第4話 街に着いた

 

 日が完全に沈んであたりが暗闇に包まれたころ、私はようやくその街に着いた。


 どんな表現をするのが適切かは分からないが、ここは間違いなく私の目線から見たら街そのものだった。

 街全体が大きな塀のようなものに囲まれていて入口以外からは人が入れないようになっており、その中には数百軒はくだらないであろう建物が大きな通りを堺にして所狭しと並んでいる。

 建物自体はそこまで新しい物のようには見えないため、元いた世界と比べたら安全性には欠けそうだが、パッと外から覗いた感じ夜にもかかわらず通りを歩く人の数はかなり多い。

 時代的には近世のアナトリア半島あたりとその近辺の東ヨーロッパあたりの雰囲気がある。



「おい、そこのお前。怪しげな行動を続けるなら連行させてもらうぞ。」


 街の入り口にある大きな門も前で街の外観を眺めていると、ふと男性の声が聞こえてきて私はそちらを向いた。

 見ると、警備兵っぽい体の大きい男性が私を見下ろしながら近づいていた。

 20代後半あたりの見た目だが、威圧感がすごくてだいぶ年上に見える。もちろん頭の上に大きな耳はついていない。


 私が門に入ろうともせず、かといってその場を離れようともしなかったせいか、不審者だと思われてしまったらしい。


「あっ。すいません。この街に入ってもいいですか?」


 ………………ん?

 今私なんて言った?

 今言った言葉の意味は自分でも分かっているのに、なんか知らない言語が勝手に口から飛び出ていた。

 目の前の大男が話した言葉も私が放った言葉も、どちらも日本語ではないのに、なぜか私は勝手にそれを日本語に翻訳して話すことができている。

 すごく違和感がある。


 まあここが異世界なら日本語が通じないことは道理にかなっているけど、それなら私がここの言葉を勝手に話せるのも分からなくなる。天使さんが言っていた特別な力って勝手に言葉を翻訳してくれる力だったりするのかな?まあ話が通じるならそれに越したことはない。


「………街に入りたいなら門のところで身分証を出せ。それで入れるかはお前次第だがな。」


 身分証?

 丸腰でここに来たわけだから運転免許証とか保険証なんて持ってないし、そもそもあっちの世界の身分証がここで使えるとも思えない。


「あの、山から初めて降りてきたんです。身分証は持ってません……。」

「………………ふん。その見た目からして北の山脈のヴィッツテリア帝国民か…………」


 ………………?


 私が身分証を持っていないと知るや、なんかめちゃくちゃ不機嫌になり始めた。

 どこに怒られる要素があったのか。

 上司の沸点の方がまだ低い気がする。いやそれはないわ。


 あと、北の山脈とか、ヴィッツなんとかとかよく分からない来歴を追加されてしまっている。

 

「まあいい。この街は移民に寛容だからな。お前たちのような輩でも受け入れるのが市長の命令だ。来い。」


 よく分からないが、移民扱いでなんとかなるらしいのでとにかく大男にそのままついていくことにした。


 会社から解放された私に恐怖などないのだ。



 連れてこられたのは街の大門の隣にある、警備兵の事務室?的な場所だった。


「この紙に名前と年齢と諸々を書いて役所に持っていけ。そんで移民申請が通ればこの街で働けるようになるだろうよ。」

「どうも。」


 なるほど。


 この大男の反応を見るに、私のような獣人は労働者としてこの街に滞在しているケースがあるらしい。


 そして私も見た目の例に漏れず、この街に働きに山からやってきたヴィッツなんとかの獣人だと思われているようだ。


「………………………。」


 これは困ったな。


 別に私は働きたくてこの街に来たわけではない。


 ただ人の社会が存在するかどうか、私がそこで生きることが可能であるかどうかを知りたかったのだ。まあ、ある意味では目標は達成されたといえるが、現世で仕事に追われて苦しんでいたのに、ここに来てまで仕事探しとなると嫌になる。

 そもそも無一文で、働きたくないなんてわがままが通るはずもないのだから働かなくてはいけないのは明白だが、それじゃあ話が違うじゃないか天使さんと言いたくなる。


 というか今更だけど、もう結論づけてもいいよね、ここが異世界だって。


 知らない街、知らない生き物、いつの間にか覚えている知らない言語、夢の中でもなければこんなに不条理なことは起こらない。

 冥界の根源地での天使との会話も踏まえて、誰がどう見てもここは異世界だ。


 じゃあなんでこんなに私は冷静なんだという話だが、知らないところにいきなり飛ばされた恐怖よりも、これで本当に仕事からおさらばできるという開放感の方がぶっちゃけ強い。

