第2話 天使と天命
「だから、あなたは一度死んだのです。」
再度聞き入れさせるような口調がどこからか聞こえるが、急にそんなことを言われても理解が及ばない。
「し、死んだ?何言ってるんですか。じゃあなんで私はここに存在できてるんですか。」
「さっきも言った通り、ここは冥界の根源地です。つまり、死んだ人が来るところなんです。」
いや意味がわからない。
死んだら天国に行く、みたいな話しか?
そんな小説みたいなことが本当に起こるとでも言うのか。
でも、この真っ白な無限に続く場所といい、スピーカーもないのに聞こえてくる声といい、まさにそれっぽい感じはしなくもない。
「………なんで私は死んだんですか?」
正直疑う気持ちの方が圧倒的に大きかったが、嘘だほんとだと言い合っていてもキリがないので、本当に死んだと仮定して話を進めるのが良さそうだ。
「えーっと、あなたは…………友人に毒殺されたらしいですね。」
「友人?毒殺?…………まさか」
いやまさかね。
ミナセが飲ませてくれたあの薬、信じ難いけど、あれのせいで………というのは絶対に否定することはできない。ミナセは研究者という立場からして変な薬を持っていた可能性もあるし。
いやでも、あの時『死にたい』と言ったとはいえ、本当に殺すやつがあるか?
半分本気で死にたいって言ったけどさあ。
もう半分は冗談じゃん。
ていうか普通冗談じゃん。
ミナセが私のこと嫌いとかいうのはたぶん無い。
でも、『死にたがってたから』という理由で悪気なく私を殺すことは平気でやってきてもおかしくはない。いやおかしいけど、ミナセはそういうやつなのだ。
しかも、あの部屋にはいかにも危なそうな実験道具がたくさんあったし、人を殺す薬くらいあってもおかしくはない。いやおかしいけど、ミナセはそういうやつなのだ。
「マジで死んだのか………私。」
「はいマジです。」
「こんなにあっさりと死ぬなんて。」
ああさようなら世界。
こんな形でお別れになるなんてね。
…………………いや、でもよくよく考えたらこれは僥倖では?
だって、もう明日から会社に行かなくていいのだ。
会社に行くのは死ぬほど嫌だけど、死ぬこと自体はこわくてできない、そんな私をなんの恐怖も感じさせずに殺してくれたのなら、それはもう優しさと言ってもいいくらいなのでは?
とにもかくにも、本当に死んだなら、これで私は苦しみから解放されたのだ。
「えーと。それで、あなたは誰なんですか?」
「おや?案外飲み込みが早いですね。もっと現実逃避する人もいるんですよ。」
「まあ、過ぎたことですし。」
なんなら私にとっては大いにメリットのある死亡でしたし。
「ふむ。切り替えが早いのはいいことです。私は天使のフレイアです。」
天使。
確かにそう言った。
やはりここは天国みたいなものなのか。
にわかに信じがたいが、今の状況を考えればまあまあ信ぴょう性が高い話なような気がする。
ていうか『冥界』なのに『天使』っていろいろおかしくないか?そもそも『冥界』って地獄的な意味じゃなかったっけ?
まあいいや。いろんな事情があるんだろうきっと。
「あ、えっと私は登志原玲奈っていいます。」
「無論知ってますよ。あなたをここに呼んだのは私たちですし。」
「死んだ人はみんなここに来るんですか?」
「ええ。ここは人間の魂がそれぞれの世界から入ったら出ていったりする場所ですから。でも、私と直接会話する人は稀なんですよ。」
「えっ。じゃあなんで私に話しかけたんですか?」
私だけ地獄行きとかいうのはやめてよね。
自分で言うのもなんだけど、私は運命レベルで悪い境遇に行きやすい。特別なことがあったら大抵悪い方向なのだ。
しかし、天使から放たれた言葉は私の想定外のものだった。
「あなたには別の世界で人生をやり直すチャンスがあるからです。」
「…………………………………別の世界?」
しばしの沈黙の末、私から出た最初の疑問はそれだった。
「ええ。あなたが生きていた世界以外にも、別の世の中があるということです。」
まあ天国があるならそういうのがあってもおかしくはない………のかな?
