手芸部の乙女 (1)
陸上部男子の部室で波川さんがボヤ騒ぎを起こした翌日。廉也が結城さんに協力を求めた最後の問題は、手芸部だった。
「手芸部の乙女チックな問題を解決してくれ。僕よりもずっと虎守の方が役に立つ」
確か、手芸部は所属する部員の全員が女子部員だったと記憶している。となれば問題もそういうセクシャルなものかもしれない。廉也は俺の方が役に立つ、なんて言っていたが、女の子の知人友人の少ない俺が役に立つだろうか? それこそ、日頃から女の子に不自由しない廉也の方が適任なのではなかろうか?
そんな疑問を抱きながらも、俺は今日も今日とて部室棟の三人で廊下を進んでいる。
「今回は小原さんがお目付け役なんだね」
「はい。しっかりと協力しますね。よろしくお願いします」
結城さんと小原さんを引き連れて、向かったのは南部室棟だ。階段から一番近い二階の部屋が手芸部の部室だった。
俺は扉をノックし、中で待っているであろう手芸部員に声をかけた。
「生徒会でーす。お悩み相談に来ましたー」
俺の声を聞いて、中から「はーい」と間延びした返事が返ってきた。
扉は中から開かれ、「どうぞ。中へ」とおさげ髪が特徴的な手芸部員に招き入れられる。
俺、小原さん、結城さんの順に手芸部の部室にお邪魔する。手芸部は活動の大半を家庭科室で行っているため、代表者数人が部室で俺たちの応対をしてくれるようだ。その中で先ほど部屋に案内してくれたおさげ髪の女生徒が代表して喋り始める。
「こんにちは、です。手芸部部長の藤田です。今回は手芸部の問題について相談に乗ってくださるそうで、ありがとうございます」
藤田さんは丁寧に頭を下げた。それにつられて、俺も慌てて頭を下げる。
「ご丁寧に、どうもです。生徒の問題を解消するのも生徒会の仕事のうちですから。それで、早速ですけど、その問題というのは?」
「はい。私たち手芸部は、生徒の要望に応じて、手芸作品を製作して販売しています。これは生徒会でもご存知かと思いますが」
確かに、手芸部の活動は生徒間に広く知れ渡っている。布製品で欲しいものがあればとりあえず手芸部に頼ってみればどうか、などと言われるほど生徒から信頼されている。元々、利益度外視で製作を請け負ってくれるとあって、生徒からの人気は高く、また、その製品の品質も極めて精巧と評判だ。
「聞いています。ブックカバーやコースター、それにエプロンなどですよね。生徒会としてもその活動は把握していますし、活発な活動は推奨するところです」
「それで、ですね……」
急に藤田さんの口が重くなった。
「どうしよ……。男子の前だと言い辛いんだけど……」
藤田さんは気弱そうに、後ろで控えている他の手芸部員に助けを求めた。
ほら、廉也。だから俺じゃ役に立たないかもしれないって言ったろ?
俺は藤田さんの心中を察し、退出を提案する。
「それなら、俺、部室の外に出ていましょうか?」
しかし、俺の後ろで成り行きを見守っていた結城さんが今度は慌てた様に俺の提案を否定する。
「ちょっと、五味君! 私だけじゃ不安だよ!」
結城さん……これは、生徒会から結城さんへの協力要請で、本来は結城さんが解決すべき問題だよ? 頼りにされるのは悪い気はしないけど、俺をあてにしないでよ!
俺はやるせない気持ちになりながら、結城さんの気持ちを汲んで妥協案を出す。
「分かった。分かったから、結城さん。それじゃ……他言無用、ここでの話は外部には絶対に話さないって条件で、話を聞かせてもらえないですか?」
藤田さんは「ちょちょ、ちょっと待ってください」と言って、藤田さんの後ろで控えている他の手芸部の部員と相談し始めた。
「――だし、貴重かも――」
「だね。男子の目も――」
「じゃあ、――ってことでいいね」
ひそひそと相談している言葉の端々が聞こえてきたが、どうやら話はうまく転びそうだった。
そして、意見がまとまったようで、藤田さんが再び俺の前に立った。
「はい。分かりました。他言無用でお願いします。実はですね……その生徒から受けている要望がですね……最も多いものが……」
藤田さんはゆっくりと深呼吸し、次の言葉に重みをもたせた。
「ブラ……パッド……なんです」
「はい? ブラパッド?」
ブラパッドというと、水着とか下着の下に入れて、胸のサイズを嵩増しするしたり、胸の形を整えて見せたりするあのブラパッドのことか?
「はい。ブラパッドです」
まあ、需要がある……んだろうな。俺には分からないが、聞くところによると、女性は胸のサイズとかすごくコンプレックスに感じることがあるらしいし。
男の場合で考えたらチンパッド、か。いや、そんなもの聞いたことないな。どちらかというと童貞卒業論争、いや、見栄剥きに近いかもしれない。公衆浴場で仮性包茎が亀頭をむき出しにするアレだ。むけちんは男のステータスだからな。いや、漢のステータスと言っていいかもしれない。
俺は藤田さんの言葉に妙に親近感を覚えつつも、問題の中核に触れるべく、子細を尋ねる。
「それで、ブラパッドの製作で何か問題でも? 材料費とか、特殊な裁縫道具が必要とかですか?」
「いえ。ブラパッドを製作することは可能です。カップの大きいブラジャーは既に購入していて、それを分解して型紙は取れますから。ただ……」
ここにきて、ブラパッドより異性に言いにくいことがあるのだろうか、藤田さんは言い淀んだ。
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