電気部の憂鬱 (4)
俺は努めて冷静に日高君に結城さんの状況を報告する。
「日高君、結城さんは週一回は参加できそうだよ」
そんな俺の決定事項ともいえる言葉を、結城さんは不本意そうに同意した。
「もうー、五味君……分かりました。週一回は参加します! これでいい?」
「うん。頑張ってね、結城さん。それで、一人は確保できてけど、どうかな、日高君?」
俺と結城さんのやり取りを傍観していた日高君がハッと我に返り、俺の言葉に応えてくれる。
「ありがとうございます。そうですね……できればあと一人くらい部員が確保できれば、来年度の新入生の入部も見込めて、来年の十月までは部として存続できるらしいんですけど……」
おっと、ここにきて日高君も要望を素直に話すようになったな。まあ、問題を抱えている以上、洗いざらい喋ってもらったほうが、こちらとしても楽だしな。
それにしても、あと一人確保できればいいのか。結城さんは二年だから来年の今頃は引退しているだろうから、できれば長く続けられる一年が良さそうなところだが。
俺と結城さん、それに日高君が頭を捻って考えていると、今まで事態を見守っていた鳳さんが結城さんに倣ったのか、力強く手を挙げた。
「じゃあ、私も入部します!」
「ええっ! 鳳さんも!」
「私、帰宅部ですし。それに、これでも電気主任技術者の資格を持っているんですよ。バリバリのリケジョなんですよ。工学系女子ですよ」
意外だった。鳳さんはどちらかというと文系で、文学少女だったりお茶をたてたりするのが似合いそうなものだ。工具を持ち、機械油にまみれる鳳さんは中々想像に難しい。
俺が鳳さんの宣言に首を傾げていると、日高君が感極まったように鳳さんの手を取った。
「せ、生徒会の鳳さんが入部してくれるなんて。これ以上ないほどの宣伝効果だよ。これで鳳さん目当てに入部する生徒で溢れるぞ」
ブンブンと鳳さんの手を握って、上下に振りながら、日高君は感謝の言葉と正直な心中を吐露した。
おい、日高君。そういうことは鳳さんがこの場を去った後、一人で呟いてくれないか。鳳さんもいい思いはしないだろう。
そっと鳳さんの顔を覗いてみたが、満更でもなさそうに笑みがこぼれていた。
そうか、頼りにされるのは嬉しいのか。そう言えばここに来たのも廉也に甘い言葉でそそのかされたからだったな。
俺は日高君と鳳さんの手を止め、日高君を鳳さんから引きはがしながら、電気部の抱えていた問題を総括する。
「まあ、これで当面の電気部の問題は解決ってことでいい、のかな?」
「はい! ありがとうございました! 結城さん、鳳さん、これからもよろしくお願いします」
日高君は結城さんと鳳さんに深々と頭を下げる。
本人たちがいいなら、解決ってことでいいだろう。
「じゃあ、俺は生徒会室に戻るけど。二人はもう少し電気部を見学させてもらうといいよ。いいよね、日高君?」
「はい。もちろんです」
俺は二人を部室に残し、一人生徒会室へと足を向けた。三人で通った部室棟の廊下を、俺一人だけで帰るのは何だか妙に寂しさがあった。
そんな感傷もそこそこに、俺は生徒会室にたどり着く。まあ、かかった時間は精々五分といったところだろう。
「こんちわーっす。あれ、廉也一人だけか?」
生徒会室には廉也一人だけがポツンと会長席に座っていた。
「虎守か。雪花も真美も特に仕事が無いので帰らせた」
帰らせたって、別に廉也の指図が無くても、用事が無ければ彼女たちは勝手に帰るだろう。何を偉そうに。
「それで、電気部の問題はどうなった?」
「ああ、結城さんと鳳さんが入部することになったよ。これで一年は電気部は存続できるらしい」
俺は簡潔に電気部の顛末を説明した。
すると、廉也は「そうか、そうなったか」と知った風な口を利く。そんな廉也に、俺は外連味たっぷりに聞いてみる。
「……これは、お前の思惑のうちか?」
突発的な結城さんの考えは予想の範囲外だとしても、鳳さんの入部は明らかに廉也の誘導ありきの話だ。廉也のことだ。鳳さんが電気部について興味を抱くように下準備していたのかもしれない。
「ふふ。あまり買いかぶらないでくれ」
おっと、謙遜から入ったか。廉也らしくないな。もっと自信たっぷりに答えるかと思ったのに。
「ただ、そうなればいいな、とは思った。しかし、確信などなかったよ。ひとえに、虎守、それに梨乃と由紀恵の決断のおかげさ」
ん? 言葉の矛先の一部が俺に向けられた? しかし、今回の件に関しては俺はほとんど何もしていない。日高君がウッドラックに押しつぶされそうなのを助けたくらいにしか役に立っていないぞ?
