手芸部の乙女 (2)

「ただ?」


 俺はなるべく感情を殺し、フラットな感じで藤田さんの言葉を待った。確かに、これは廉也の言う通り乙女チックな問題なのかもしれないな。できるだけ、「男子」を消し、中性的な存在であるように心がける。


「……いないんです」


 藤田さんの言葉は少なく、意味がくみ取れない。俺はオウム返しに藤田さんの言葉を繰り返した。


「いない、とは?」


 藤田さんは小柄な体格をより一層縮こませるようにしながら、言葉を絞り出す。何だろう? 顔がほんのり赤いが?


「胸の……バストサイズの大きな部員が、いないんです」


 ば、バストサイズ……。何て乙女チックな言葉なんだ。藤田さんの赤面も納得だ。俺も血液が頭部に集中してきた。のぼせたような頭で、藤田さんの続きの言葉を聞く。


「三年生まで含めても、手芸部の部員はBカップくらいしかいなくて……。それで、自然な、柔らかいブラパッドの製作に苦労しています! はわわ、い、言っちゃった……」


 なるほど。自分たちの体型をサンプルにしているが、胸の大きな部員がいないため、製作に難儀しているということか。確かに、男である俺には言い辛い相談だな。


 しかし、ということは胸の大きな女子がいれば解決、だな。


 胸の、大きな。


 俺の視線は自然と連れてきた二人、結城さんと小原さんに移っていた。


 結城さんは……服の上からでもわかるくらい慎ましいな。せいぜい、手芸部の皆さんと同じくらいのサイズでしかないだろう。


 俺の下品な視線を感じ取り、結城さんは胸の前で腕をクロスさせ、俺の視線から胸部を遮った。


「五味君のえっち……」


 いや、そんな非難を込めた目で見ないでよ、結城さん。


 結城さんの視線は、男としてとても辛かった。


 そして、ガックリ項垂れた俺の視線は、結城さんの隣に立つ小原さんへと移る。


 結城さんに比べて、小原さんは……何て言ったらいいかな? 服の上からでもわかるくらい豊満な胸部をしている。うん。大きいな。大きいことはいいことだ。うん。


 俺は注視しがちな視線を強引に小原さんから外して、明後日の方向を向きながら小原さんに話しかける。


「小原さん……」

「私? 何? 五味君?」


 小原さんはまだ事の次第を理解していないらしい。そんな小原さんに、俺は宣告しなければならない。


「今の会話の流れで察してください。俺、部室の外で待ってますから」


 しかし、面と向かってそのことを言うほど、俺には度胸が無かったし、モラルがあった。


 俺は小原さんと結城さんの横を抜け、手芸部の部室の扉まで歩み寄った。


「えっ? 何? 会話の流れって? えっ、どうして藤田さん、鼻息荒くなっているの? 結城さんまで、何で?」


 小原さんはこの期に及んで、状況をさっぱり理解していないらしい。ご愁傷さまだ。


 俺は部室から出る時、後生の願いとして、最後に藤田さんに望みを言い残した。


「藤田さん、その、お手柔らかにお願いします」

「うん。柔らかいだけに、お手柔らかにだね」


 藤田さん、全然上手いこと言えてない。


 俺は戸惑う小原さんを残し、部室の外に出た。


 時折、艶っぽい「ふうん」や「はあん」といった小原さんの声が聞こえたが、まあ、彼女の献身を讃え、聞かなかったことにしよう。俺にできるのはその喘ぎ声が誘蛾灯のように招き寄せる偶然通りかかっては足を止める男連中を散らすことくらいだった。


「ほらほら、立ち聞きしてないで、さっさと通った通った。見世物、いや聞き世物じゃないぞー」


 そして待つこと数十分。部室の扉が中から開かれた。


「五味さん。もう入ってきていいですよ。いやー、眼福でした」


 藤田さんは心なしか肌が艶々していた。


 一方、贄にされた小原さんは肩を上下させながら息をしていた。秋物の制服が少し着崩れているのが妙に色っぽい。


 きっと俺の想像以上の災難だったろうに。生徒会室に戻ったら俺の秘蔵の紅茶で労をねぎらうとしよう。


「それで、何で結城さんも息が荒いの?」

「はぁ、はぁ、はぁ。大きかった……。私のよりも、ずっと」


 手芸部に混じって結城さんも小原さんのご相伴にあずかったらしい。羨ましいなあ、くそう。

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