第10話 初めての魔法実験 1

 

 フィナさんに確認したところ、街の法律では魔法を建物の中で使うことは別に禁止されていることではないらしい。 

 とはいえ、もしも暴発して冒険者同会の建物を燃やしてしまったら洒落にならないので、私は街の外で魔法の実験を行うことにした。


 とりあえず炎魔法をまず最初に試してみようと思う。


 特にこだわりがあるわけではないけど、闇魔法とかはいかにも印象悪そうな魔法だし、ただでさえ獣人というマイナスな肩書きがあるのに闇の魔術師だと思われても厄介だ。

 そんなこと思われるのかも知らんけど。


 魔導書によると、魔素の数だけでなく種類も人によって完全にランダムらしい。一応、炎、氷、水、雷、土、風、生、物の魔素は持っている可能性が高めで、闇、霊、動、幻はちょっと珍しい部類の魔素ではあるらしいけど、希少さという面では大して違いはない。

 実用性という点で言うなら、身体能力を高められる物魔素、魔法を追尾させたりできる動魔素、内部的な破壊を促せる幻魔素あたりは他の魔素よりも若干使い勝手が良いという話もあったが、それもあくまで個人の感想程度の差でしかないらしい。


 街の中心部にある冒険者同会を出ると、辿ってきた道を戻って郊外へと向かう。


 相変わらず、すれ違う人がケモ耳を見て懐疑的な目線を向けてくるが、わざわざ爪弾きにすべく罵倒を浴びせてくる様子はない。

 私の見た目がまだ成人していない少女に見えることがその要因だったりするのかもしれないな。いくら毛嫌いされている種族でも、子供相手にそう感情的になる人は少ないもんだ。

 

 とはいえ耳を隠せるフードとか買えたら買っておこうと思いつつ石畳の道を降っていると、いつの間にか屋台が並び立つ商店街的な大通りに差し掛かっていた。


 昨日ここを通った時は夜中だったから分からなかったが、この道は街の生活基盤を担うようなものみたいだ。野菜みたいなのを並べている店もあれば、でっかい牛?みたいな動物の頭を店頭に出している肉屋もある。

 ラッシュ時の通勤電車に比べれば少ないが、人の通りも田舎では見られないくらいのものだろう。


 いまいちこの世界にどんな国があるかとか、この街が相対的にどれくらいの規模の街なのかとか分からないことが多いが、見ている限りはここらへんの発展はかなりのものだと思う。

 東京とまではいかなくても、感覚的には地方の主要都市の駅前みたいな感じかな?もちろん規模的な話であって、テクノロジーとかで比べるなら言うまでもないが。


 そんなことを考えながら歩き続けていた私だったが、当然、大通りを歩いていると屋台料理を販売している店もあったりして、だいたいは空腹の私を苦しめてくることになる。

 

 香辛料と思われるスパイシーな香りと焼いた魚や肉の香りが、獣人化したせいで余計に敏感になった嗅覚をとてつもなく刺激してくるのが辛い。こんなところにまで獣人になってしまった弊害が出るとは。


