部長会 (1)

 翌週月曜日の放課後。来年度予算案に関する部長会が生徒会室の隣の教室、生徒会会議室で行われていた。


 各部の部長が集まり、来年度予算案に関する議論を行っている。既に、部長全員に各部の予算案に関する資料は配布している。生徒会主導で会議は進められているが、喋ているのはほとんど俺だけだ。残りの生徒会のメンバーは廉也も含めてオブザーバーのような立ち位置で参加している。まあ、予算案自体、俺がほとんど処理したので当然と言えば当然なのだが。


 部長会は二部構成にしており、第一部に運動部の予算案を議論し、休憩を挟んだ後、第二部で文化部の予算案を議論する手はずになっている。


 既にほとんどの部活の予算案の議論は終わり、あと二つ、アマチュア無線部と天文部を残すところとなった。


 廉也の提案で、一番問題が起きそうな天文部は文化部の最後になるように順番を調整したのだ。


 ちなみに、アマチュア無線部は実のところ全国大会に出場するほどの実力を有しており、部員の増減もほとんどないため、一割の増額である。このマイナーな部活が、思ったよりも活躍している事実については、他の部長も知らなかったらしく、非常に関心が集まっていた。


「それでは、アマチュア無線部の予算案について、異議がある方は挙手をお願いします」


 しかし、当の予算案については、ほとんどの部長が議論を左から右に聞き流している。まあ、生徒会がアレコレ調整した予算案であるため、それほど強い反発もなく、許容されていく。


「異議申し立てがないようですので、アマチュア無線部の予算案はこれで部長会承認となりました」


 パチパチパチとやる気のない拍手が響いた。これも、形式だけのもので、参加者が心の底から敬意を払っているわけではない。


 その拍手が止んだ頃合いを見て、俺は次の、そして、最後の部活の予算案について議論を進めた。


「それでは、最後に、天文部の予算案ですが……」


 しかし、天文部の話になったところで、整然とならんでいる部長の群れの中から、突如として手が挙がった。


「はい! 異議あり!」


 俺は挙手をした部長を制止し、発言を抑制する。


「待ってください。まだ議論の時間ではありません。まずは、予算案の内容確認を行います。手を下ろしてください」


 俺の厳しい言葉を受け、挙手をした部長は不貞腐れたように手を下ろし、手元の資料に目を落とした。


「天文部ですが、部員の増減はほぼほぼ変動がない見通しです。しかしながら、前例のないプラネタリウムの制作、展示という活動を行うことを提案されまして、生徒会はこれを承認しました。その結果、来年度の予算は増額になっています。この増額した予算ですが、生徒会から前借りと言う形で今年度の予算を融通し、プラネタリウムの制作にあてることになりました。これについて、天文部部長、結城さん、間違いはありませんね?」


 俺は結城さんに発言機会を与え、同意を求めた。


 結城さんは固くなりながらも、立ち上がり、俺の言葉をそのまま引用した。


「はい。生徒会から前借りと言う形で今年度の予算を融通してもらい、プラネタリウムの制作に取り掛かる予定で間違いありません」


 結城さんは発言を終えると、再びちょこんと腰を下ろした。


 結城さんの発言に、部長会がざわざわと騒めいた。


「おい、マジかよ」

「天文部だけ……」

「ひいきじゃ……」


 口々に囁かれる言葉は、どれもネガティブなイメージのものばかりだった。ふと結城さんの方に目をやると、結城さんは消えてしまうんじゃないかというくらいに委縮していた。


「お静かに、お静かにお願いします。それでは、天文部の予算案について、異議がある方は挙手をお願いします」


 先ほど、手を挙げた部長が、ここぞとばかりに再び手を挙げた。他の部長たちは不平を口にこそしたが、手を挙げるほどではないようだ。俺はその挙手している部長を指し、発言を許可する。


「どうぞ」


 俺が指した部長は勢い良く立ち上がった。坊主姿が眩しい、長身の男子生徒だった。学生服を第二ボタンまで外し、随分とラフに着ている。


「野球部部長です。生徒会庶務さん。早速の異議申し立てで恐縮だが、なぜ天体部の予算が増えているんだ?」


 食いついてきたのは予算を一割減らされた野球部部長。その様子は、ちっとも恐縮などしていない。堂々たる批判だった。


 まあ、当然だな。学園への貢献度を考えても、天文部はそれほどアピールできるポイントがない。それにも関わらず、予算を上げたとあれば、反発が起きるのは必然だ。他の部長の不平も似たようなものだろう。


 俺が答えようとした矢先、廉也が俺を手で制しながら立ち上がり、前に出た。れ、廉也で大丈夫か?


 その予想できた反発に対し、廉也は至極当然のように回答を提示する。


「天文部、特に部長には生徒会が抱えていた問題をいくつか処理を手伝ってもらってね。電気部、陸上部、それと手芸部の問題だ。お世話になった者もここに出席していることだろう」


 今日の部長会の出席率は百パーセントだった。電気部の日高君は文化部の並んでいる集団の末席に、陸上部部長の安藤君は運動部の一番前の席に、手芸部部長の藤田さんは文化部の角の席に、それぞれ着席しているのを確認している。


「その貢献を認め、来年度の予算案、および今年度の予算について、いくらかを生徒会が負担することになった」


 廉也の受け答えは野球部部長のそれと同じく、非常に堂々としたものだった。


「それこそが不正や贔屓じゃないか!」


 しかし、この廉也の答弁に、野球部はさらに言葉を荒くした。イケメンの廉也も、同性である坊主頭の野球部部長にはそのイケメンフェイスは逆効果のようだ。


 厳しい指摘だ。確かに、野球部部長の言葉はもっともだった。だが、結城さんが生徒会の問題に貢献してくれた事実もまた、軽視すべきことではない。特に、問題を一緒に解決した俺からすれば、見ず知らずの野球部なんかよりも、結城さんの味方をしたくなるもんだ。


 廉也は努めて冷静に、議論を進める。


「静粛に。まあ、そう騒ぐことはないだろう」


 しかし、野球部部長の熱は冷めない。より一層言葉を強めて、廉也に抗議する。


「いや、生徒会直々に予算を融通するのはひいきだ! そんなものは認められない!」


 野球部の発言に、他のいくつかの部長も口々に「そうだ!」「不公平だ!」と声を上げた。部長会はにわかに騒がしくなった。


 当人である結城さんも肩身が狭そうに縮こまっている。

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