プラネタリウムの価値 (4)
廉也はパンパンと手を二回叩いた。それを契機に、小原さんと波川さんが廉也に注意を向けた。
「ほら、梨乃が帰ってくる前に、話を進めておくぞ。……由紀恵は電気部に流れ星の投影機を作りに行った。流れ星の投影機については由紀恵に一任しよう。上手く進めてくれるはずだ。そして、雪花!」
小原さんは急に名前を呼ばれて背筋をビクッと震わせた。
「雪花は手芸部に暗幕と布テープの手配を。特に、布テープを何個提供してくれるか聞いてきてくれ。次に、真美!」
波川さんも「私っすか?」と頭に疑問符を浮かべながら廉也の言葉を聞いた。
「ああ。真美は陸上部女子にどれくらいの人数を割いてくれるか交渉してきてくれ。多ければ多いほどいい」
廉也はテキパキと指示を出すが、その指示に、俺を含めた三人はただ人形のように聞き流してしまう。
これが、廉也か? まるで別人のような手際の良さじゃないか。普段からもっと仕事ができるのかもしれないな。よし、俺の庶務の仕事を適当に廉也に割り振ってやろう。いや、でも、コイツに全部任せるのはやっぱり不安だな。
「ん? どうした? ほら、各自に割り振った仕事に向かえ。梨乃は小一時間もせずに帰ってくるぞ。それまでに済ますんだ」
廉也のパンパンと手を叩きながら、俺たちの行動を促した。それを聞いて、小原さんと波川さんはそれぞれ生徒会室を出て行った。生徒会室には、俺と廉也だけが残された。
「それで、廉也。俺を残したのには理由があるのか?」
「虎守。僕だって万能じゃない。手駒を持て余すことだってある。そうだな……とりあえずは、これを頼む」
これと言って廉也が俺に差し出したのは、この前と同じ空になったコーヒーカップだった。
「俺に? 洗えと?」
「ああ。頼む」
自分でやれよ、と言ってやりたかったが、自信満々に手渡されてはそう突っ返すのも格好悪い。ここは廉也の一連の手腕を讃え、洗い物くらいはやってやるか。
「はあ。分かった」
廉也のコーヒーカップを洗うついでに、結城さんが途中まで口をつけた紙コップも中身を流しに、コップをごみ箱に捨てた。
廉也は会長席に座り、一仕事終えたかのようにくつろいでいる。まあ、今回ばかりはその偉そうな態度も多めに見よう。
「虎守。新しいコーヒーを頼む」
おい。洗うだけじゃなかったのかよ!
俺は渋々、廉也の頼み通り、コーヒードリッパーに挽いた豆を入れ、コーヒーを淹れてやる。ただし、精一杯の抵抗としてかなり薄めのアメリカンコーヒーにしてやった。ざまあみろ。
などと、なけなしのプライドを保っていると、生徒会室に早くも帰ってきたのは波川さんだった。
「真美。ご苦労。それで、陸上部女子は何と?」
「大会は当分ないらしいので都合がつく限りは協力してくれるって言ってたっすよー。あ、五味センパイ、私もコーヒー欲しいっす。砂糖多めで」
と言うことは、人手の問題はクリアされたと思っていいみたいだな。陸上部、人多いし。足りないってことはなさそうだ。
波川さんの分はちゃんと濃いめに淹れてあげた。もちろん、砂糖とミルクたっぷりだ。
「ありがとうございますっす! ふうーふうーふうー」
波川さんは猫舌なのか、呼気を強く当て、コーヒーを冷ましていた。
そんなほのぼのした空気を味わっていると、再び生徒会室の扉が開いた。今度は小原さんだ。
「雪花もご苦労。手芸部はどうだった?」
「手芸部で使っている布テープはストックがかなりあるので、プラネタリウム制作に融通するのは問題ないそうです。それと、暗幕ですが、既に手芸部で作ったものがあるらしく、それを貸し出してくれるそうです」
「そうか。それなら問題ないな。後は……」
廉也が言葉を続けようとしたところで、生徒会室の扉が勢いよく開かれた。
「会長ー! 流れ星の投影機制作まで五日、いや、四日。四日猶予をください!」
工具片手に現れたのは、どこから調達したのか、作業着に身を包んだ鳳さんだった。既に機械油で汚れていて、作業着の美少女というミスマッチは、これはこれで趣がありそうなスタイルだった。「こんなこともあろうかと!」なんてサプライズ兵器を開発してくれそうだ。
「……由紀恵。四日どころか、十日は猶予がある。しっかり、じっくり、ミスの無いように制作してくれ」
「わっかりましたー。それでは、私は電気部に戻ります。後はよろしくお願いします」
鳳さんはまるで台風のようにせわしなく生徒会室を後にした。上品な後輩だった印象はすっかり消え失せ、生き生きとしていた。
その静かになった生徒会室に、ノックの音が響く。
鳳さんと入れ替わりで入ってきたノックの主は、結城さんだった。
「予算案の再計算、出ました。見てよ、五味君。さっきまでの予算案から大幅に削減したから」
「どれどれ、拝見しましょう」
予算……おおっ、確かに減っている。しかし。
「それでも、蓄光塗料の代金はしっかり予算アップだね」
「そ、そうですね。そこは削減できませんでした」
とは言え、元々の予算案に比べると俄然現実的な金額に落ち着いた。これならば、生徒会の予算から融通することも可能なレベルの金額だ。
「廉也、確認を頼む」
俺は予算案に目を通し終えると、それを会長席の廉也に手渡した。結城さんはソワソワと落ち着かない様子で事態を見守っている。
「うむ。……まあ、妥当な金額だな」
廉也の言葉は少なかったが、それは結城さんの思いを肯定するものだった。
「やったよ、五味君!」
結城さんは俺に飛びつかんばかりに喜んだ。俺は両手を上げて結城さんの喜びを受け止める。
「良かったね、結城さん」
俺の掲げた両手の意味を察した結城さんが俺に近寄って、俺の両手に自分の両手を叩き合わせた。いわゆるハイタッチってやつだ。
俺と結城さんはここ数日、問題解決を共にしただけあって、クラスメイト以上には仲が深くなったと自負している。
そんな俺たちを見ながら、廉也は「ゴホン」とわざとらしく咳をした。全く、人が喜びに浸っているのに水を差すなんて何て奴だ。あ、生徒会長か。
「虎守、それと、梨乃。まだ最初の関門がクリアされただけで、まだまだプラネタリウムの完成までは遠いぞ」
「はい! 生徒会長! それで、次は何をすればいいんですか?」
「まずは、この予算アップについて、次の部長会で妥当な説明をしてくれることを期待する」
そう言えば、部長会のことをすっかり忘れていた。他の部活動の予算の増減についても俺が説明する必要があるんだった。
「虎守、全ての部活の予算案には目を通した。お前の判断通り動いていい。部長会をはじめとする説明は任せる。責任は僕がとる」
おおっと、責任は廉也がとるときたか。大言壮語も極まれりだ。だが、ここまで言い切られてしまっては、俺も半端な仕事はできない。
「ああ。任せろ。部長会程度、難なくこなして見せるさ」
「期待する。では、梨乃。既に動いている由紀恵を除き、プラネタリウム制作は来週の部長会の後からということで頼む」
「はい。ありがとうございました、会長」
結城さんは今まで以上に頭を深々と下げ、嬉々として生徒会室を後にした。
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お読みいただきありがとうございます。
面白い作品となるように尽力いたします。
今後ともよろしくお願いします。
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