部長会 (2)

 おい、廉也。どう収拾をつけるつもりだ?


 俺は心配そうに廉也に視線を送ると、あろうことか、廉也は俺に向けてウインクを一つ飛ばしてきた。うへえ、いらねえ。


 だが、廉也はウインクを飛ばせるくらい冷静だということは分かった。ならば、もう少し廉也に任せてみるか。


「まあ、他の部長の皆さんの意見もごもっともだ。そのため、生徒会から天文部にさらに追加で要望がある」


 廉也は再び結城さんに何かを要求するようだ。しかし、結城さんにとってもこれは寝耳に水の事態である。俺だって聞いていない。


「そんな。生徒会長、私、聞いてません」


 結城さんは慌てた様に再び席を立ち、廉也の言葉を遮った。


 廉也はあくまで余裕たっぷりの表情を崩さない。これも、廉也にとっては筋書き通りの展開なのだろうか?


「ふふ。簡単なことだよ、梨乃」


 こら! こんな公の場で女子を下の名前で呼ぶな。変な噂が立ちかねないだろうが! 廉也のことはどうでもいいが、結城さんに迷惑がかかる可能性があるだろうが!


 廉也は結城さんの方を向いて、その、簡単なこと、について説明する。


「例の予算増額の原因たるプラネタリウムの制作、それと展示について、校外の人にも公開すること。それが条件だ」


 校外の人にも公開? ということは、文化祭以外でも校外の人にアピールする場を設けるということか?


 確かに、プラネタリウムの展示は学園外へのアピールにはもってこいの案件だ。


 それに制作する手間を考えると、それ相応の発表の舞台としても十分だと言える。久保ヶ丘学園は中等部と高等部を合わせて二千人近くが通っているが、こういった展示に興味を抱いてくれるのはその一部の人間だけだ。それは校外の人を対象にしても同じだろう。それならば、母数は多ければ多いほどいい。学園の外まで公開することになれば、かなり多くの来場者を見込めるはずだ。


 廉也はそこまで深くこの予算増額について考慮していたのかと驚いた。驚いたのは俺だけじゃないようで、結城さんも大いに動揺した。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。生徒会長。校外の人に公開? えっ、校外? どういうこと?」


 慌てる結城さんに、廉也はゆっくりと言葉を繋いだ。


「梨乃。ひとまず、落ち着け」


 廉也の目がキラリと光ったように見えた。その視線を受け、結城さんは徐々に落ち着きを取り戻したようだ。その様子を見て、廉也はさらに詳細にプラネタリウムの校外展示について述べる。


「既に展示期間、それに場所の目星はつけているし、市役所の広報課にも話はつけてある。後は、プラネタリウムが無事予定通り完成すればいい」

「も、もし、完成しなかったら?」


 結城さんが弱気になって尋ねた。


 しかし、廉也は涼しげな表情で結城さんの質問を流した。


「大丈夫だ。プラネタリウムは完成するさ」


 何を根拠に、そして偉そうに言っているんだ?


 流石に今回の手回しは行き過ぎじゃないのか? 不安要素が多すぎるような気がするのだが。


 それに、校外に公開するレベルとなると、ちょっと大事じゃないか? 今までの規模感よりもずっと大きな規模で動くことになるだろ? 大丈夫か?


 この部長会において、結城さんと俺だけは廉也の発言に困惑した。一方の野球部部長は、もう八割方説得が完了しているように大人しかった。


 そこに、廉也が最後の一押しとばかりに運動部全体を牽制するような言葉を重ねた。


「運動部と違って文化部は大会等の校外へのアピールの場が少ないからね。こういった活動は非常に学内外にとって効果的だと、判断しているよ」


 確かに、運動部は各季節に大きな大会が催されることが多い。それは公に学園のことをアピールする絶好のチャンスだ。それに比べると、文化部のコンクールの開催頻度は少なく、アピールの場はその分減る。例えば天文部なんかは、俺の知っている限りだと、その身につけた地学の知識を披露する場所など無い。そのため、予算案には大会参加費などという名目は当然、無かった。


 しかし、今発言している野球部にしろ、久保ヶ丘学園の運動部は総じて大会成績が悪い。精々、大会一回戦負けか、二回戦負けがいいところだ。真面目に練習しているのに、この成果は本人たちにとっても不本意だろうが、揺るぎない事実なのは他ならない。学園への貢献度、その一点に関して、運動部は紛れもなくポイントが低いのだ。


「野球部も、来年度こそは春、そして夏の甲子園出場を期待している」


 ああ、廉也が調子に乗って言わなきゃいいことまで言っている。それはほぼほぼ嫌味だ。これじゃ、野球部の感情を逆なでするだけだ。


「ま、まあ、な。言われるまでもない」


 野球部部長は廉也の言葉に、たじろぐ。良かった。野球部部長が短絡的な思考の持ち主じゃなくて。人によっては喧嘩に発展してもおかしくないやり取りだぞ、廉也。


 いや、廉也は本気で万年一回戦負けのうちの野球部が甲子園に行けると信じているのかもしれない。いつだったか、グラウンドの野球部の練習を見ながら、廉也は言っていた。「そうか……。惜しいな。今年の野球部はちょっとやるぞ」と。しかし、まあ、野球経験のない廉也の言葉だから、やはり、にわかには信じられないがな。


 廉也はクールに説明を続ける。


「それに、だ。増額といっても運動部の予算平均に比べると、まだまだ開きがある」


 運動部は消耗品の購入の他に、大会への遠征費や合宿費なんかを請求するため、運動部よりも比較的高額の予算が割り振られている。野球部も例にもれず、文化部のほとんどの予算よりも高額の予算案が承認されたばかりだ。


「さて、このあたりを落としどころにしてくれないか?」


 絶対的、相対的な予算の落としどころとして、廉也は野球部部長に答えた。


「ぐぬ。まあ、校外にアピールすることで学園に貢献する、という条件であれば、納得するしかない、です」


 野球部部長は本当に不本意といった渋い顔だが、納得してくれたようだ。ゆっくりと腰を下ろした。


「決まりだ。他の部長も異論はないな?」


 渋々といった感じだが、部長会全体の空気として天文部の予算増額は受け入れられたようだ。

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