天文部部長 (4)
結城さんの主張は分かったが、彼女は根本を勘違いしているようだ。俺はそれを正しく導くように、言葉を選びながら指摘した。
「えっとね、結城さん。この予算案、今年度じゃなくてね。……来年度の予算案なんだけど」
そうだ。いくらこの予算案を受理したところで、プラネタリウムの制作費として今月中に予算を下ろすことは不可能だった。
しかし、そのことは重々承知だったようで、結城さんは前のめりに俺の指摘を受けた。
「分かってる! でも、そこを何とか! 前借りとか出来ないかなあ?」
最後の方はちょっとだけ弱気だったが、結城さんはその大きな瞳をより一層開いて、俺に頼み込んだ。
熱心に懇願する結城さんはとても真っすぐで、真摯だった。
はあ、これじゃ俺が悪者みたいだな。
でも、ちゃんと締めるところは締めておかなければ他の部活動への示しがつかない。
俺は意を決して、結城さんに応じた。
「少額なら融通できるかもしれないけど、ちょっとこの予算の捻出は難しいよ、たぶん」
しかし、悪者になり切れない俺はどこか弱気な返答になってしまう。情けない話だが、俺だって人の子なんだ。非情に徹することはできなかった。特に、地味だけどそこがチャームポイントである女子の前では、少しでもいい格好を見せたかった。正面から否定するのは、俺には難しいことだった。
「うーん……。この通り、お願い!」
結城さんは再び俺を拝むように両手を合わし、頭蓋が抜けそうな勢いで頭を下げた。
しかし、まるで話にならない。これじゃ、押し問答になるばかりだ。
俺と結城さんの横では、この議論の結末がどうなるのか、小原さんと鳳さん、それに波川さんが固唾を飲んで見守っている。
チクショウ。同じ生徒会メンバーだろ? 俺の味方だろ? 少しは援護発言してくれてもよくね?
俺はチラッと小原さんに救いを求めるような視線を送る。
しかし、俺の視線に気づいた小原さんはそっとその場を立ち上がった。おお、助けてくれるのか?
「ねえ、小原さ――」
「あー、私、教室に忘れ物があるんでした。ちょっと席を外しますね」
俺の救いを求める声は、小原さんの独り言にかき消された。
おい、流石にわざとらしいだろ。そんなに嫌か、俺を助けるのは?
小原さんは立ち上がって、学生カバンなど手荷物は生徒会室に置いたまま、生徒会室を退出した。
そのままの流れで、俺は視線を鳳さんに向ける。
「鳳さ――」
しかし、彼女も。
「私、授業で分からないところがあるんでした。ちょっと職員室まで質問しに行ってきます」
鳳さんは机に広げていたノートと筆記用具をサッとまとめると、小原さんを追うように生徒会室を出て行った。
最後の、一縷の望みをつなごうと、波川さんに視線は泳いだ。
「波川さ――」
しかし。
「あー、陸上部の顧問に呼び出されてたのを思い出したっす。ちょっと行ってくるっす」
波川さんは足早に俺の視線を振り払い、何も持たずに生徒会室から去った。
三人とも、俺に責任を押し付けて、この場を後にしやがった。何て無責任な連中だろう。でもまあ、顔で選ばれた生徒会メンバーに、仕事の責任まで押し付けるのは酷な話かもしれないしな。俺が責任を負うべき問題だ。でも、少しくらい肩代わりしてくれたって罰は当たらないと思うんだけどなあ……。
俺が辟易していると、いつの間にそこに居たのか、俺の座っている背もたれに肘を乗せながら、廉也が後ろに立っていた。
「まあまあ。どれどれ。予算案をちょっと拝見っと」
廉也はスッと手を伸ばして、天文部の予算案を俺の手から抜き取った。
しかし、人気投票で選ばれた生徒会長にこの場をどうこうできるような手腕はないと思うのだが。
「ん? 廉也が見たところで予算の相場は分からないだろ?」
他の生徒会メンバーである女子三人と違い、俺は男である廉也にはこびへつらうことは決してしない。思ったままを口にする。廉也のことは既に戦力として考えていない。むしろ、仕事の邪魔になる重荷程度に思っていた方が、適当だ。
しかし、俺の皮肉を聞いても、廉也はちっとも動じない。予算案を目にしながら、「ふむふむ」などと知った風な態度をとる。
背もたれに肘を乗せているので、姿勢は悪いのだが、熱心に予算案に目を通すその姿がまた様になっている。悔しい。俺じゃ、こう格好よくは見えないもんなあ。チクショウ。
「確かに高額だね。僕の権限じゃどうにもできそうにないや」
だが、中身はポンコツで、見た目に反し、器量が伴っていない。
「だから、そう言ってる!」
俺は呆れかえりながら、廉也から予算案を取り上げる。廉也は「おっと、せっかちだなあ」なんて呑気な声を上げたが、俺は切迫していた。結城さんにお茶をすすめたのは俺だが、いつまでも天文部の問題に執着するわけにはいかない。他の部活動の予算案にも目を通さなければならないのだ。
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