電気部の憂鬱 (2)
鳳さんは両手で直径数十センチメートルくらいの金属の塊を手にしていた。
「それで、鳳さん。何それ?」
「モーターですね。サイズからして洗濯機のものでしょうか?」
鳳さんは手慣れた様子でモーターらしい金属を物色している。
何、その手つき? 日常でそんなもの目にする機会ある?
「構造からして、ここ最近の代物ですね。あ、洗濯機と白物家電をかけた冗談じゃありませんよ」
鳳さんは少しだけ照れたように微笑んだ。うん。可憐だ。
いや、そんな冗談なんて言っている場合じゃないし、そもそも聞いちゃいないよ。
俺は視線を鳳さんから、ウッドラックを背にして休憩している少年へと移した。
「えっと、電気部の部員ですよね? 一体、何があったんです?」
俺はまだ肩で息をしている男子生徒に質問を投げかけた。
「あ、ありがとうございます。一年で電気部部長の日高浩平と言います。生徒会長から今日、生徒会の皆さんがお越し下さると聞いていたので、ちょっと部室の掃除をしていまして……」
なるほど。部室の掃除中に、何かの拍子にウッドラックを倒してしまったということか。ドジっ子かよ!
「それは……災難でしたね……」
俺はツッコミたい気持ちを堪え、日高君の自己紹介に応えた。
「二年で生徒会庶務の五味です。こちらは天文部部長の結城さん、生徒会書記の鳳さんです」
「よろしくお願いします。生徒会長からお話は聞いています。電気部の問題を解決してくれるだとか。って、天文部? どうして?」
「あはは。成り行き上です。微力ながらお力になれれば、と」
結城さんは柔らかく笑って応じた。
ったく、廉也め、安請け合いしやがって。これで問題の規模が俺の手に負えないレベルだったらどうするんだよ。責任持てないぞ、俺は。
それにしても彼、日高君だったか。電気部の部員どころか、部長か。それにしても一年で部長ということは、二年生はいないのだろうか?
「ええ。まあ、そんな感じです。一年で部長ってことは、二年生の部員はいないんですか?」
俺は疑問に思ったことをそのまま口にした。日高君は困惑したように頭を掻いた。
「流石は生徒会の方ですね。頼もしいです。恥ずかしながら、二年生の部員どころか、電気部の部員は僕一人です」
「とすると、電気部の抱えている問題というのは?」
「あれ? 生徒会長から聞いていませんか? 問題はシンプルなんですよ。……電気部の人手不足です。部員が少なすぎて、来年度から同好会に格下げされそうなんです」
そう言えば、来年度の予算案の中に電気部は無かった気がする。
久保ヶ丘学園の部活動に関する規則は少なく、幅広い活動ができる一方で、その数少ない規則に部員の人数に関するものがある。確か、部員が五名以上確保できない場合は、学園公認の部活動として認められないとかだった気がする。
「今年度は三年生がいたので部活動として認められたのですが、三年が大学の入学試験に向けて引退したため、部員は僕一人になってしまったんです」
なるほど。事情は大体把握できた。しかし、十月という時期外れに部員を確保するというのは、言うのは容易いが中々難しい問題のように思えた。
「この時期に部員を増やすのは難しいのでは? 何か手はありますか?」
「はい。その通りです。登下校の時間帯に勧誘の声掛けをしているんですけど、全く成果が無くて……」
まあ、見ず知らずの一年に声をかけられたところで、相当のモノ好きでなければ話は聞いてくれないだろうな。それに、運よく暇な人に巡り合ったところで、その人が電気部の活動に好意的で興味を持ってくれるとも限らない。いや、むしろ野球部やサッカー部みたいなメジャーな部活動じゃない分、避ける人の方が多いのではないだろうか。
俺は考える素振りをしながら、日高君から目線を外し、部室の中を見渡してみる。
照度の低い蛍光灯に照らされた室内は、何に使うのかも不明な工具だったり、回路図らしいものが描かれている紙の束だったり、物が散乱している。それは彼ら電気部がこれまでしっかり活動してきた証明でもある。
そんな部室を見ていると、日高君のことを応援したい気持ちになってくる。しかし、その思いがよぎる一方で、電気部のポジティブな面が見えないのも事実だった。この部室、物理的にも精神的にも、暗い。
「それで、勧誘の時はどんなことを話しているんですか?」
「それが……そもそも話を聞いてくれることが少なくて……。たまに足を止めてくれる人には、大学入試に有利とか、定期試験で差がつくとかそんなことをお話しするんですが、いまいちいい印象を持ってもらえなくて」
そうか、電気部ということは、物理学に通じるところがあるのか。なるほど、そういった側面があるのなら、広報の仕方しだいで部員を増やせるかもしれないな。
「でも、いい線はいっていると思います。勉強に紐づけるのは一部の文化部の特権的なところがありますから」
すると、今まで黙って事態を見守っていた結城さんも俺の言葉に同意した。
「そうだね。天文部も地学に詳しくなるからね」
そうだ。天文部だって似たような境遇かもしれない。これは、突破口になるのでは?
「結城さん。天文部は部員の確保に気を付けていることとかないの?」
「天文部? 星見るのが好きって生徒が毎年一定数はいるから、特に勧誘には力入れていないよ」
くそう。言っちゃ悪いが、頼りにならねえな。確かに、夜空に浮かぶ星の海が嫌いな人間なんて少ないだろうよ。
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