい。


 絶対に無理だ。


「なんか……移動手段的なものは?」

「人間の国の間なら一応交通路はある。だが獣人の国とは繋がってないだろうな。ヴィッツテリアとは国交は繋がっているが、あの山を越えなきゃいけないのは変わらん。」


 インフラ最悪、と。


「となると、やっぱこの街でなんとかするしかないかぁ。」


 ため息混じりどころか絶望強めな弱音を宙に浮かせて、ぺたりと地面に体を預ける。


 どうやら、私の異世界生活は大失敗に終わりそうだ。

 女神を騙した(騙したつもりはない)のが悪かったのだろうか。それとも運がなさすぎたのだろうか。


「明日、どうやって生きよう。」


 幸せが訪れる日はまだ遠い。

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