「その、やり直すチャンス?って言うのは誰にでもあるものなんですか?」
「いいえ。特別に選ばれた人だけです。具体的には、前世で輝かしい功績を残した人、自己犠牲の観念に基づいて善行を積んだ人、などですね。」
じゃあ尚更私が選ばれた意味が分からない。功績とも善行ともかけ離れた人間だぞ。
「あの、どうして私が選ばれたんですか?」
「ふむ。そうですね………少し待っていてください。確認します。」
天使は十秒ほど無言になっていたが、すぐに話を再開した。
「あなたが選ばれた理由、それは『パワハラとブラック残業に苦しめられ、一番辛い時期に唯一の友人に毒殺されたのがあまりにも不憫だから』、らしいですね。ま。あなたにチャンスを与えたのは別部門の天使なので、これ以上の詳細は聞かれても分かりません。」
「…………………………そですか。」
たしかに、文面だけで見れば最悪な最期だな。
私的にはミナセに殺されたことはむしろ気持ちを楽にしてくれたものなのだが、第三者から見たら可哀想な人だと思われても仕方がない。
「………つまり、救済措置的な感じで異世界に転生できるって話ですか?」
「端的に言えばそうですね。」
「…………でも、異世界だって辛いことがたくさんあると思います。せっかくの話ですけど、正直もう生きたくないです。」
私が転生できるのはラッキーな話だったのかもしれないけど、せっかく死ねたのだ。
もう社会という世界で苦しい思いをするのは嫌だ。申し訳ないけど断らせてもらいたい。
「何もなしに放り出すことはしませんよ。救済措置なのですから。」
「え?」
「我々は、ただ転生できるチャンスだけでなく、
「…………………………。」
言われてみれば、自分に才能があったら、と願ったことは過去に何度もある。
人間というのは、努力不足を自覚していたとしても環境や境遇のせいにしたがるものなのだ。わたしも例に漏れず、お金持ちの家に生まれてたら、とか、生まれつきの能力がもっと長けていたら、とかよく考えていた。
それが目の前にあるかもしれないのだ。
「でも、私なんかにそんなに至れり尽くせりなことしていいんですか?」
「あなたがただの社畜であればそのチャンスが生まれることもなかったでしょう。ですが唯一の友人に殺された、というのが可哀想ポイント大きめでしたね。」
んん?
私自身は別にミナセに殺されたことを恨んではいないし、悲しいとも別に思っていない。でも天使はそれを可哀想な事象だと判断した。本音に気づいていないということか。
つまり、私は運良くミナセのおかげで社会からログアウトでできた上、運良く憐れまれて特殊能力持ちで新たに人生にログインできるってことか?
だとしたらラッキーがすぎる話だ。
だが、今まで酷い目にたくさんあってきたのは確かだ。自分の不甲斐なさを加味しても、かなり不運で理不尽な境遇であったことには違いない。
少しくらい欲張って、幸運の恩恵を授かるのもいいことなんじゃないか?
どうせ全部終わったことなのだ。
私は天上に顔を向け、ゆっくりと深呼吸して口を開く。
「……………天使さん。そういうことなら、私を転生させてください。」
良いことがあるという確証もない。なんなら今だってただ夢を見ているだけの可能性すらある。
でも、なんであれ今の自分よりも悪くなることはないだろう、と勝手に思った結果この選択に辿り着いた。
平和と幸福が手に入れられる可能性を逃すのは勿体無い、そう考えてしまうあたり、案外私も未練があったのかもしれない。
「はい。次の人生に幸があることを祈ります。」
その言葉と同時に。私の意識が再び薄れていく。
真っ白な情景を頭に残したまま魂だけが抜け落ちていくような感覚の中で、そっと目を閉じた。
こうして私の第二の人生が始まった。
この時の私は知る由もない。
天使が言っていた『可能な限り整った環境』なんて、まるで無いも同じだったことに。
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転生した(元)社畜ケモ耳少女、幸せのために強くなる! 佐古橋トーラ @sakohashitora
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