部長会 (3)

 しかし、その承認ムードの中、スッと長い手が上がった。


「はい。生徒会長」


 凛とした声だった。決して大きな声量ではないけれど、会議室全体に響くような、そんな声だ。


「ん? どうした?」


 廉也はそのまま答弁の矢面に立ってくれるようで、俺としては楽ができて喜ばしいのだが、本当にこのまま任せて大丈夫だろうか?


 凛とした声の主は、席を立った。背が高く、銀縁のメガネからとても理性的な印象を受ける長い黒髪が綺麗な女子生徒だった。


「吹奏楽部です。同じ文化部として、天文部の予算増額は喜ばしい所ですが、私たち吹奏楽部予算案は一割の増額です。それに比べて天文部の増額は少し大きいと思うのですが?」


 確かに、全国大会に出場するという学園への貢献度という点では最大であろう吹奏楽部からすると、貢献度実績の低い天文部の予算増額は見過ごせない案件であったか。


 とすると、吹奏楽部の予算増額をさらに希望するのだろうか? とりあえずは、廉也に任せ、俺は事態を静観しよう。


 予想外の展開だが、廉也はいたって冷静に、吹奏楽部の発言を歓迎した。コイツ、本当に図太い神経しているな。


「いいところに目をつけてくれた。ありがとう。その通りだ。吹奏楽部はその実績も活動頻度も規模も、久保ヶ丘学園で一二を争う文化部だと言っていいくらい頑張ってくれている。ありがとう」


 廉也は何よりもまず、吹奏楽部の功績を褒め讃えた。この称賛に、吹奏楽部の部長は勢いを削がれたように、委縮した。


「い、いえ、それほど、でも……」


 しかし、廉也の言葉は止まることを知らない。まるでマシンガンのように吹奏楽部のこと褒め殺すべく言葉を紡いだ。


「先ほど吹奏楽部の予算案の時に、庶務の虎守から説明があったように、春のコンクールでは全国大会に出場、さらに部員は各学年十人以上。練習も昼休みに放課後と、毎日のように行っているな。音楽室と同じ階にある生徒会室まで、その活動は文字通り届いている。とても耳に心地のいいシンフォニーだ」


 べた褒めだが、廉也のようなイケメンが言うと本当に嫌味なく称賛しているように見えるので不思議だ。俺だとこうはいかないだろう。これが、イケメンか……。


 そして、廉也の話の矛先は急激にプラネタリウムの方へと向けられる。


「だから、だ。だからこそ、今回の天文部のプラネタリウム展示でもその腕を振るってもらいたいと思っていてね」


 ん? 吹奏楽部の話だったのに、急にプラネタリウムが出てきたぞ。


 疑問に感じたのは吹奏楽部の部長も同じようだった。


「えっ? プラネタリウム? 今は吹奏楽部の来年度予算案の話じゃ?」


 吹奏楽部部長の困惑ももっともだ。俺も、おそらく結城さんも、廉也の考えについていけていない。しかし、そのまま廉也は続ける。


「だからね。天文部のプラネタリウムも、天文部の部員による語り部の話だけじゃ寂しいだろ? だからムードのあるバックグラウンドミュージックが欲しいと思っていたところなんだ」


 おい、それは初耳だぞ。俺は視線を結城さんに移すと、おそらく、結城さんも初めて耳にしたのだろう、困ったように首を傾げている。バックグラウンドミュージックどころか、天文部の語りってところも初めて聞いたぞ。


「だから、予算案……」


 吹奏楽部の部長は話を自分のフィールドに持ってこようと声を絞り出すが、廉也の勢いに押されて、その声は届かない。


「そう、そこで吹奏楽部の折り入って頼みがあるんだ。オリジナルの楽曲を含む、演奏を録音したCDを作成してほしい」

「し、CD、ですか?」


 吹奏楽部の部長は目を丸くした。いや、俺も結城さんも目を丸くした。CDだって? そんなもの、どうするんだよ?


「そうだ。CDだ。なに、悪いようにはしないさ。プラネタリウムの展示とともにバックグラウンドミュージックを収録したCDの販売を行おう。全国大会に出場するレベルの吹奏楽部の演奏。お金を払ってでも聞く価値があると、僕は思っている。もちろん、利益の大半は吹奏楽部に還元する。確か、譜面台がかなり古くなっていたな?」


 音楽室なんてほとんど行かないはずなのに、なぜだか廉也は吹奏楽部の内情に詳しいようだった。まあ、こういう情報収集能力の高さは前々から評価していたところなので、俺としては驚くこともないのだが。


「ええ、まあ。譜面台はかなり昔から使っているので、結構ガタがきているのは事実ですけど……」


 吹奏楽部の部長の弱気な事実確認を同意と取ったのか、廉也がパチンと指を鳴らした。


「決まり、だな。では、吹奏楽部もプラネタリウムの展示に協力してもらうという方針で行こう。梨乃、それでいいな?」


 急に話を振られた結城さんは、戸惑いながらも廉也の考えに同意する。


「わ、私は吹奏楽部が協力してくれることは喜ばしい、です、けど……」


 廉也の強引な口調に、吹奏楽部はまんまとプラネタリウムの展示に協力する羽目になってしまった。


「まあ、他にも協力を仰ぎたい部活動は多いのだが、それはまた別の機会に頼むとしよう!」


 廉也は吹奏楽部部長の意見をサラッとまとめ、他の部活動を牽制した。どこの部活動も、本職以外に余計な活動に時間を割く暇はあるまい。吹奏楽部の人には申し訳ないが、人身御供になってもらおう。


 廉也のことだから、美術部や放送部、それにアマチュア無線部なんかは広報の手立ての一つに活用するかもしれないな。運動部だって、垂れ幕でも持たせて校外を走らせるかもしれない。本当に、無茶苦茶やる生徒会長だからな、廉也は。


「では、これで反対意見も出尽くしたようだ。虎守、部長会の締めを頼む」

「お、おう」


 廉也は最後にパンとひと際大きく手を叩くと、俺を指名した。俺は急に話を振られたことにちょっとだけ動揺したが、部長会の予算議論を締めるべく、声高に宣言する。


「……これで、来年度予算案に関する部長会の議論を終わりたいと思います。以降、予算に関する議論は原則禁止です。必要な場合は生徒会庶務の五味を通して申し立てを行ってください。ここで議論された内容は、今週開かれる職員会議の議題になり、そこを通過次第、正式に決定となります。生徒会庶務からは以上です。会長、部長会の閉会の挨拶をお願いします」

「うむ。これで、来年度予算案に関する部長会を閉会する。各部のこれからますますの発展を祈る。以上だ。解散!」


 廉也の掛け声で、部長会は閉会となった。各部長はざわつきながらも、思い思いに生徒会会議室を後にする。

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