転生した(元)社畜ケモ耳少女、幸せのために強くなる!

佐古橋トーラ

プロローグ

第1話 とある社畜、普通に死ぬ





 とある年の12月、私、登志原玲奈26歳はあっけなくこの世を去った。


 死因は友人に毒物を飲まされたことによる呼不全。

 人々が年末に向けて精を出す寒空の下、私は薄暗い部屋で命を終わらせた。


 思えば何も無い人生だった。

 社会人としてただ生きるのが辛いだけの時間を過ごして、何も得ず何も叶えずで全てを無に帰した。

  

 なんなら、ここで死ねてよかったとさえ思う。

 どうせこのまま生きていてもいいことなんて何もないのだ。墓場としてはここがちょうどいい。

 

 たった一人の友人に苦しめられている首元に気がつくことすらせず、私の意識は闇へと落ちていった。



 これは、社会から追い出された一人の人間が別の世界で生き残る、そんな話。



♦︎♦︎♦︎



「あのさぁ。もうあなた五年目だよね。こんなミス新人でもしないはずなんだけど。」


 必死に頭を下げる私の上で、直属の女性上司がため息をつく。その様子は焦燥というより呆れや苛立ちを多く含むもので、私の気持ちを余計に失落させてくる。


 たしかにミスをしたのは私だ。

 でも、毎晩徹夜させて仕事を急がせていたのは誰であったか、もう一度自分の頭に聞き直してもらいたいものだ。

 もちろんそんなことを言っても無駄だということは分かっているから口には出さないが。


「…………すみません。」

「すみませんじゃなくてさ。はぁ。もういいよお前。お前みたいな奴が先輩だと後輩も産廃になるからさ、明日から一年目と同じ扱いな。」

「……はい。」


 上司のねちねちとした嫌味、クレーマーに対する謝罪、何より何十連勤と続くブラック企業そのもの。

 最後に家に帰ってから、どれくらい日にちが経っただろうか。


 私の精神は限界に近かった。

 五年間もこの苦痛に耐えてきたのに、あと何十年も続くかもしれないとか、考えただけでも発狂したくなる。


 もはや明日仕事なのを憂うのではなく、明日の残業時間が一桁時間で収まることを祈っているレベルだ。最近は特に忙しくて一日10時間残業は普通だったからなぁ。


 ていうか一日の労働時間18時間って何?

 そんな生活が許されていいのか?

 健康で文化的な最低限の生活はどこに行ったんだ?

 あ、当たり前だけど仕事中の休憩時間は昼食の時間だけね。当然の如く昼食時間もほとんど残った仕事をやってるので実質ゼロ。


 仕事残業二時間睡眠仕事残業二時間睡眠仕事残業二時間睡眠仕事残業二時間睡眠 仕事残業二時間睡眠仕事残業二時間睡眠仕事残業二時間睡眠仕事残業二時間睡眠……………。


 権利はゼロ、責任は無限。

 給与は少々、労働は無限。

 なんなんこれ。

 

 労働基準法って何?

 美味しいの?


 

 そんな社会に嫌われた私だったが、今日は久しぶりに家に帰れることになった。明日も仕事はあるが、それでも四分の一日近くは自由な時間があるのだ。


 今更喜ぶようなことでもないが、それでも少しでも解放されることを思うと気持ちが落ち着いた。


「そうだ。ミナセ、あいつ何してるかなぁ。」


 帰り道、急に大学時代の友達と会いたくなった。

 小学中学高校大学のほぼ全ての友達とは疎遠になっていたが、大学の友達である北波ミナセとだけは連絡を取り合っていた。


 北波ミナセは変わったやつだった。


 いつも白衣を着て、自分の家の自室をラボにして何かの実験に勤しんでいた。

 大学時代の友達といっても、大学内ではほぼ会わず、彼女の家でよく会っていたのが懐かしい。

 他人に興味を持たないやつだったけど、私には何故かよく懐いてくれた。

 たまに研究成果も見せてくれたりもした。私にはさっぱりわからなかったけど、なんとなく不思議な彼女のことを友達がいない私は気に入っていた。口調はかなりきついし、結構傷つくこともバンバン言ってくるやつだけど、そういうところも嫌いではない。


 彼女は大学を卒業しても、実験室に篭るばかりで働いてはいない様子だ。

 

 現に、たまにメールで実験結果?みたいなのを写真で送ってくれる。今どきメールて。


 この日は、そんな彼女とせっかくだから顔を合わせてみたいと思った。


 

 まあまあ遅い時間帯だったが、行きたいという旨を伝えるメールを送ると『いいよ』とだけ帰ってきた。

 よかった。

 友達ってこういうときに心の支えになっていると言えるのかもしれない。流石に大袈裟かな。



 ミナセの家は私の家と近いので、帰り際にも訪れることができる。


 足を進めていくと、過去に何度か訪れたことがある一軒家が見えてきた。


 ここがミナセの家だ。

 本人曰く、親は亡くなっていて一人暮らしらしい。


 ピンポン


 とチャイムを鳴らすと、ミナセは十秒足らずで玄関の扉を開いてくれた。


「久しぶりだね。ミナセ。」

「…………ん、ああ。えーと。レイカ。」


 完全に名前忘れてたなこいつ。

 しかも間違ってるし。

 

