第6話 獣人として生きるということ


♦︎♦︎♦︎



「はい。これで申請は終了しました。こちらの特別市民許可証をもちまして、レイナさんをヴァルディーテ市内の住民であることの証明になります。」

「ありがとうございます。」


 私は書類を受け取って、役所の扉を開いて再び街に出た。


 これで晴れてこの街の住民だ。

 思ったよりもうまくいったな。

 

 何の詳細もないのに名前と年齢だけで街に住めるとか、ここの情報管理はどうなっているんだろう。


 たった今、役所で私の移民申請が終わったところだ。

 どんな酷い差別をされるのかと思ったが、案外何も言われずに簡単に受け入れてもらえたみたいだ。

 まあ、移民とか住民と言っても、元の世界で言うビザの取得みたいなものだ。

 元から住んでいた人と同等の権利がある訳ではなく、ただ働いてもいいよという許可をもらったに過ぎない。


 役所ことヴァルディーテ市公共管理役場は、街の中心から少し北に外れた、レンガ?ではなさそうだが、石でできた三回建の建物だった。街の規模や周辺の建物を見るに、ごく普通の市役所といった感じで、私の申請もすんなり通った。

 この街はヴァルディーテという名前の町らしく、街の真ん中に大きな広場があり、それを中心として各施設が並んでいる感じだ。もちろん住民の家もあるが、住宅街はどちらかというと外壁の近く、街の外側にある。

 全体が外壁で囲まれていて、見た感じ城壁って程ではなくても、それに準ずるくらいの立派な外装だった。


 ちなみに国の名前は『フォーリトーレム人民帝国』というらしい。どうでもいいけど帝国ってなんかかっこよくていいね。


 ま、それはそれとして


「さてと、仕事を探さないとな………。」


 今のところ差別らしい差別は受けていないが、それがなくても働かなければ生きていけないのは確かだ。

 また仕事三昧の日常に戻るくらいなら、もう一度最初にいた山に戻って野生の生活をするのもありかもしれない。でもその選択肢を取ると二度と社会に戻れなくなるような気がする。そもそも動物とか殺さないといけないのが無理だ。

 どうしても耐えられなくなったら大自然に逃げることもできるかもしれないが、耐えられるうちはこの街で生き抜くことが大切だ。

 

 もう夜も更けてきているし、明日の朝になってから仕事を探すのが無難だろう。そうと決まれば早く寝て…………………


 ああ、そういえば家なんてないから寝る場所もないんだった。


 貸し賃貸くらいはあるだろうが、無論金がない以上借りられるはずもない。そして食べ物についても同じだ。


「…………はぁ。」


 結局金か。

 異世界に行こうがケモ耳が生えようが魔法があろうが、人生は金から逃げられないものなのか。

 幸せになりたいなら金を稼ぐしかない。

 実を言うと、異世界の話を天使から告げられた時や大男から魔法の存在を聞いた時、少しだけワクワクしたりした。何もなかった人生から、何かあるかもしれない人生に乗り換えられたのだから。


 でも、結果的には何もない人生は変わらないのかもしれない。

 働いて金を稼いで歳をとる。

 人生なんてそれが全てでもなんらおかしくはないのだ。



♦︎♦︎♦︎


 

 ま、そんな絶望するまでもなく働かないといけないんだけどね。

 

 結局街の広場で寝っ転がって朝を迎えることになった。

 警備兵にしょっ引かれる可能性も高かったが、どこにも行くあてがないのだからどうしようもない。幸いにも、昨夜は無事に寝られたし、何もなく朝を迎えられた。

 夜も静かなもので、治安は良いと言ってもいいのではないだろうか。


 とはいえ、明日も明後日もここで寝られる保証はないし、普通に良し悪しの問題で嫌だ。


 朝になった以上、仕事を探して生き残る術を探すのが先決だ。


「求人、あるかな。」


 いやあるはずだ。


 昨日の大男の話によると、この街は移民の受け入れに積極的とのことだ。つまり、その存在が何らかのメリットになっているということ。

 そして一番有力なのは、労働力としての役割を担ってもらうため、ということだ。

 人手不足とまではいかなくても、ある程度労働者としての需要があるのは確かだろう。あくまでも予測でしかないけど。


 

