三年前に何があったのか

 相澤隆が殺されてから数日が経過し、冴島たちは完全に行き詰まっていた。捜査は進展を見せず、焦燥感だけが募っていく。特に冴島にとって、この事件は「アルカナ事件」との関連が疑われるだけに、気が休まることがなかった。もし、これが「アルカナ事件」の犯人によるものならば、三年間捕まらなかったのもうなずける。



「冴島、たまには息抜きしろよ。お前が『アルカナ事件』を解決したいのは、分かるけどな」



 捜査資料を一心不乱に漁っている冴島に、先輩の佐々木が忠告する。それに加え、冗談の一つも口にしない佐々木の態度から、冴島への真剣な懸念が感じられる。



「そりゃ、分かってますよ。ですけど、何かしないと落ち着かないんですよ」



 冴島は過去の事件に何か手がかりがないかと考えていた。今回の事件解決に必死になるのは父親の件だけが理由ではない。このまま凶行が続けば、市民の命が失われていくのだ。過去の事件では三人が亡くなっている。これ以上、犠牲者を増やすわけにはいかない。



「冴島先輩、それ過去の事件の資料ですよね? 貸してもらえますか。私も把握しておきたいので」



「もちろんだ。山城も勉強しておけ」



 冴島は捜査資料の束を山城に渡す。その資料は三年間きれいに保存されていたとは思えない状態だった。それもそのはず、冴島が毎日のように読み込んでいたのだから。



「えーと、最初の事件の被害者は浜島はまじまつかささん、四十三才、会社員。自宅にて刺殺される。タロットカードは十五番の『悪魔』。悪魔のカードって、不吉過ぎますね」



 山城は現場の写真を見ると、「タロットカードがなければ、普通ですね」とつぶやく。



「二件目は森崎もりさきあやさん、二十才、大学生。帰宅中に鈍器で撲殺。これは、今回の事件と同じですね。タロットカードは十三番の『死神』。分かりやすいですね。そして、三件目は――」



 冴島は山城言葉を引き受けて続きを言う。



冴島さえじまはじめ、五十五才、警察官。事件の捜査中に殺される。死因はロープによる絞殺。カードは十二番『吊るされた男』。そして、これを最後に犯行は終わった」



 冴島はどの事件についても、暗記していて、そらんじることが出来た。そして、三件目の事件以降、冴島の時間は止まったままだった。



「先輩、三件目の事件現場の状況って……」



 山城はあることに気づいたらしい。そう、三件目の事件は単なる絞殺ではなかった。絞殺したあとに、ご丁寧にも木に吊るされていたのだ。タロットカードの『吊るされた男』のように。



「山城、この三件と今回の事件の違いが分かるか?」



 冴島の問いかけは山城の警察官としての資質を見極めるためのものだった。山城なら気づくと思うが。



「難しい質問ですね。どの事件現場にもタロットカードがありますし……。これと言って違いはないような――あ、タロットカードの図柄! 三年前の事件は不吉な意味のカードばかりだったのに、今回は『教皇』。これが違いですか?」



 冴島は彼女の回答に満足していた。一連の事件が同一犯のものなら、今回の事件だけ浮いている。タロットカードにはまだ、『愚者』というカードが残っている。崖から今にも落ちそうな男の絵だ。冴島にはこれを使わなかった理由が事件の鍵を握っていると考えていた。



「おーい、冴島くん。都内で殺人事件が発生したらしい。現場に向かってくれ。もちろん、山城と一緒にだ。『アルカナ事件』に進展がないなら、他のヤマを追ってくれ。なにしろ人員が足りんからな」



 飯田警部はそう言うと「なんで上は人を増やしてくれないんだ」と愚痴をこぼしていた。



 今回も山城と一緒か。警部はよっぽど冴島の暴走を恐れているらしい。しかし、いくら冴島がチームプレーが苦手といっても、そう簡単には和を乱すことはしない。「アルカナ事件」は例外だが。



 山城は「アルカナ事件」のファイルを閉じると、スーツの上着を羽織る。「行ってきます!」と元気よく部屋を出ようとするが、冴島が静かに彼女を呼び止めた。



「先輩、どうしたんですか?」



「今日は雨が降っている。傘を持っていけ」



 冴島が窓から外を見ると、雨雲で暗く、そして激しく雨が降っていた。そう、あの日のように。

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