部長会 (4)

 生徒会会議室に最後まで残ったのは、生徒会メンバーと結城さん、それに、途中から立ち尽くしていた吹奏楽部の部長だった。


「あの、生徒会長」


 吹奏楽部の部長は、やっと事態を飲み込めたようで、再び廉也に申し立てを行うべく、言葉をかけた。


 しかし、廉也はいたって落ち着いた所作で、吹奏楽部の部長に応じた。その瞳は、真っすぐに吹奏楽部の部長を射抜いていた。その瞳は、イケメンに許された熱い視線だった。


「何だい?」

「っ!」


 廉也のイケメンフェイスに見つめられ、吹奏楽部の部長は分かりやすく照れた。顔を赤くしながらも、意見を口早に述べた。


「さ、先ほどのプラネタリウムのバックグラウンドミュージックの件ですが、わ、私の一任では決められません。部員に話を聞いてみないことには……」


 まあ、当然だろうな。部長として部の代表者としてこの部長会に参加しているとはいえ、全ての責任を背負うには急すぎる提案だったからな。吹奏楽部の部長としても、一度、部員と相談して決めたいところだろう。


 しかし、廉也の思考はさらに先を行っていた。


「まあ、ちょっと考えてみてくれ。CDの単価は一枚でだいたい数十円といったところだろう。これをプラネタリウムの入場料込みで、そうだな、百円で販売したとする。格安だが、試算しやすくてちょうどいい。文化祭レベルの入場者が見込めるとして、千人は下らない。利益は単純計算で数千円から数万円は期待できる。譜面台を数台は新調できるって算段だ。おいしい話だと思うんだが、どう思う?」


 廉也はサラッと計算したが、その数字はかなり妥当なラインのように思えた。そう思ったのは俺だけじゃないようで、吹奏楽部の部長も思案顔になった。


「そう、ですね。いや、でも、私一人じゃ……」


 ブツブツと独り言を唱えながら考え出した。ここまでくれば、廉也の勝ちだろうな。俺は秘かに確信する。


「と、と、とりあえず、保留にしてもらえませんか? 私一人じゃ決められないので」


 吹奏楽部の部長は弱気に発言したが、廉也の言葉はその弱さを許しながらも、離さない。


「ああ。前向きに検討してみてくれ。だが、時間はあまりないぞ。天文部は今月中にはプラネタリウムを完成、展示を始めるつもりだからな」


 廉也から提案されるタイムリミットに、吹奏楽部の部長は愕然とした。


「こ、今月ですか? オリジナル曲を? それは流石に……」

「無理、ということもないだろう。コンクール用にこれまで作ったオリジナル曲があるのは知っているよ。『君からの着信』、『春のたい焼き』、『野球と汗』どれも素晴らしいオリジナル曲だ。それを再利用し、バックグラウンドミュージックとして使うのに遜色が無いレベルまで練度を上げてもらうだけだよ。可能だと思うが?」


 廉也の言う『君からの着信』他二曲はタイトルさえ聞いたことないのだが、おそらく吹奏楽部がこれまでに創ったオリジナル曲なのだろうな。廉也が褒めるからには、完成度は高いことが予想できる。


 廉也は確信めいて、吹奏楽部の部長をわずかに挑発するかのように発言した。そして、吹奏楽部の部長はこれに乗る。


「分かりました。やって、見せます。部員は私が説得します。生徒会長、プラネタリウムの利益の話、忘れないでくださいよ」

「ああ、感謝する」


 吹奏楽部の部長は勢いよく生徒会会議室を後にした。


 残された結城さんが、弱気に呟いた。


「何だか、大事になってきちゃいましたね……」


 不安なのだろう、大きな瞳が右に左に揺れていた。


「廉也。どうするつもりだ? 校外への公開は俺も結城さんも初耳なのに、吹奏楽部まで焚きつけて」


 俺の追及に、廉也は爽やかに応じる。だが、残念だが、俺にはそのイケメンは通じないぜ?


「虎守。案ずることはないさ。吹奏楽部が練習熱心なのはお前も知っているところだろ? 彼女たちなら完成度の高いプラネタリウムのバックグラウンドミュージックを完成させてくれるさ」


 廉也の言葉は既に何らかの確信を持っているようだった。俺はその顔立ちだけでなく、廉也の智謀知略にも一定の評価をしているので、ここは大人しく廉也の言葉に従ってみることにする。


「あのー。天文部もいつの間にか、プラネタリウム制作だけじゃなくて、語り部まですることになっちゃったんですけど……」


 結城さんがおずおずと尋ねる。これも当然の権利だ。だが、廉也は一層愉快そうに笑顔を向ける。


「それこそ杞憂というものだ。大丈夫だ。梨乃の声は綺麗だ。聞いていて不快に感じる者などいないよ」


 いや、気にしているのはそこじゃないだろ。もっと、星に興味を持ってくれるようなセリフ回しだったり、詳細を述べる星座や星雲の選定だったり、そういう内容的なところだろうが。


 しかし、イケメンに褒められた結城さんはぼっと顔から火が出たかのように赤くなった。


「わ、私の声が、綺麗だなんて……」


 雑な表現ではあるが、結城さんは割とアニメ声だ。容姿はクラスで五番目くらいだけれど、声だけは断トツでクラス一の美少女だった。寝る前なんかに聞きたくなるような甘い声で、詳しくはないのだがある声優さんと声が酷似しているらしい。クラスの男子と話題になったことがある。吹奏楽部のCDだけじゃなく、結城さんの語り部CDもそこそこ需要があるかもしれない。俺もちょっと欲しい。あとで掛け合ってみるか。


「まあ、全てはプラネタリウムが完成しないことには始まらないからな。梨乃、それに虎守、よろしく頼むぞ」


 えっ、俺もプラネタリウム制作に携わるの?


 文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、それよりも先に結城さんが俺の手を握った。


「よろしくね、五味君」


 うん、結城さんが笑顔なら、まあ、いいか。


 俺は結城さんの手を握り返しながら、「こ、こちらこそ」と返事を返した。




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お読みいただきありがとうございます。


面白い作品となるように尽力いたします。


今後ともよろしくお願いします。


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