異世界生活編

第3話 異世界転生

「…………う……。」


 私はまばゆい太陽の光と生い茂る草木の匂いで目を覚ました。

 ん?草木の匂い?

 まあいいや…………


 えーっと、今何時だ?

 仕事に行かないと………………


 あれ?そういえば仕事じゃなくてもっと大きいことがあったような記憶が………………。


「…………………………転生したの!?」


 全てを思い出して、私は思いっきり身体を叩き起こした。


 そうだ………そうだ!そうだ!!


 あの日、家に帰る前にミナセの家によって、死にたい、と宣言したことで実際に殺されて、その後よくわからない空間に連れ去られて、よくわからない天使の説明を聞いて、ぼやけ頭の中で私は転生する道を選んだんだった。

 

 あれがぜんぶ夢じゃなかったとしたら、私は今異世界にいるということになる。


 自分の状況を整理したのち、あわててあたりの環境を確認する。


 私の周りは360度草と木が生えた森林だった。空を見上げると、高い木の葉によって光は多少遮られているとはいえ、太陽が差し込んでいるのは分かった。


「ほんとに異世界なのかな、ここ。」


 今のところ何の変哲もない森だが。

 いやぜんぶが夢だったとしたらそもそも森にいること自体が変だから、何かがあったことには間違いない。


 とにかく、あたりを散策してみるのが一番だろう。


 私は座り込んだ状態から手をついて立ち上がる。


 ……………ん?なんか心なしか体が軽いような気がする。それに目線も少し低いような。


 違和感に則って、ぴょんとジャンプしてみると、間違いなく体がいつもよりも高く跳べた。

 疑問に思いつつも木の根と土で埋め尽くされた地面を少し進むと、木々に挟まれた小さな川を見つけた。実際に異世界なのかはともかく、ここがどこなのか分からない以上水があるのはいいことだ。


 近づいて水面を眺めると、川の水は私の姿が鮮明に反射するくらい透き通っていた。

 うん。これなら飲めそうだ。

 水が綺麗なことに安心した後、水面に向かって顔を覗き込む。


 見れば見るほど異世界とは思えないな。


 どちらかというと、知らず知らずのうちにどこかの山に連れていかれて置き去りにされたような気分だ。それはそれでなんでそんなことになっているのか意味がわからないんだけど。


 そんな私の考えも、水面に映った自分の姿が目に入ることで一気に覆されることになった。


「………………………!?」

 

 一瞬何が起こったのか分からず声が出なかった。


 水面に映った私の顔。 

 顔立ち自体は昨日までとそこまで大きな変化はない。


 だが、顔の横にあるはずのものがない。


 耳だ。

 目の横に配置されているはずの耳がない。

 

 じゃあどうして音が聞こえているんだ、という話だが、それを考えるまでもなく、私は自分の耳の位置をまだ把握した。


「………………猫?……………キツネ……?」


 頭の上に、獣のそれである三角型の耳が二つついている。

 その様子はまるで猫人のようで、一瞬コスプレでもしているのかと思った。


 そういえばなんか音が聞こえるのが上の方だなって違和感がなかったわけでもない。でもまさか耳の位置も形も変わっているなんて。


 耳を実際に触ってみると、ぺたんと折りたたむことが出来て不思議な感じがする。

 もしやと思いお尻の方をさすると、腰の上あたりに何やら毛並みの生えた細長いものの感触に出会った。それは、触るたびに私の感覚器官に反応してくる。


 恐る恐る目で確認してみたところ、やはりそこには想定内のものが生えていた。


 しっぽだ。


 先っぽがゆらゆら揺れる茶色の細長い尾が、当たり前みたいに体に馴染んでいる。


 獣みたいな耳と尻尾、どう考えてもおかしい。生き物としてあり得ない。

 

