電気部の憂鬱 (1)

 廉也が提示した一つ目の問題は、電気部が抱えるものだった。


「電気部がちょっと困った陳情を上げてきてね。詳しくは電気部の部長から聞いてくれ」


 廉也は詳細を隠したが、どうせろくでもない問題が待っていることは予想できた。


「ごめんね。五味君の手まで借りちゃって」


 結城さんが生徒会室に予算案を持ってきた翌日の放課後、俺は結城さんと一緒に、文化部の部室が並んでいる南部室棟へ向かっていた。


 部室棟は二棟あり、南部室棟には文化部の、北部室棟には運動部の、部室がそれぞれ割り振られている。部室はどれも同じ間取りで、十畳ほどのスペースしかないが、例えば吹奏楽部にとっての音楽室のように、活動拠点となる別教室があてがわれているため、部室棟はほとんど荷物置きとして使用されている。電気部も物理室で専ら活動しているらしいのだが、今日は部室で俺たちを待ってくれているらしい。廉也が昨日の今日で話を通してくれているそうだ。こういった廉也の手回しの手際の良さだけは、素直に評価に値する。廉也はまともな作業をさせると凡庸だが、こういった裏工作や悪だくみには非凡な才能を発揮した。一般的な学園生活では必要のない才能だと思うが。


「うちの生徒会長が言い出したことだから。ちゃんと問題の解決に手を貸すよ。それより――」


 俺は後方でビクビクと身を震わせながら、俺と結城さんの後をついてくる鳳さんに注意を払った。


 なんでこんなに鳳さんは緊張しているんだろうか? 先輩である俺と結城さんに気を遣っているのだろうか?


「鳳さんこそ、別に来なくていいんだよ?」


 俺はできるだけ優しさ全開で提案したが、鳳さんは気丈に首を横に振った。


「いえ、大丈夫です。会長からお二人のお目付け役を命じられましたから。ちゃんとこの大任をこなしてみせます!」


 一人で闘志に燃えるのは結構だが、その決意は明後日の方向に向いている。


 何が彼女をここまで奮い立たせるのだろうか? それにしても、お目付け役ってのは、本来立場や権力が上の者が担当するものではないのだろうか? 後輩の鳳さんには荷が重くないか? 実際、少し気負っているようだし。


「だから、廉也はそこまで深く考えていないってば」


「いいえ、会長はこれから起こりうるトラブルの可能性を考え、私が適任だと仰っていました。私じゃなければダメだと!」


 鳳さんはギュッと拳を握り、人気の少ない部室棟の廊下にその熱意を響かせた。


 まあ、本人がやる気なのなら俺がどうこう言う問題でもないだろう。これも廉也の狙いなのだとしたら、少々癪だが。


 そんなやり取りを続けていると、南部室棟三階の端から三番目、電気部の部室に到着した。


 結城さんが部室の表札を指差し、読み上げる。


「ここだね、電気部」


 俺はグルグルと両肩を回し、これから取り組むであろう難題に備え、身体をほぐす。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか。早速入りますか……」


 俺は電気部の部室をゴンゴンと強くノックした。木製の扉からは小気味よい音が響いた。


 ノックから一拍間が空いて、中から切迫した声が聞こえた。


「開いてます! 入ってきてください! ちょっと手が離せないので!」


 男にしてはちょっと高めの声だった。少年というか、小中学生のような青っぽさが残る声だ。


 俺は声に従い、ゆっくりと木製の扉を開いた。


「お邪魔しまーす。ってええっ!」


 薄暗い部室の中、一人の男子生徒が倒れかかるウッドラックと格闘していた。ウッドラックは男子生徒よりも背が高く、二メートル近くある。俺よりもずっと大きい。


 少年は苦しそうに、必死に声を絞り出す。


「て、適当に座ってください」


 そう言われても、目の前でウッドラックに潰されんとしている人を前にくつろげるはずがない。


 なぜこのような状態になったのか疑問に思うが、それを追及するよりも手を貸すほうが先だろう。


「手伝うよ」

「わ、私も」


 俺と結城さんは男子生徒の左右からそれぞれウッドラックを支え、男子生徒を援護する。ウッドラックはしっかりした厚みのある木で作られていて、見た目通りずっしりと重い。俺と結城さん、それに男子生徒の三人がかりで何とか支える。


「お、おもっ」


 しかし、倒れかかるのを防ぐので手いっぱいで、ウッドラックを起こすほど余裕はない。よくもまあ、俺たちが来るまで一人で支えていられたものだと感心する。

 一緒にウッドラックを持つ結城さんが、力を振り絞りながら声を上げる。


「って、これ動かないよ。何か引っかかってない?」


 確かに、結城さんの言う通りだ。ウッドラックにしては、ずしっと重い感じがする。と言うか、三人で支えているというのにまったく動かない。


「お、鳳さん。ウッドラックの後ろ、何かない? 小物とか挟まってない?」


 俺は後ろでオロオロしている鳳さんに助けを求めた。


「か、確認します」


 鳳さんはグルッと俺たち三人の横を抜け、ウッドラックの後ろを覗いた。


「あ、何か落ちてますね。これが詰まって起き上がらないみたいですね。よいしょっと。これで大丈夫ですよ」


 鳳さんがつかえていた何かを取り除いてくれたおかげで、三人揃ってウッドラックを立て直すことに成功した。

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