 空腹の影響も凄まじく、万札出してでも食事にありつきたい気分だったが、何度懐を探ってもお金がない。だからどうしようもない。



 誘惑を断ち切って街の外へ向かおうと気を引き締めたまさにその時だった。


「お?昨日のガキじゃねえか。申請はちゃんとやったんだろうな?」


 こちらに向かってかけられた声があった。


 この世界で私のことを知っている人間は、市役所のお姉さんとフィナさん、それに


「……あ、昨日の大男?」


 私の前に訝しげな表情で立っていたのは、見上げないと顔が見えないくらい背が高い、昨日街の外で私に声をかけた警備兵の男だった。


「大男って呼び方はないだろ……」

「仕事は?」

「バカ。夜も昼も働いてるわけないだろ。」


 そりゃそうだ。

 いやそうじゃない社畜もいるけど。例えば数日前の私とか。


「はあ……おかげさまで移民の申請は通りましたよ。でも仕事が無くって……」

「……まあこの街は異種族に対する嫌悪がデカいからな。だが忠告はしておいたはずだぜ。」

「にしても誰も雇ってくれないなんて。」

「もう山に帰るのか?」

「そうなるかもしれませんけどね。とりあえずちょっとだけ冒険者やってみようかなって。」


 ま、成功する可能性が低いどころか、このままだと仕事をこなす前に餓死しそうなくらいだ

が。


「へぇ……冒険者ね。もう申請はしたのか?」

「あ、ハイ。いちおう。」

「なら俺の後輩ってところだな。」


 平然と男は言う。


「えっ?あなた警備兵じゃなかったんです?」

「冒険者だよ。昨日の仕事が警備兵だったってだけで。」


 冒険者が便利屋みたいなポジションなのは知ってたけど、街の警備兵もやったりするのか。冒険する気ないな。

 あと、この男を先輩って呼ぶのなんかイヤだ。


「そういえば、お前魔法のこと何も知らなかっただろ。そんなんで冒険者やっていけんのか?」

「……だからこれから郊外で魔法の練習しに行くところなんですよ。誰か教えてくれる人がいるといいんですけど……。」


 いきなり独学は厳しいことくらい分かっているが、当然知り合いもいないし、街中の人にいきなり魔法を教えてくれなんて言えない。


 ……いや、待てよ。


 教えてくれそうな人、ねえ。

 友達とまではいかなくても、少なくとも知り合いと呼べる人間はいるはずだ。


「ま、まあ大変だな。魔法は一朝一夕で修められるもんじゃないし、頑張れよ。」


 そう。例えば私がこれから何を言うか察して逃げようとしているこの男とか。


「待って。」


 私は男が着ていた服の袖をぎゅっと握る


「待たない。」

「今日、暇?」

「暇じゃない。」


 自慢できることなのかは分からないが、私は一度会った人間の性格を大体把握できる。普通の人よりも鮮明に。

 経験則から導くに、この男は押せばどうにかなるタイプの人間だ。表面的にはイカつい感じに見えるけど、言葉では何とでも言うが手は絶対に出さない。


 切羽詰まっている私が取る手は一つ。


「魔法のこと、ちょっと指導してくださいよ。」


 にっこり。


 お願いするときは笑顔は大事だよね。


「……なんで俺がお前に魔法を教えなきゃいけないんだよ……。」


 お?

 引き気味の否定は可能性大ありだ。


「頼れる人がいないんです。ちょっとだけでもいいですから。」

「嫌だ。俺はそもそも魔法使うのそんなに得意な方じゃねえし。」

「そこをなんとか。」

「お断りだ。」


 うーん。

 あとちょっとで押し切れそうな感じがするんだけどなぁ。


 わざわざこの場で私に話しかけてきたってことは、少なからずこちらを忌避しているようには見えないし。


 この街にいる限り独りになることが多くなるだろうから、友好な関係といえる人間はできるだけ多い方が良い。

 だからそんなに強引な手は使いたくないけど、仕方がないか。


「そう。じゃあいいです。にしても、二日連続で獣人とこうやって仲良く会話しててもいいんですか?」

「あ?どういう意味だよ。」

「いやあ、獣人の小さい女の子、好きなんですね。」

「んなわけあるか。そんな趣味はない。」


 まあ私も自分がそんなに注目されるような逸材だと思いたいわけじゃない。でもちょっとだけこの身なりを利用させてもらうよ。


「嗜好的に好きでもなきゃわざわざ話しかけてきたりしないでしょう。」

「……心配してやってるだけだよ。この街、差別多いし。」


 なんとなく分かってたけど、こいつ本当にいい奴っぽい。さすがにケモ耳ロリコンだったらちょっと困るから、そういう意味では良かった。

 付け入る隙もあるしね。


「心配してくれてるなら、魔法を教えてくれてもいいんじゃないです?」


「だから、それとこれとは…………ああ、もうしゃあねぇなぁ。ちょっと見てるだけだからな。」


 降参を示すように男が両手を挙げてこちらに向き直った。


 ちょっろ……w


 思いつつも心の中でガッツポーズ。

 この男も冒険者なら、仲良くしてればそれなりに関係性は広げられるはずだし、便利なことも多いはずだ。ちょっと頼ったらすぐ願いを聞いてくれそうだし。


 知り合いができてこんなに心強く思ったことは人生で初めてだ。無論前の人生も含めて。


「ああそうだ。そういや、自己紹介がまだだったな。俺はギルだ。よろしく。」

「……こちらこそ、ギル。」


 ギルが右手を差し出すと、私も自然にその手に答えられた。


 このイケメンなラグビー部風の男が、この世界での初めての友達だ。

 心配になる未来ばかり見える今日この頃だけど、少しだけ楽しみといえる部分が増えたような気がした。現実問題では、本当にそんな気がしただけなんだけどね。


「あ。ギル。」

「ん、なんだ?」

「いや、お金なくてお腹空いてるから、なんか奢って。」

「調子に乗るな。」


 流石にそうですよね。


 とにかく、これで魔法の使い方、使い道、冒険者としての仕事、いろんなことが知れそうだ。

 山に帰るのはもう少しだけ後になりそうだな、と考えながら、私たちは連なって街の郊外に足を進めた。

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