第8話 魔力と魔素種

 

 「じゃあ、ここに手をかざしてもらえますか?」


 そう言ってフィナさんが取り出したものは、見開きになった分厚い辞書みたいな道具だった。

 紙の部分はほんのり青白く光っているが、一見すると何も書いていないように見える。


「これは?」

「魔力を検査できる魔具です。これに手を触れてもらうと、レイナさんの魔素種と魔力量を測ることができるんです。」


 魔具。

 魔力に関わるいろんなものがあるな。


 特に実践するまでもなく、自分の魔法の適性が分かるわけか。

 

 自分の能力がこれで判明すると考えると少し緊張するが、まあダメダメならそれはそれで踏ん切りがつく。


 私は右手をその魔具にかざした。


「………!」


 するとすぐに魔具から発せられていた青白い光が強くなって、紙の部分に黄色い文字、赤い文字、それから青や黒の文字が浮かび上がってきた。

 さらに具体的に言うと、本の右側が黒色で書かれた文字、左側が赤、黄、青の文字だった。


 どういう原理で文字が浮かび上がってくるのかは不明だが、とにかく黒で書かれている文字を読み取ってみると、『魔力総量 ズワク』と書かれていた。


 ズワク……?ずわくってなんだ?


「ずわく……ってなんですか?」

「あっズワク?ズワク引いちゃったかぁ。あらら。」


 言葉の意味を理解しているのか、フィナさんはわざとらしく頭を抱える。なんでもいいけどムカつくなこいつの態度。


「……だから、ズワクってなんですか。」

「ごほんっ。それは魔力の総量を表す値です。その魔具が評価を示す際に使う指標みたいなもので、上から順に、スパスタクミデンズワクインフェの5段階で分けられてるんです。簡単な話、超が最強で劣が最弱です。」


 めんどくさい単位だな。

 普通に数字で示したり強弱と言えばいいのに、わざわざ独特な言い方を使う必要があるのだろうか。


「下から二番目……。」

「まあ弱なら魔力量はそこまで致命的ではないですよ。獣人なんて半分以上『劣』に分類されますし、レイナさんは最低限魔法を使う素質があると思います。」


 獣人の中では平均以上だが、人間基準だとちょっと少ない魔力、それが私の評価らしい。

 

 いまいち判断に困る事態だが、とにかく最弱素質ではないようでなによりだ。


「左側にはなんて書いてあるんですか?」

「えーと………………」


 左側に書いてあるさまざまな色の文字を読み上げようとしたが、とある違和感を覚えて私は声を止めた。


「フィナさんからは見えてないんですか?」


 読み上げさせなくても、本は私とフィナさんの間にあるのだ。わざわざ私に言わせようとするのは少し違和感がある。


「ああ……右のページに書かれているのは魔力総量で、左のページに書かれてるのは魔素種なんですよ。んで、それは魔力測定をした本人にしか見れないんですよぉ。あくまで自分の適性を確かめるだけですから、受付のわたしが見れなくても特に不利益はありませんし。」

「本人にしか見れないのはなんでなんです?」

「さあ。そういう道具だからとしか。」


 …………………私からは見えているこの文字を、他の人は誰も見れない………ね。まあいいや。


「……本の左側に書かれているのは、炎魔素、闇魔素、それから生魔素と。」


 私がそう言うと、フィナさんが少し表情を変えてテンションを上げた。


「これはすこし驚きました。三種類の魔素を持っていたとは。」


 どうやら、この三種類の文字は私が使うことができる魔素を示しているようだ。

 先ほど、フィナさんは魔素は一人につき1〜3種類もっているという言葉を素直に取るなら、私は最大数の魔素を持っているということになる。


「それってすごいんですかね?」

「いや。単純な話、全体の30%は三つの魔素種を持っているので、別に凄くはないですけど。」


 すごくないんかい。


「でも、魔法を使って戦闘を行う身なら、すごく便利ですよ。三つ持っているというのは。」


 うーん。

 魔力総量も最低限はあって、魔素種も魔法を使う仕事には有利なのか、私は。


 そう考えるとこのまま冒険者になる道も開けたりするのかもしれない。

 

 でもこの街で差別を受け続けるのはちょっと心苦しい未来でもある。何もかも素質がなかったらきっぱり諦め切れたんだけど、かえって悩みを増やしてしまったかもしれないなこれは。


「炎、闇、生、の三つなら、魔術師系統の冒険者になるのが良いかもしれませんね。本職の国家魔法術師を目指すのも手ですけど。」


 魔術師系統?本職の国家魔法術師?私に魔法の適正が多少あることが分かったところで、いろんな固有名詞がどんどん出てきた。


「国家魔法術師ってなんですか?」

「あ、職業についての説明がまだでしたね。正直、獣人の方ですから全然適性がなかったら諦めてもらおうかと思ってたんですけど、レイナさんはちゃんと実力もつきそうですし、この仕事について改めて話させてもらいますね。」