それに、今コイツ、サラッと結城さんのことを梨乃って呼び捨てにしたか? まるで彼氏気取りじゃないか。
「俺は何もしていないぞ? それと、女子を下の名前で呼ぶのは控えたほうがいいと思うぞ」
「そう思っているのはお前だけだよ。虎守、お前はもっと自信を持つべきだ」
廉也はもっと謙虚になるべきだと思うが、口にしないでおく。
それよりも、もっと気になることを聞いてみることにする。
「それで、どうして鳳さんを俺たちに同行させたんだ?」
「ん? 虎守なら既に気づいていると思ったが?」
いや、鳳さんが電気部に相応しいリケジョだってことは分かったよ。だけど、それをどうして前もって知っていたのか、そこが気になるんだよ。
「いや、それじゃ分からないから。どうして廉也は鳳さんが電気工学に詳しいことを知ってたんだ?」
「由紀恵は生徒会室で度々勉強をしているだろう? アレは学校の勉強の枠を超えて、大学レベルの電気工学を自主的に勉強していたんだよ。僕も後ろからノートを覗いただけだから、その詳細まで知っているわけじゃないがな」
意外だった。鳳さんが熱心に勉強していたのが高校レベルを超えていることもそうだが、廉也がそれほど生徒会のメンバーのことを子細に観察していたことが。コイツ、お飾りじゃなかったんだな。
「そうだったのか?」
「ああ。しかし、彼女は部活動に対して少しだけ偏見を持っていてね。例えば、いじめだとか、厳しい上下関係だとか」
そうか。それで部室棟を歩いている鳳さんはあんなに怯えている様子だったのか。しかし、そんな彼女をよくもまあ言葉巧みに電気部に誘導したものだな。いや、嫌味半分、感心半分なんだけどな。
「しかし、電気部の部長は同じ一年の浩平だろ? あそこなら由紀恵の知的好奇心を満たしてくれる絶好の環境だと思ったのさ」
確かに、同じ一年生が部長ならさっきのいじめだ上下関係だっていう偏見もクリアされそうだ。
「それで、鳳さんを同行させたのか……それならそうと前もって俺には話してくれても良かったろ?」
「言ったろ? ただ、そうなればいいな、とは思った、と。だから、僕はこの結末を強く望んだわけじゃない。物事は収まるべき箱に自然と収まった。そういうことだ、虎守」
いや、だからって行き当たりばったりな環境に放り込まれる身にもなってくれよ。
俺は廉也に追及したい気持ちがあったが、しかしこれ以上廉也と議論してもらちがあかなそうだったので、考えるのを止めた。
「そうかい。じゃあ、俺は予算案の試算作業の続きをするから、廉也は適当にコーヒーでも飲んでな」
「ああ。ご苦労だな。虎守」
本当にな。もっと働いてくれる同僚と上司がいればいいなと日頃から思っているよ、俺は。
結局、その日は十個くらいの部活動の予算案を片付けたところで解散となった。もちろん、働いていたのは俺一人だ。
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お読みいただきありがとうございます。
面白い作品となるように尽力いたします。
今後ともよろしくお願いします。
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