プラネタリウムの価値 (3)

「よし。梨乃。人手の方も何とかなりそうだ。他に懸念事項があれば、今出し切ってくれ」

「あ、ありがとうございます。後は……材料でしょうか?」


 結城さんの心配は、より具体性を帯びたものになってきた。これは問題が現実味を帯びてきたことなので、非常に好ましいことだろう。


「流れ星の投影機を電気部が準備してくれるのであれば、あとは天球を模す材料とそれに星を表現する塗料なんかを準備する必要があります」


 結城さんはしっかりと自分の意見を述べた。


「天球か? さて、何で作るんだ? さっきの虎守の言葉を参考にするなら、段ボールか布かになると思うが?」


 俺の名前が呼ばれ、心臓がキュッとした。廉也、急に名前を呼ばないでくれ。ドキッとするから。いや、トキメキじゃなくてただの動悸だ。


 結城さんは再び考える様に眉間に皺を寄せた。


「えっと……正直、どちらがいいのか私には決められません。どちらも良い所と悪い所があると思いますし」


 しかし、廉也の追及の言葉は止まらない。より結城さんの意見を求める様に、甘く囁く。


「じゃあ、そこを明らかにするところから始めようか。まずは、段ボールの良さと悪さは何だい?」


 それが妙に艶っぽいが、同性の俺からしたら気持ち悪いにもほどがある。しかし、結城さんはどこか夢心地のようで、廉也の言葉に乗せられるように答える。おい、この顔、本当に大丈夫なんだろうな? 何か、艶っぽいというか、メスっぽい顔になっているんだが。これが、イケメンの力なのかっ!


「段ボールの良さは何より安価なことだと思います。それに、軽いので持ち運びも楽です。逆に、悪いところは強度でしょうか?」


 結城さんの言葉に、廉也は満足そうに笑みを浮かべた。その笑みは、やはりイケメンにだけ許された表情だった。俺が真似したところで、滑稽にしか見えないであろう微笑を、廉也は完璧に身につけていた。ドブ川をきれいな水に変えてしまいそうな輝ける顔だった。


「そんなところだろうな。じゃあ、布はその反対だな?」

「そうですね。光を通さないような厚みのある布……遮光の布は値段が高くなりそうですし、重そうです。その代わり、厚みがある分丈夫そうです」


 結城さんは廉也に操られるように言葉を繋いだ。おい、大丈夫なんだろうな、廉也? 結城さん、ポケっとしてるぞ。しっかり、結城さん!


「それじゃあ、梨乃。今、大事なのは何だ?」

「やはり、制作費を抑える事でしょうか?」


 廉也はパチンとわざとらしく指を鳴らした。その瞬間、結城さんは弾かれた様に正気に戻った。


「はっ! あれ? 今、私、何を話して? ねえ、五味君?」


 未だ状況を把握しきれていない結城さんを他所に、廉也はこの議論のまとめに入った。


「決まり、だな。天球は段ボールで制作しよう!」

「へ? 段ボール? 何で? それに、段ボールだけで強度は大丈夫でしょうか?」

「布テープで補強すれば、数年くらいは使えるだろう。雪花、布関連は手芸部のお家芸だが、何か聞いていないか?」


 廉也は成り行きを見守っていた小原さんに話の矛先を向けた。


「えっと、暗幕や布テープなんかは手芸部に頼れば提供してくれるらしいですよ。……って、あれ? 私何でそんなこと知っているんだろう?」


 小原さんの記憶が混濁しているということは、あの災難の中でそんな話を耳にしたのだろうな。しかし、廉也はそんな些細なことはスルーした。


「よし、梨乃。今までの情報を元に、もっと具体的かつ経済的な予算案を算出してみてくれないか?」

「わ、分かりました。えっと、必要な資源は……あれ? もしかして段ボールと蓄光塗料だけ?」


 廉也は再びパチンと指を鳴らし、そのまま人差し指で結城さんの胸のあたりを指した。


「だろうな。段ボールは職員室に行けば廃棄されるものがあるはずだ。後は夜空を模すために、黒いペンキで塗るか、黒い厚紙を張ればいい。残るは蓄光塗料だが、これは流石に新しく購入すべきだろうな。これで予算案も現実的なレベルに落ち着かせることができるだろう?」


 廉也はビシッと結城さんを指さしながら、自分の長い髪の毛をたくし上げる様にポーズを決めた。


 そのポーズに俺はツッコミを入れたかったが、当の結城さんは実にありがたそうに頭を下げたので、俺は言葉を飲み込んだ。


「ありがとうございます。今からホームセンターで値段を聞いてきます。予算案は今日中にもう一度提出します」


 結城さんは立ち上がり、学生カバンを片手に生徒会室を飛び出していった。あ、カタログ!


「結城さん! カタログ、忘れてるよ!」

「ああ、五味君。ありがとう。えへへ」


 結城さんはペロッと舌を出しながら、生徒会室に戻ってきた。そして、俺からカタログを受け取ると、そそくさとそれを学生カバンにしまった。


「じゃあ、行ってきます」

「気をつけて」


 結城さんは再び脱兎のごとく生徒会室を後にした。


 残されたのは、廉也に俺、それに、まだポカンと事態を静観していた小原さんと波川さんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る