電気部の憂鬱 (3)

 俺が渋い顔をしていると、結城さんはパッと何かを思いついたかのように手を叩いた。


「あと、パソコン!」

「パソコン?」


 パソコンが天文部の活動に何か関係があるのだろうか? 星空のシミュレーターみたいなものでもあるのか?


「そう。地学準備室にあるの。天文部の顧問がパソコン好きでさ。個人的に手作りしたパソコンを生徒に貸してくれるの。暇な時にインターネットしたり、映画見たりしてるよ」


 おおっと、想像よりずっと天文部に関係ない答えが返ってきたな。それを今、話されてもどうしようもないのだが。それどころか、そんな不当な活動内容を生徒会役員の前で堂々と話されると、天文部に対する心象が悪くなる……とは考えないのだろうな。結城さん、ちょっと抜けてるところがあるっぽいし。


「天文部関係ないんじゃ……」


 視線を結城さんから日高君に向けると、彼も困ったように同意した。


「そうですね。パソコンは電気部にはありませんね。と言うよりも、パソコンは情報部の専売特許だと思っていました」


 そう言えばパソコン室は情報部が居座っていたな。あそこも文化部なのに部員が妙に多い人気の部活だったな。まあ、実際は結城さんが言うように、パソコンで遊んでいるだけなんだろうけど。


「電気部には……電子回路基板くらいしかありませんね」


 日高君はさっきのウッドラックの引き出しから、超アナログな金属板を取り出した。片面が緑色をしていて、いろんなコードや素子が所狭しとはんだ付けされている。素人目にはどういう働きをする回路なのか、全く分からないし、その不明瞭な部分が妙にオタクっぽかった。これが電気部が避けられている理由の一つなのだろうな。


「それは……あんまりアピールできないよ」

「ですよね」


 日高君は俺に同意しながらガックリと肩を落とした。


 モヤモヤした空気の中、結城さんがビシッと手を挙げた。


「はいはーい! 私、電気部の部員になるよ!」


 結城さんの突然の宣言に、俺も日高君も目を丸くした。


「ゆ、結城さん? 本気?」

「本気だよ。五味君。確か、兼部はアリだよね? なら、幽霊部員になるかもしれないけど、私が入部するよ!」


 いやいやいや。幽霊部員前提で部活動兼部しないでよ。ややこしくなるから。


「結城さん、それじゃ根本的な解決にはならないよ」


 それに、結城さんはどちらかと言うと文系が得意だったと記憶しているんだが。


「結城さん、電流と電圧と抵抗の関係のこと何て言うか知ってる?」

「五味君。中学生レベルの問題だよ。……オングストロームの法則?」

「オームの法則だよ! ングストロが余計だよ! オングストロームは長さの単位!」


 一オングストロームは十のマイナス十乗メートルである。可視光の波長みたいに、とにかく、とても小さな長さを表現するのに用いられる単位だ。


「へへへ……そうだった、かな?」


 結城さんは恥ずかしそうに鼻の下を擦った。


 マズい。これは本当に名前だけ貸して幽霊部員になりかねない。


「まあ、本人と部長の日高君がそれでいいなら構わないけど……本当にいいの? 大丈夫?」


 俺は心底心配して、結城さんに声をかけた。しかし、結城さんの表情はいたって明るい。


「うん。電気部の来年よりも、今の天文部の問題をクリアすることの方が私にとって大事だからね」


 確かに、結城さんにとってプライオリティが高いのは自身が部長を務める天文部だろう。だからって、所属する以上、電気部をないがしろにするのは間違っているし、基本的に根が真面目な結城さんはそんなことできないだろう。となると、結城さんは二足の草鞋を履くことになるが、この小さな身体に耐えられるだろうか?


 俺の不安が表情に出ていたのだろう、結城さんは一層真面目に俺の疑念を拭おうと宣言する。


「大丈夫。電気部も天文部もしっかり活動するから」

「そう? 結城さんが平気って言うなら、まあ、信じる、よ」


 俺は自分に言い聞かせるように、結城さんの決意を後押しした。


 結城さんは満足そうに「うん」と強く頷くと、改めて電気部の部長である日高君の方を向いた。


「日高君も、それでいいかな? 兼部だから半分くらい幽霊部員でも、いないよりはマシ……だよね?」

「そうですね。いないよりはだいぶマシです。でも、流石に最初から幽霊部員を宣言されるのは、ちょっと……」


 確かに、電気部の部長として日高君の言うことは正しい。


 結城さんは「あはは」と笑みを浮かべた。


「それは言葉の綾というものだよ。大丈夫、ちゃんと参加するから。……それで、活動頻度ってどれくらいなの?」


 結城さんはちょっとだけ心配そうに日高君に質問した。


 日高君は「えーっと」と唸り、一考した後。


「週二回を予定しています」


 しかし、日高君が絞り出した結論に、結城さんは首を傾げた。


「月一じゃダメ?」


 ここにきて結城さんが弱気を見せた! だから親切心で大丈夫か聞いたのに。


「ダメだよ、結城さん。さっきから心配しているように、中途半端な入部は迷惑になるからさ。せめて、そうだな……週一回くらい? は参加しないと」


 俺は結城さんを諭すように日高君の言葉をフォローした。


「うーん、週一回かあ。天文部の方にも出ないといけないからなあ」


 結城さんは弱気なままだ。しかし、ここはしっかりと結城さんと日高君の意思を尊重した折衷案を出すべきだろう。


 ふと気になって、俺は結城さんの今の部活動状況を尋ねた。すなわち、天文部の活動頻度である。


「それで、天文部の活動頻度はどれくらいなの?」

「私は月曜日と金曜日かな」


 ん? 「私」ってどういうことだ?


 結城さんの返答がよく分からず、俺は首を傾げた。


「『私は月曜日と金曜日』ってどういうこと? そもそも、天体観測以外って何やってるの、天文部って?」


 確か、隣県の大きな科学博物館に展示されているプラネタリウムを見に行ったり、流星群の季節には流星の数の調査をしたりしているのは知っている。しかし、普段からそういった活動ばかりやっているとは考えづらく、平時はどんな活動をしているのか知らないことに気づいた。


「えっとね、分担して太陽の黒点を観察したり、天文雑誌回し読みしたり、かな。私の黒点観察の当番が月曜日と金曜日なの」


 なるほど。確かに太陽も天体の一つだな。地球から一番近い恒星だ。その観察は確かに立派な天文部の活動だろう。


 しかし、それにしては中身がスカスカな気がする。黒点の数の確認など、せいぜい数分で終わるんじゃないか?


「……ひょっとして、ほとんど駄弁ってる?」

「そ、そう言われれば、そう、かも……あはは……」


 おい。本職の天文部ですら活動状況が怪しいじゃないか!

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