聞き込み開始

「相澤さんについて、何かご存知のことはありませんか? どんな些細なことでもかまいません」



 冴島は、山城とともに静かな住宅街にある被害者のマンションの隣室で、老婦人に尋ねていた。



 目の前にいる老婆は、冴島の問いかけに対して、少し考える素振りを見せた後、微笑みながら答えた。



「もしかして、これが聞き込みってやつかしら。まるでドラマみたいだわ」



 その言葉に、冴島は内心で戸惑いを覚えた。確かに、一般人がこの状況をドラマのように感じるのも無理はない。しかし、冴島らにとっては現実の事件であり、捜査の一環なのだ。冴島は、無邪気な反応を見せる老婆の前で、少し肩をすくめながら言葉を選んだ。



「そうですね。私たちは、実際に起こった事件の真相を探るために来ています」



 老婆は、彼の真剣な様子を見てか、少しだけ表情を和らげた。「そうねぇ。あの人はすれ違う度に挨拶してくれる気さくな人だったわ」と思い出を語り始める。



「あとは、私がトラブルに巻き込まれた時も、解決してくれたわ。あんなに優しい人が殺されるなんて、理不尽な世の中ね」



「なるほど、分かりました。貴重なお時間をいただきありがとうございました」



 冴島が礼を言って去ろうとすると、老婆がこう付け加えた。



「そうそう。それと、相澤さんは別居中のはずよ」



「別居中ですか。ちなみに、彼の奥さんがどこに住んでいるかはご存知ですか?」



「ええ、もちろん。確か『黒崎法律事務所』に勤めているはずだから、そこに行けば分かるはずよ」



 なるほど、夫婦して弁護士なのか。別居中ということは、何か問題があるのは明らかだ。弁護士同士のケンカなら、法律の引用のオンパレードかもしれない。



「貴重な情報、ありがとうございました。山城、次行くぞ」





 外の空気は、意外とさっぱりとしていた。日差しが暖かく、周囲の景色は静けさに包まれている。



「それにしても、被害者の人間関係はさっぱりしてますね。両親は数年前に交通事故で亡くなっていて、唯一の家族は別居中の妻一人」



 山城が言う言葉に、冴島は頷きながら考えを深めた。孤立した被害者の背景が、事件の動機に繋がる可能性もある。孤独は時に、人間の心に暗い影を落とすのだ。



「言い方は悪いが、聞き込みの範囲が少なくて済むとも言える。山城、黒崎法律事務所について、知ってるか?」と冴島が続けると、山城は首を横に振った。



「いや、知りませんよ。初めて聞きましたから」



「今後のために教えておくと、悪徳弁護士として名高い黒崎っていう奴の事務所だ」と冴島が説明すると、山城は驚いた表情を浮かべた。



「奥さんはそんな事務所で働いているんですか。別居の理由は分かりませんが、奥さんの方に問題がありそうですね」



「十中八九な。だが、今から会うんだ。表情に出すなよ」と冴島は、山城に向かって注意を促した。



「先輩が出来るかの方が心配ですけどね」と山城が冗談めかして言うと、冴島は苦笑いを浮かべた。

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