 ミナセは相変わらずの白衣と眠そうな見た目で、大学時代よりもやつれているように見える。

 168センチの私よりも10センチ近く高い身長と、ボサボサになった髪が幽霊っぽさを際立たせていた。


「まあ入れよ。とくにもてなす用意もないけど。」

「ありがと。」

 

 なんだかんだ言っても、久々に会う友人というのはいいものだ。辛い日々が無くなることはないけど少しは気持ちの落ち着きにはなる。


「うわ。前と変わんないね。この部屋。」


 二階にある研究室も前とは変わらず、薄暗い電灯と怪しげな実験器具が散乱している。

 

「今ってミナセは何やってんの?」


 話は仕事のものに移る。

 実際はただ愚痴を聞いて欲しいだけだけど。



♦︎♦︎♦︎



「へぇ。そんなにキツいんだ。仕事。」

「…………まあね。」

「じゃあやめれば良くね?」

「そんなに簡単にいかないんだよ。転職って難しいし、仕事が決まるまで無職だし。」

「でも何もしないよりはマシだろ。」


 いかにも引きこもりみたいな見た目をしている癖に、ミナセは割と正論で私の社畜談を諭してくる。


 仕事変えろはその通りではあるんだけどさ。

 難しいんだよ、いろいろと。


「う…………………じゃあミナセはなんの仕事してるの?」


 断じて当てつけをしたいわけではないが、お前は社会の何を知っているんだ、と言いたくなってしまう。


「私?私は普通に研究者。スポンサーもいるぞ。」

「うぐっ………………!」


 なんと、私が知らないうちにミナセはちゃんとした研究者になっていたというのか。

 普通にすごいし羨ましい。


「はあ。もう死にたい。」


 最低な考えだが、ミナセの姿を見て安心したかった面があったのは事実だ。ほんとにごめん。

 でも、ミナセはちゃんと働いていた。


 私だけが社会の適合に苦しんでいた。


 もうダメだ。

 思考回路もクズだし、人間としての存在もガラクタ同然なんだ、私は。


「死にたいのか?」

「…………うん。」

「ホントに?」

「うん。」


 楽に死ねるならそれよりいいことはない。どうせ先なんてないんだ。明日になればまたパワハラ祭り、そして次の休みは遠い彼方。

 生きてても無駄だ。


「まあまあ、これ飲んでちょっと落ち着け。」


 私の頭をぽんぽんと撫でながらミナセが取り出してきたのは、赤と白のカプセル型の薬みたいなものだった。


「ん。ありがと。」


 絶望に塗れた未来を想像して失落していた私は、何の疑問も持たずにミナセが渡してくれた薬を口にして飲んだ。栄養剤的な何かだと思ったから。


 薬を飲んで数分も経つと、少し気持ちが落ち着いたのか、急激に強い眠気が襲ってきた。

 そう言えば何日もまともに寝ていなかったかな。睡眠不足なんて忘れてしまうくらい、私の人生は酷いものだった。


「……………ごめん。ちょっと眠いかも。」

「ん。じゃあちょっとここで寝ていけ。」

「いいの?ありがと。」

「ゆっくり眠れよ。」

「………………ん、5時になっても寝てたら起こして」


 最後にそう言った時には、すでに私は安眠の領域に旅立っていた。

 ミナセがいい奴でよかった。


「……起こすって何のことだろ。もう起きないのに。」


 ミナセがうっすらと呟いた言葉が、私の耳に入り込んでくることはなかった。



♦︎♦︎♦︎




 どれくらい時間がたっただろうか。

 あまりにも長い眠りに本能的に危険を感じたからか、私は目を覚ました。


 そこは真っ白で何も無い空間だった。


「…………………どこ!?」


 何時だ!?

 会社は!?


 意識がだんだん覚醒して、自分の状況を理解できるようになりようやく慌て出す。

 なんだここは。

 白い。

 真っ白だ。


 私の周りには、白くて何もない空間が端が見えないくらい続いている。


 なんか、意識もちょっとふわふわして不思議な感じ。


 いや、冷静に考えて、なんで私はここにいるんだ?


 確か…………そうだ、ミナセの家で眠ってしまったんだ。


 …………なおさらなんでこんなところにいるんだわたし。


「ようやく目覚めましたか。」


 自分の現状を整理するので頭がいっぱいになっていると、どこからともなく声が聞こえてきた。

 あわてて辺りを見回すが真っ白な景色が広がっているだけで誰もいない。


「ここに来てこんなに長い間眠っていたのはあなたが初めてですよ。よっぽどお疲れだったようで。」

 

 続いてさらに声が聞こえてくるが、やはりあたりには誰もいない。頭の中に流れ込んでくるような女の人の声だ。もちろん過去に聞き覚えはない。


「な、なんなんですかここ。あなたは誰なんです?」


 話が通じる相手かはわからないが、とりあえず何かを聞かないとなにも分からない。


「落ち着いてください。ここは冥界の根源地。あなたは死んだのですよ。」

「は」


 そうして、私は何の予兆もなく、人生を終わらせた。

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