第9話 知識と意識を蓄える
「はい。これで登録完了です!」
私が署名し終わったのを見て、フィナさんがどこか嬉しそうに祝声をあげる。
この人、ただの受付っぽいのにどうしてさっきからこんなにテンションが高いんだろう。まああっちの世界でもそういう人が全くいなかったわけではないけど。
それはそうと、これで私は正式に冒険者になってしまったわけだ。
いや、『しまった』は失礼か。
でもホントに何も計画がないのだ。
天使に言いくるめられていきなり異世界に転生させられて、いきなりケモ耳が生えて、やっと街にたどり着いたと思ったら差別されて、それで唯一できる仕事である冒険者に特に決意もなく登録した。
うーん。私って相変わらず不憫な人間だ。
転生するにしても獣人要素はいらなかったんじゃないのか天使サマ。今のところちょっと身体能力が高くなっただけで何も良いことないんだが。
まあともかく、せっかく冒険者になったわけだから、少しは仕事に取り組んでみないと先がない。
私には今日生きる金すらないのだ。
「あっレイナさん。もしよろしければ、これをお貸ししますよ。」
私がなんとか生きる活力を持ってその場を去ろうとしたところ、フィナさんが何やら大きな本を私の方に差し出してきた。さっきの魔力を測った本とは別物のようだ。
「これは魔導書です。本来なら冒険者になりたての方や魔法の発動の仕方をあまり知らない方にご購入してもらうものなんですけど、レイナさんには余裕がなさそうなので、この冒険者同会の建物の中限定なら貸せますよ。」
魔導書……なんだかものものしい名前だけど、何の用途があるのだろう。
使えるものならぜひ使わせてもらいたいが、いかんせん私には知らないことが多すぎる。
「魔導書ってなんですか?」
結局知らないことは聞くしかないんだけどね。
「魔導書は魔法の利用方法が示されているもので、魔法初心者はみんなこれを読んでやり方を覚えるんですよ。魔力と魔素の伝達方法とか、魔力の制御とか、大抵のことはこの魔導書にのってます。」
なるほど魔法の教科書か。
これは必須級と見ていいだろう。
フィナさんの言っていた通り、私は三つの魔素種を持っているから、魔法を鍛えるのが良い。冒険者にならないにしてもこの魔導書を借りないという手はない。
「ありがとうございます。じゃあちょっと借りますね。」
勉強は嫌いだが、背に腹は変えられない。
冒険者の仕事は何でも屋みたいなものだ、とフィナさんは言っていたが、獣人である私にサービス業的な人と関わる仕事は回ってこないだろう。そうなると探検家的な役割を求められることになる。危険なことも多いだろうし、身を守る術を学ばないと話にならないのだ。
私はフィナさんからその本を受け取ると、近くにあった共用スペースみたいな机があるところでところで魔導書をめくり始めた。
そういえばこの世界に来てから川の水以外のものを口にしていないことに気がついたが、食べ物を買うのにはお金が必要だ。
ちゃんと仕事があって最低限の福祉が保証されているだけ、今までの生活の方が楽だったのかもしれないと思う空腹の社畜であった。
♦︎♦︎♦︎
大体それから三時間くらいか。
とても健康状態とは言えない状況の中、なんとか魔導書を読み続けていくつかのことが分かった。
まずは魔力のこと。
昨日話を聞いた警備兵の大男が言っていたこととだいたい同じだが、魔力とは人間の身体を動かすエネルギーそのものであるらしい。
人間だけではなく、すべての生き物が持っているものであり、ありとあらゆる行動が魔力をもとに行われる。
逆に、眠ったり食べ物を食べたりすると魔力は回復する。まさに体力そのものと考えて良い。
次に魔法のこと。
魔法とは、魔力を使用することで生成する特殊な術のことだ。
魔法を使うと道具なしで火をつけたり水を生成できたりするが、基本的には生活的なものではなく、戦闘の際に使われることが多い。というのも、この世界には魔法を使わなくてもマッチもあれば水道もある(場所によるが)ため、わざわざ魔力を消費する方が勿体無いと思われることが多いのだ。昔はみんな魔法を使って日常生活の役に立てていたらしいが、この世界の文明も進化し続けたことで日常的には魔法はいらないものとして扱われているらしい。
その結果、魔法は人や魔物との戦いの道具でしかなくなってしまっているのはなんだかあっちの世界で聞いたことがあるような皮肉めいた話だが、まあそんな問題を私が今考えても無駄だ。
話を戻すが、先ほどあげた例にしても誰でも火を放てたり水を作れるわけではない。各個人にはそれぞれ持っている魔素種というものがあり、それによって使える魔法が違う。
土魔素を持っていれば土を作ったり強化したり、氷魔素を持っていたら物を凍らせられたり、各々が持つ魔素で魔法の中身は大きく変わる。世界一の魔法使いでも、魔素種を持っていなければその魔法は使えないのだ。
そして、生き物は皆生まれつき一人1〜3種の魔素を持っている。これは完全に生まれつきの才能であり、持っている魔素の数はだいたい、1つの人が30%、2つの人が40%、3つの人が30%で若干偏りはあるものの、いくつの魔素を持っているからといって特段珍しいということはない。
当然、保持している魔素が多ければそれだけ多くの魔法が使えるということなのでいろんな面で有利ではある。しかし、器用貧乏になることも多いので一概に大きな差があるとは言えない。
私は獣人として転生したこともあり魔力の総量自体は人よりも少なかったが、幸運にも魔素種には恵まれた。
うまくやれば魔術師系の冒険者として生きていけるかもしれない。
そうそう。魔法を使って戦うといっても、一般に剣を持つ近接戦闘中心の剣士型と、放出魔法を使う遠距離戦闘中心の魔術師型がある。
さらに、魔法そのものにも付与魔法と放出魔法というものがあり、付与魔法は例えば剣に炎を纏わせたりする魔法のことで、放出魔法は炎の玉を浴びせるような魔法のことだ。
つまり、剣士型は付与魔法を使い、魔術師型は放出魔法を使うものと考えてよい。まあここら辺の概念は剣士型ではない私にとって見れば大して気にする必要がないことだ。使うにしても放出魔法だけなのだから。
また、持っている魔素種によっては魔法を合成させることもできるらしいが、それもまだあまり関係のない話。
肝心の魔法の発動方法の話に入るが、これは実はさして難しい論理でもなかった。
ただ念を込めるだけだ。
自分は魔法を使えると自覚する
→ 〇〇な魔法を使うぞと考える
→ 魔力を意識的に全身にこめる
この工程さえあれば魔法は発動できるらしい。
つまり、やろうと思えば誰にでもできるが、魔法の存在や自分の魔素種について理解をしていないといけない。
ある程度高位の魔物であれば魔法に関する認識がなくても自然と魔法を使えるようになるらしいが、基本的には詳細的な魔術を使えるのは論理的な思考ができる人型の生き物だけだ。
もしかしたら、獣人や亜人が純粋な人間よりも魔力が少ない傾向にあるのも、賢さとかが関係あったりするのかもしれない。
「……とにかく、理論的には魔法のことを理解できた。あとは実践してみないと分からないな。」
誰も聞いてないであろう独り言をぼんやりと呟くと、私は魔導書のページをパタンと閉じた。
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