 とにかくそう考えた私は、昨日申請を行った市役所に再度訪れることにした。


 役所が求人サイトのような役割を持っているかは分からないが、とりあえず聞いてみるだけでも行く価値はある。というかそれくらいしかアテがない。


 昨日と同じように役所にたどり着き、カウンターのお姉さんに尋ねる。


「あの、すいません。仕事を探しているんですが、募集してるとことかありますかね?」

「ああ、お仕事でしたら………………」



 ♦︎♦︎♦︎



 役所のお姉さん曰く、中央の広場を少し西に行ったところに職業案内所があるらしい。


 この世界にもハロワみたいなものがあるのか。

 現実的でなんか嫌だな。

 いやありがたいと思わないといけないんだろうけどさ。


 役所を出て西側に向かおうとした私だったか、そこで違和感に気がついた。


(なんか、見られてる………?)


 昨日は夜で人通りが少なかったこともあって気づかなかったが、街を歩く人々がやけに私の方を見ているような気がする。無論知り合いでもなんでもないし、私がおかしな行動をしているわけでもないと思う。

 しかし、視線は間違いなく注がれているし、興味深さというよりは警戒心が強い目線だ。


 私が他の人と違う点はただ一つ、ケモ耳と尻尾が生えていることだ。


 つまるところ、獣人だから非難的な目で見られているということだろう。


 昨日大男が言っていたように、獣人はあまり好まれている存在ではないらしい。


 ある程度予想していたとはいえ、街を歩いているだけで避けられる存在………嫌な予感がするな。



「なるほどね…………。」


 職業案内所に着いて建物の前のボードに張り出されている求人紙を見たとき、私の嫌な予感は的中していたことを確信した。


 求人の募集用紙自体はたくさんある。お屋敷のお手伝い、パン屋さん、武器鍛治職人見習い、店内受付、農家。


 癖があるものも多いが、仕事自体は常に募集しているらしく、最低限のことができれば生きるのには困らないのかもしれない。


 だがそれは普通の人間の話。

 

 ほとんど募集用紙の一番下には、

 〈 ※ 純粋な人間のみ 〉

 という注意書きがある。

 

 つまり私は門前払い、ということだ。


 中には、種族にかかわらず募集中!と書かれたものもあるが、そういうものには大抵

 ※ 独自の魔力量のテストに合格した人のみ

 、とあるのだ。


 まだ実感はしていないが、純粋な人間以外の種族は魔力の量が少ない、という話はつい昨日聞いたばかりだ。

 つまり、大々的に差別はしません、と表では言いつつ、魔力が少ない人=獣人や亜人、エルフはお断りですよ、と主張しているということだ。


 まあ人間の街である以上、評判が悪い獣人を受け入れたいところなんてなくても仕方ないのかもしれない、が、今の私にはそんな事情なんてどうでもいいし、現在進行形で窮地に陥っている事実だけが残る。


 やはり街を出て山に戻ったほうがいいのだろうか。


 身体能力が上がった獣人の姿なら、魚くらいは捕まえられそう(殺すのに勇気がいるが)だし、水は天然のものがある。森に危険な動物がいる可能性もあるけど、この街に居座り続けた方がもっと危険なような気もする。


 せっかくの異世界だったが、残念ながらすでに元いた世界と同レベルで辛い。生きていく手段が断たれている分、こっちの方が先が見えないまである。


 一つ一つボードに貼られた求人紙を眺めつつ、どこにでもある ※純粋な人間のみ の文字がより一層希望を絶たせてくる。

 そして求人を探す私の後ろ姿に刺さる部外者への目線も結構痛い。


「………………………………ん?」


 なんだか気まずくなってとりあえずその場を離れようとした時、私は数多くある求人紙から、種族限定も魔力限定もない職業を見つけた。


「冒険者……か。」


 職業: 冒険者、それがほとんど唯一と言っていいわたしが土俵に立てる仕事だった。


「………………………いや、無理だよな。」


 しかし、一瞬考えて私のわずかに沸いた希望は消えた。


 冒険者って戦ったりするんじゃないのか?

 それこそ昨日大男が説明してくれた『魔法』を使って。

 じゃあ結局魔力が必要ということじゃないか。


 土俵には立てても、それで食っていけるかどうかの難易度は結局高い。

 

 そもそも会社勤めのへっぴり腰にそんなアグレッシブな仕事ができるはずもない。


「………詰んでるかもなぁ。これ。」


 小さくつぶやいて、際ほど辿ろうとしていた道をそのまま通って職業案内所を離れた。

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