プラネタリウムの価値 (2)
これは結構、いい考えを提供できたんじゃないかと、心の中でほくそ笑んでいると、廉也が俺を制するように手を伸ばし、カタログを押さえた。おい、やめろ、結城さんのカタログに皺が寄るだろ。それに、俺に体重をかけるな。気色悪い。
「虎守。結論を急ぐのは良くないぞ。まあ、少し考えてみようじゃないか。梨乃は? 梨乃はどうしたいんだ?」
くそう。いちいちセリフが気障っぽいが、それが似合ってやがる。
梨乃は……いや、心の中でも呼び捨てはちょっと照れ臭いな。廉也はよく臆面もなく言えるな。すげえ。
梨乃改め結城さんはちょっとだけ戸惑ったように言葉を濁した。
「そうですね。五味君が提案してくれたようなプラネタリウムでもいいんですけど……」
「けど? どうしたんだ? 梨乃の考えを素直に話してくれ」
廉也は優しく、強く、結城さんに言葉を促した。
結城さんは強い意思を秘めた瞳で答える。
「ちょっとだけこだわりがあるんです」
「ほう……。梨乃、それでそのこだわりっていうのは?」
梨乃梨乃と、気安さに拍車がかかってやがる。廉也がグッと結城さんの顔を覗き込みながら尋ねた。オイオイ、顔が近いぞ。顔が。
「……プラネタリウムで、流れ星を見せたいなって、思ってます」
しかし、廉也のイケメンフェイスに臆することなく、結城さんは思いのたけを告げた。
流れ星? プラネタリウムで?
「流れ星か。それは蓄光塗料じゃ表現できないな。投影機が必要になるだろう」
廉也が冷静に意見を述べる。確かに、その通りだろう。蓄光塗料は動かすことが難しいから、時間経過による星空の移ろいを再現するのは困難だし、流れ星のように高速で移動するのはもっと難しいだろう。
そんな俺たちの議論を聞いていた鳳さんが名乗りを突如として挙手、起立して声を上げた。
「はい! 投影機ならお任せを! 私が所属した電気部にとっては、投影機の制作など既存の機材で間に合わせて見せます!」
鳳さんはムフーッと鼻息荒く宣言した。
た、頼もしい。確かに、洗濯機のモーターが部室に転がっているような電気部であれば、投影機に必要そうな機器は調達できるかもしれない。
しかし、本当に技術的に可能なのだろうか?
「これは腕が鳴りますよー。まずはレーザーポインターを分解してその仕組みを量産して。それから流れ星の実際の動きをできるだけ正確に再現して。うふ、うふふふふ」
訂正だ。鳳さんなら技術的に不可能でもやってしまいそうな気がする。この子ってこんなキャラだっただろうか?
鳳さんはこれからの作業を考え、一人悦に入っている。近寄りがたいし、そっとしておこう。こんな熱心な部員がいると、電気部部長の日高君も苦労しそうだな。
「こうしてはいられません。私、早速、電気部の部室に行ってきます!」
言うや否や鳳さんは学生カバンに机の上に広げていた荷物をまとめると、疾風のように生徒会室を後にした。
鳳さんが去った後、結城さんは弱気に尋ねてきた。
「あの……本当に頼りにして大丈夫なんでしょうか?」
しかし、これも廉也の計算のうちなのか、余裕たっぷりで廉也は答えた。
「ああ。由紀恵と電気部のノウハウがあれば大丈夫だろう。さて、梨乃。これで流れ星の投影機は何とかなりそうだが、他に懸念点はないか?」
まさか、廉也め、これを見通して電気部にコネクションを作ったのか? もしそうならとんでもない策士だな。いや、せいぜい小悪党か。
「そ、そうですか。うーん」
結城さんはプラネタリウム制作に他に何が必要か深く考えるように頬に手を当てた。
「うーん……人手、ですか?」
「人手か……すなわち部員か? 確か、天文部の部員は十人くらいだったな?」
廉也にしてはよく部活の活動状況を把握していた。確かに、三年が引退した天文部の部員は十人にわずかに足らないくらいの人数だった。それでも、全部活動の中では中堅ほどの活動規模だった。
「はい。でも、全員がプラネタリウム制作に関われるかと言うと、ちょっと難しくて……」
確かに、部長である結城さんがそもそも電気部と兼部することになったし、他の部員も状況はそう大きく変わらないだろう。結城さんの活動頻度でさえ週二回と言っていた。他の部員もそれくらいだとしたら、一日の部活動に参加するのは四人程度か。当初の計画通り、今月中にプラネタリウムを完成させると言うのであれば、人手は圧倒的に足りないな。
俺と同じ考えなのか、廉也が答える。
「なろほど。それに、プラネタリウムの天球は大掛かりなものになるだろうから、移動させるのにも人数が必要になるな」
しかし、本当のところ、廉也が俺の考えているのと同じレベルで思考しているかは謎だ。コイツ、とんでもないことをサラッと考えていたりするからな。
「そうですね」
「だな」
結城さんと俺がうーんと唸っていると、今度は波川さんが手を挙げた。
「あー、人海戦術が必要なら陸上部女子が手を貸してくれるらしいっすよ」
「どうして、陸上部の女子が協力してくれるの?」
俺たちが生徒会が抱える問題として取り組んだのは陸上部男子のものであって、女子は関係がなかったはずだ。もっとも、その問題の解決手段はちょっと声高には言い辛い方法だったのだが。
しかし、波川さんはそんなことまったく気にしていないように答える。
「何でも、陸上部男子の悪しき歴史に幕を引いた生徒会と結城さんには恩があるとか先輩方が言ってたっす。よく分からないけど、私、褒められたっすよー」
悪しき歴史、ねえ。『お宝』は陸上部女子の間ではすこぶる不評だったようだ。俺も興味あったんだけどなあ。特に三好先輩が膝から崩れ落ちるほど愛したアリサちゃんのこととか。あの後、秘かにアリサちゃんのことを調べたが、確かに時代を感じるものの、間違いなく絶世の美少女だった。あのアリサちゃんが出演していたビデオがあるのなら、一度くらいはお目にかかりたいものだ。息子もお世話になりたがっている。
しかし、陸上部と言うと、運動部でも一二を争うほどの部員数がいたはずだ。その半分、女子だけでもかなりの人数を確保することができる。それに、運動部は文化部と比べてほぼ毎日練習しているから、一日当たりの労働力という点ではうってつけの部活動だろう。
「波川さん、本当?」
「本当っすよー。陸上部女子の中であのエロエロさは秘かに引いてたらしいっす」
波川さんの全くオブラートに包まない発言に、小原さんは顔を赤くした。
「え、えろえろ?」
やっぱりウブなんだな。小原さん。まあ、放っておこう。
しかし、人手が確保できるというのは朗報だ。それも陸上部と言うのであれば、女子と言えども、体力や腕力、それに集中力なんかも期待していいだろう。
波川さんの言葉に、満足そうに廉也は大きく頷いた。
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