天文部部長 (5)
「ふう」
俺は長く息を吐くと、この場をどう収めたものかと思案する。
やはり、結城さんには諦めてもらうしかないのだろうな。彼女に辛く応じるのは後ろめたいが、仕方のないことなのだろう。
結城さんは、やはり真摯に思いのたけを口にした。
「でも、私は、天文部は、今月中にプラネタリウムを作りたいの。その情熱を汲み取るのは生徒会の仕事でしょ?」
無茶苦茶だ。生徒会を絶対的な生徒の味方と勘違いしているんじゃないだろうか?
生徒会はあくまで生徒による自治的な組織に過ぎない。すなわち、中立だ。上手く使えばいいが、必要以上に頼るのは傲慢だ。そして、結城さんの要望は明らかに生徒会の領分を超えていた。
「結城さん! あのね――」
俺はちょっと頭に血が上り、思ったことが口から飛び出ようとしたが、寸前で廉也に制止された。
「まあ、待て。ちょっと落ち着け、虎守」
廉也は俺に持っていたコーヒーカップを手渡した。有無を言わさない感じで、俺は思わずコーヒーカップを受け取ってしまう。って、これさっきまでお前が飲んでいたやつじゃないか。
コーヒーカップの中を覗くと、空だった。取っ手もカップも、既に冷え切っていた。ああ、俺に洗えというんだな、廉也。俺はお前の小間使いじゃないぞ、こら。
俺は右手に器用に緑茶の入った紙コップと空のコーヒーカップ、左手に天文部の予算案をもって、廉也の言葉を待った。何て間抜けな格好だろう。
廉也は右手を頬にあて、思案顔で、しかし、確信めいて結城さんに提案する。
「確かに、この金額の今年度中の支給は難しい。……だが、それも条件次第だ」
廉也の発言に、結城さんだけでなく俺も困惑した。
条件? そんな都合の良さそうな話あるのか? それ以前に、予算について廉也がアレコレ口を挟める立場か?
あ、コイツ、生徒会長だった。
ほぼお飾りであるため、ついつい生徒会長であることを失念してしまうが、予算案の最終チェックはコイツに頼むしかないんだった。自動ハンコ押しマシーン程度にしか認識していなかったが、事実その通りなので特に認識を改めたりしない。そう、こいつはイケメンの皮を被った機械だ。実際に汗を流しながら働く俺とは顔立ちも、仕事への尽力も、何もかも違う。
「天文部だったか? まあ、どこの部活でもいい」
いや、天文部部長の結城梨乃さんって丁寧に紹介したし、結城さんは頭まで下げて挨拶しただろうが。それを「どこの部活でもいい」とは何様だ。
ああ、生徒会長様か。
しかし、その肩書がそんなに偉いものか。いや、まあ、俺の所属している生徒会のトップと言えばそうなのだが。……ん、これって首脳陣批判かな?
「君たちには生徒会が抱える三つの『問題』の対処に協力してもらう」
廉也は「問題」の部分を強調して説明した。
ん、問題?
待て、待て、待て。生徒会が抱える問題だと?
それ、生徒会庶務で実働部隊である俺が初耳だが、大丈夫か?
廉也は俺の不安を他所に、決定事項のように結城さんに提示した。それは、まるで全てを見通している賢者の言葉のようだった。
「これを条件に、来年度の予算を増額かつ前借りという名目で今年度生徒会予算から少しは融通しよう!」
生徒会予算から融通? それこそ生徒会長の権限をフルに活用するような口ぶりだが、廉也が生徒会の全権を把握しているとは俺は思っていない。故に、不安があり、その感情を俺はあからさまに顔に出した。
「うん? 虎守、不安か?」
「あ、当たり前だろ。平気なのか? 顧問の二階堂先生の許可とかは?」
「大丈夫だ。会長の僕に任せておけ」
それが任せておけない、頼りない廉也だから不安なんだろうが。
しかし、藁をもすがる思いの結城さんは、この話を飲むようだ。
「はい。分かりました」
文字通り、二つ返事で結城さんはこの条件を快諾した。
だ、大丈夫なんだろうか?
結城さんの意思は固いようだが、それでも不安なのだろう、両手を胸の前で握りしめ、廉也に質問を投げかけた。
「それで、その『問題』っていうのは?」
生徒会長である廉也は、意味深に笑みを浮かべた。イケメンが更に際立ったが、この際どうでもいい。
大丈夫なんだろうな、おい?
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お読みいただきありがとうございます。
面白い作品となるように尽力いたします。
今後ともよろしくお願いします。
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