28話

 置かれていたのは八番目のカード「正義」。冴島の頭はこんがらがっていた。「力」のカードではないことに。それだけではない。正義のカードが八番目であることも、彼を混乱させた。



「警部、鍵山先輩は? 無事なんですよね!?」



 飯田警部はしばらく沈黙していたが、「頭を殴られたが、命に別状はない」と震える声で返答する。



 その答えに冴島はホッとしていた。鍵山が無事であることもだったが、犯人との接点が途絶えなかったことで。



「ひとまず、戻ってきてくれ。体制を整えねばならん」





 二人が戻ると捜査一課はお通夜のような状況だった。飯田警部は疲れ切った様子で、目の下にくまができていた。西園寺にもいつもの元気がない。



「警部、それで、状況は……?」



「鍵山は無事だが、手術中だ。電話で伝えた通り、現場――つまり、鍵山の病室には、タロットカードが置かれていた。これだ」



 彼の持つ写真には八番目のカード「正義」がはっきりと写されていた。冴島はそれを見るまで信じていなかった。自分の予想であった「力」でなかったことを。



「冴島先輩、これはつまり……」



 山城が続きを言うまでもなかった。冴島たちは犯人に迫ったはずが、出し抜かれた。それも意外な形で。



「……マルセイユか」



「先輩、どうされましたか?」



「山城、お前は知っているか? タロットカードには二種類あることを」



 冴島の問いかけに彼女は首を横に振る。



「一つは主流なものでウェイト版と呼ばれている。そして、もう一つはマルセイユ版と呼ばれている」



「バージョンが違うってことですか? でも、何が違うんですか? だって、同じタロットカードでしょう?」



「いや、大きく違う。これを見ろ」冴島はホワイトボードを指す。そこには五番から七番までのカード――つまり、教皇、恋人、戦車の写真が貼りつけられていた。



「あれ、図柄のテイストが違う。今回のカードだけ、古びた印象を受けます。なんというか……まあ、味があるというか」山城の表現は的を得ていた。



 ホワイトボードに貼られた三枚は輪郭がはっきりとした絵だが、今回のカードはぼやけた印象を与えている。



「図柄も違う。だが、それだけじゃない。



「順番が違う? でも、それが――」



「大きな違いだ。それも、今回の場合は。今までのウェイト版では本来なら八番目は『力』だ。だが、マルセイユ版では『正義』だ」



「そうなると、犯人の今までのこだわりが消えましたね。順番通りに置くなら、バージョンを変えるのはおかしいです」彼女の意見に冴島はうなずく。



 今回は番号こそ八番目だが、バージョンを変えるという大胆な変更をしている。彼にはこれが大きな意味を持っている気がしてならなかった。今までの執着が消えたのか。それとも、変えざるを得ない理由があったのか。冴島は後者だと判断した。



「……犯人は切羽詰まっているらしいな。バージョンを変えるということは、俺たちを混乱させようとしたわけだ。つまり、相手は俺たちの包囲網が迫っていることに気づいている」彼は満足していた。三年に及ぶ追跡が実を結びつつあることに。だが、その間にも犠牲者がいたことを忘れてはいない。



「なるほど、冴島くんの言う通りだな。さて、こうなったからには、追跡の手を緩めるわけにはいかない。二人は引き続き、犯人像を絞り込んでくれ。西園寺、お前は鍵山のところへ行け。意識を取り戻し次第、聞き取りをしろ。犯人と接触して唯一生き残っている貴重な証人だ。俺はここに残って指示を出す」



 西園寺は重大な役目を任されて張り切っていた。冴島は彼が空回りしないか心配だったが、人の心配をする前に自分のなすことをなさねばならない。



「先輩、早速現場に向かいますよ! って、どうしました、眉間にしわを寄せて」



「何かが引っかかる。そう、これを見ていると」彼の視線はホワイトボードに向いていた。だが、今はそれを気にしている場合ではない。



「現場百回だ。行こうじゃないか、鍵山が襲われた現場に」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る