 何より注視すべきは、私の体が昨日までの自分のものとまるで違うということだ。


「本当に異世界なのかもしれない………。」


 もう一度川に顔を覗かせるが、何度見ても耳はてっぺんについているし、なんなら耳に目を取られて気が付かなかったがよく見ると顔や体もだいぶ幼くなっている気がする。

 もともと恵まれた体つきではなかったものの、身長はかなり高い方だったし顔つきも特段童顔というわけではなかった。


 しかし、今の私はどう見ても中学生かそこらの女の子だ。


 朝起きたらいきなり森の中にいて、猫耳が生えていて体が幼くなっている、こんなの某少年探偵も驚きの変化だ。

 こんなことが現実に起こることはまずない。

 自分の想像を超える事態が起こる、それは天使に出会ったあの場所でも同じことが言えるだろう。

 つまり、今の私は異世界にいてもなんらおかしくはないわけで、なんなら元いた世界だった方が怖いまであるのだ。


「………でも転生ってこういうのだっけ?」


 私が想像していたのは、どこかの家の赤ちゃんとして生まれてきて一から人生をスタートさせる感じのやつだ。

 確かに容姿からして若返ってはいそうだが、それでも赤ん坊や幼児といえるような見た目ではない。


 まあどんな形で転生したかなんてどうでもいいか。赤ん坊からやり直すなんてそれはそれで長く退屈な時間を経験する羽目になりそうだし。


 とはいえ、いきなり森の中に放置されても困る。すごく困る。

 

 それこそ初めての土地、なんなら初めての世界なのだ。どういう社会が広がっているのかもわからないし、そもそも社会があるかすら分からない。


「とにかく山を降ろう。」


 ケモ耳とはいえ人間の風貌が存在するのは私の姿を見れば一目瞭然だ。なにかしら集落がどこかに存在する可能性は高い。


 私は受け入れ難い現実をなんとか喉の奥に詰め込んで、川に沿って足を進めた。



♦︎♦︎♦︎

 

 

 もう一時間は歩いただろうが、見えてくる景色は一時間前となんら変わっていない。

 小さな川と辺り一帯に生える茂みが視線を覆う。


 だが、変化が何もなかったわけではない。


「あっ。また跳ねた。」


 川沿いを歩いているうちに、私は水の中を泳ぐ小さな魚を見つけた。


 この一時間で歩きつつ観察したところ、普通の魚も何匹かいたが、それに混じって何やら様子がおかしい魚もいた。

 目と目の間あたりの位置に小さなツノが生えているのだ。小さいと言っても指に刺さったら穴が開きそうなくらいの大きさで、ドリルみたいにぐるぐると巻かれている。

 そんな川魚をわたしは知らない。もしかしたらこの世界特有の生き物の特徴なのかもしれない。

 

 それによく見ると植物の種類も微妙に私が知っているものとは違う。

 

 私が勝手にそう思い込んでいるだけかもしれないが、感覚的にはここが異世界だと納得しつつある。


「ま。会社に行かなくていいならなんでもいいけどさ。」


 普通の人だったら、いきなり友人に殺されて、いきなり異世界に飛ばされたら慌てたり不安になったりするだろう。でも、私にとって何よりも嫌なことは元の世界で生きることなのだ。

 それに比べたらこうやって森を彷徨っているのも気分的には悪くない。



♦︎♦︎♦︎



 日がわずかに暮れだしたころ、ようやく山の麓にたどり着くことができた。


「わぁ。見事に草ばっかりだな。」


 そこには何も無い平原が広がっていたが、正面の方にわずかに明かりが止まっている場所があるのが見える。


「人………いるかな?」


 かなり遠くだが、あれは人が住んでいる街か何かなのかもしれないと思ってそちらに足を進めた。


 しばらく歩き続けてさらにわかったことがある。


 私の体についてだ。


 簡単に言えば、すごく動きやすい。


 川と川の間、だいたい4メートルくらいある幅も苦労なく一っ跳びできるし、全力で走るとあり得ないくらい早く走れる。


 見た目は漫画とかに出てくる『獣人』そのものだが、実際に身体能力的にもその特徴を持っているらしい。


 この世界のことをそもそも全く分かっていないから考察しようがないが、まあ身体能力が高いのはメリットと言ってもいいだろう。


 問題なのは、仮に今向かっている先に人がいたとして、私は受け入れてもらえるのか、ということだ。

 ケモノ耳が生えている人間なんて少なくともわたしは見たことなかったし、こっちの世界でも珍しかったり未知の存在だとしたら保護もしくは捕獲されるかもしれない。そもそも文明がどれだけ発展しているのかもわからない。ここまでアスファルトで整備されたような道は無いから、少なくとも未開発の土地が多いということは分かるけど。

 あと、当たり前だけど言語の問題も。


 なんだかんだ悩み事も多かったが、とりあえず目的地についてみてから考えようと、私は静かに歩くスピードを上げた。

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