 なんかさらっと流したけど、この人めちゃくちゃ自然に差別意識出してるな。

 まあ事情を知らない私がいちいち口を挟んでも仕方のないことなのかもしれないけど、この世界の種族の間の隔たりはかなり大きそうだ。


「まず、冒険者はいわゆる便利屋的な立ち位置なんですよね。魔物の討伐などのために魔法が仕事の前提として求められていはいますけど、必要になることが多いってだけで、それが本業というわけではないんです。戦いを生業としているのは、国から雇われた剣士や魔法使いです。正式な剣士や魔法使いは高い倍率を突破した優秀な人しかなれない職業で……まあ、言ってしまえば冒険者はそれらの落ちこぼれみたいなもので、位が高い仕事ではないです。」


 足軽みたいなもんなのかな。

 まあ雑に扱われるのは慣れてるから、仕事の立ち位置なんて気にはしない。


「それで、当然冒険者は魔物などとの戦闘に参加する仕事もあるわけですけど、その時のスタイルは人によって違うんです。いろいろありますけど、大きく分けると、剣を持って闘う剣士型と魔法中心に闘う魔術師型、そしてその中間のバランス型といった感じですね。」

「魔法術師や剣士にはなれないけど、その分それらの模倣的なかたちをとってるんですね。」


 まあ専門的な分野の人に敵わない分、下位互換的な役割を持った上で万能型に割り振るのはあっちの世界でもよくあることだし、そういう職業は大切な役割だろう。

 でも私が魔術師系に向いているっていうのはどんな根拠があってのことなんだろう。


 そもそも魔法使いに魔法が大切なのはわかるけど、剣士って剣で戦ったりするんだよね?魔法が入り込む余地があるのか?


「あ、レイナさんが魔術師系に向いてると言ったのは、魔素種を三つ持っていることと、剣士系には向いていないからです。」


 私が疑問を口にする前に、察したようにフィナさんが先に答えた。


「剣士系に向いてないっていうのは?」


 やりたいわけじゃないけど、せっかく獣人の身体能力があるのだ。ゲームとかなら、どちらかと言うと獣人は短剣とか振り回しているキャラのイメージがなんとなくある。


「剣士は特殊でしてね。魔法術師が魔力の総量さえあればなれる可能性がある職業なのに対して、剣士は『物魔素』を持っていないとまずなれない職業なんです。」

「物魔素……たしか十二個の魔素のうちの一つでしたよね。」

「はい。物魔素は身体能力を向上させる魔法を使えるようになる魔素です。剣を持って接近戦を挑む剣士にとっては重要で、他の要素が充分でも、物魔素をもっていないばかりに剣士の試験に受からない人は多くいます。」


 剣士も魔法を使うのね。

 しかも物魔法というより限定された魔法が必須級ときた。


「それに対して、魔術師は基本的に遠距離から魔法を放出して戦うので、どの魔素がってよりも魔力の総量や魔素種の数が重視される傾向にあります。レイナさんは魔力は少ないですけど魔素を三つ持ってるので、どちらかというと魔術師系統のスタイルが良いと思いますよ。獣人の肉体を有効活用できないのはもったいないですけど……」


 うん。うん。


 なんか、噛み合わないなぁ。


 もし私が物魔素を持っていたら、その特性を活かして高い身体能力を更に高められる獣人剣士として活躍できていたかもしれないのか。


 つくづくツいてない。


「まあ、戦いかたは後からでも決められますからね。冒険者仕事は戦闘だけじゃありませんし、とりあえず登録しておきます?」

「あ、今ここで出来るんですか?」

「はい。登録だけならすぐに。実質歩合給ですから何もしなくても冒険者の肩書きは消えませんよ。」


 フィナさんはニコニコ笑顔を維持しつつ、なんともものものしく一枚の紙をどこからか取り出した。たぶん、冒険者登録に必要な契約書的なやつだろう。

 これに署名したら、私は冒険者になるわけか……。

 冒険者……冒険者……ねえ。

 便利屋的な立ち位置である冒険者は、ある時は私兵や探検家としての仕事も求められるらしいし、そのために魔法を学んで生物や魔物を殺さないといけないかもしれない仕事だ。前の世界の基準で見たらかなり危険な仕事であることには間違いない。

 私に果たしてそれが務まるだろうか。

 やっぱりこのまま森へ帰って一人で暮らすか、獣人の仲間の集落を探したりする方が先決じゃないのか?

 とはいえ、そちらを選んだところで順調な道が用意されているわけではない。


 どう進んでもハードモードは確定しているようなものなのだ。


 ……それでも、冒険者としての身分を作ることに何かデメリットがあるとも思えないんだよな。

 最悪、何の仕事もせずに放棄して逃げ出してもペナルティがあるようではないし、冒険者は基本的に自分で成果を上げて自分で報酬を勝ち取るスタンスだ。


 消極的な姿勢にはなるが、ここで冒険者登録をしておくことは損得で言ったら得のほうだろう。


「……………分かりました。じゃあ登録だけ今やります。」


 私は決意してフィナさんに渡された契約者に指名した。


 そういえば、この世界で私が活躍できるような特典があるとか言ってた天使の約束はどこに行ったんだろうか。

 まさか言語を自動的に翻訳できる力だけか?

 ほら、こういう時こそ『獣人だけど魔力総量が最大値だった』とか『これまでに発見されたことのない最強の魔素種をもってた』みたいないい感じの特典があるもんじゃないのか。


 もう終わっちゃったイベントなんだけどさ。

 

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