 ここでどうやって生き残るかは別として、あの会社がないだけで百点満点なのだ。



「そうだ。分かっているとは思うが、獣人はこの街じゃ迫害される対象だからな。まともな扱いされなくても騒ぐなよ。」


 大男はまったく心配する様子もなく言ってきた。


 ………なるほどそうきたか。

 私のような見た目の人も希少とされないレベルで普通に存在はするが、この街では単に部外者として弾かれる身であるということか。


 私みたいな獣人(?)は普通の人間と何がどう違うのだろう。


「なんで獣人は迫害されてるんですか?」

「……………はぁ、これだから知恵のない奴らは。それくらい知ってて来てほしいんだがな。お互いのために。」


 なんかめちゃくちゃ馬鹿にされてる。

 私がこの世界について無知なのは当然だから別に何言われてもいいけど、私のせいで無知扱いされてしまっている獣人たちには申し訳ないな。


「獣人、いや純粋な人間以外がこの街で爪弾きにされる理由だが、まあ大きく分けて二つだ。」


 呆れつつもなんだかんだ教えてくれるあたり、この人の根は悪くなさそうだ。

 上司だったら自分で調べろとしか言わない。


「一つ目は単純に態度が悪い。お前は獣人の中なら言葉遣いはマシな方だが、普段やりとりが大雑把な奴らは荒くれ者が多い。話を聞かずに手を出すやつを街に置いておきたいとは普通は思わん。」

「そういうのって、種族的な違いが原因ってことですか?」

「まあそうだ。慣わしというか古くからの遺伝子からして違うというか。こればっかりはあちらさんに遠慮してもらわないと共存のしようがねぇ。」


 ふむ。

 獣人と純粋な人間は根本的に合わない点があるということか。

 まあ、ここは見たところ人間の街らしいから、獣人がうまく馴染めないのも無理はないのかもしれない。


「二つ目は魔力の総量が低い。そのせいで仕事につきにくくて、まともに働けねぇ。働ける奴もいるが、同じ種族で一括りにされるせいで獣人ってだけで期待されない。」


 なるほど魔力が低い………………


 ん?

 魔力ってなんだ?

 

「あの、魔力ってなんですか?」

「はあ?お前、そんなことも知らないのか。いくら獣人の魔力を使う機会が少ないとは言っても、存在すら知らないやつがいるとは……。」


 男は頭を抱えてこちらを揶揄してくる。


 仕方ないだろ。

 この世界に来てまだ1日も経ってないんだぞ。

 いきなりファンタジー小説みたいなこと言われても、そんなに簡単に全部を納得して受け入れられる訳じゃないんだ。なんなら、これでもかなり自分に無理やり事象を納得させている最中なのだ。


 まあそれはそれとして、大男の言い方からして魔力というものはかなりこの世界にとって重要なものらしい。

 魔力が少ないから役立たず、と言われてしまう程度に有用性があるものを、生きていく上で知らないわけにはいかない。


「魔力という言葉さえ初めて聞きました。お手数ですが、一から説明していただけないでしょうか。」

「えっ。…………おいおい、俺は警備兵の仕事が残ってて、お前にこれ以上構っている暇は………」

「そこをなんとかお願いします。」


 この男はなんだかんだいって私のことを本気で拒絶したいと思っているようには見えない。

 少なくとも頼まれたら断れないタイプの人間だ。職場だと苦労する立場。


 この人の口ぶりからして、街の中はこちらにとってかなりの向かい風である可能性が高い。それなら、この場でこの人に聞けるだけの話を聞いておきたいところだ。

 そのためなら敬語だって使うし、いくらでもへりくだってやる。


「…………ちっ、しょうがねえな。わかったよ。魔力のことについて教えてやる。どうせ仕事ってつっても、やってもやんなくても変わんねぇようなことだしな。」


 作戦成功。

 頼れる人にはいくらでも頼る。そうしないと生きていけない。

 私があっちの世界で得た教訓の一つだ。

 いきなり知らない人と会ったけど、対応力は大事よ。すごく。

 

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