五番目のカード「教皇」
「冴島くん、本当か!? 現場にタロットカードが落ちていたというのは」
飯田警部の声は少し高ぶっていたが、冴島は冷静に答える。
「警部、俺は冗談は言いませんよ。これですよ、これ」
冴島は上着のポケットから一枚の写真を取り出し、無言のまま飯田警部のデスクにそっと置いた。無造作に置かれた写真には、鮮やかな赤に染まる血溜まりの中、一枚のタロットカードがはっきりと写っていた
飯田警部は写真に目を落とし、しばしの間無言で見つめた。額にうっすらと皺が寄り、眉間が鋭くなっていく。深い呼吸を一つ置いてから、彼は口を開いた。
「なるほど。それで、君は三年前の事件、つまり『アルカナ事件』と同一犯だと言いたいのか? ちょっと飛躍しすぎじゃないかな。被害者の趣味かもしれないし、三年前の事件の模倣犯かもしれん」
飯田の言葉には、慎重さと疑念が織り交ぜられていた。だが、冴島はすでにその可能性を排除していた。
「警部、被害者の趣味の線はありませんよ。山城と一緒に部屋中を探しましたからね。他のカードがないかどうか」
冴島は背後を振り返り、確認するように山城を見た。彼女は無言で頷き、その様子を確認した飯田警部は、肩をすくめた。
「え、そうなの!? ちょっと、山城もそういう大事なことは早く言ってくれよ……」
飯田警部の声にはどこか焦りが混じっていたが、山城はそんな彼を冷ややかな目で見つめ、短く返した。
「いえ、警部が悪いです。私たちが報告する時間を与えなかった警部が」
飯田警部は「そうだったかな……」ととぼけながらも、冴島に切れ味鋭い質問をする。「それで、今回のカードの図柄は?」
「五番目のカード、『教皇』です」
その言葉が部屋に響くと、飯田は再び沈黙し、考え込むように目を細めた。彼の脳裏で過去の事件が再び浮かび上がっているのだろうか。
「なるほど、五番目のカードか。模倣犯の可能性は低くなった……かもしれん」
飯田の言葉は曖昧だったが、冴島はその判断に頷けた。だが、その曖昧さに山城は苛立ちを隠せず、強い目で「はっきりしろ」とばかりに飯田をにらみつけた。
「山城に分かりやすく説明すると、三年前の事件では五番目のカードは使われていないんだ。当時、マスコミは現場にタロットカードが置いてあったことだけ報じている。つまり、どのカードが使われたかは一般人は知らんのだ」
「それで、ですか。でも、模倣犯がたまたま使われていないカードを置いた可能性もあるのでは?」
「だから、可能性が低い、と言っただろう? つまり、今の段階ではなんとも言えんのだよ」
飯田警部は語気を強めながらも、結論を急ぐことはしなかった。無理に犯人像を絞り込むのは、捜査の柔軟性を損なうことになると知っていたからだ。彼の目は冴島と山城に向けられていたが、その視線はどこか遠くを見ているようでもあった。
彼は重たげに椅子に深くもたれかかり、古びたデスクチェアが不満げにギシギシと音を立てた。その音は狭い部屋の中で響き、部屋の中に漂う重苦しい空気を一層強めた。
「ともかく、二人は捜査を続けるように。あくまでも、一つの殺人事件として、だ。特に冴島くんは気をつけるように。以上!」
飯田の指示に対して冴島は小さく頷き、山城もそのまま無言で身を翻した。
「冴島、よかったな。お前にも仕事が回ってきて」
佐々木の軽口には、冴島に対する悪意というよりは、親しみと皮肉の混じった調子が含まれていた。だが、冴島が口を開く前に、山城が即座に反応した。
「人が死んでいるんです。不謹慎なことは言わないでください」と山城が返す。
彼女の言葉には鋭い棘があり、佐々木は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
「まあまあ、そう怒るなよ、山城。せっかくの美人が台無しだぜ」
山城の瞳が一瞬、鋭く光ったが、何も言わなかった。
「ところで、今回のヤマはどうなんだ? すぐに解決しそうか?」
佐々木の質問に対して、冴島は少しの間言葉を探し、そして静かに首を振った。
「なんとも言えません」
「まっ、無理はするなよ」佐々木は冴島の肩を軽く叩き、いつもの調子で言った。「デカは体が資本だからな。お前が倒れたら事件も進まんからな。頑張れよ」
彼の言葉に含まれる親しみの色は、冴島を少しだけ和らげた。
冴島は深いため息をつき、椅子に軽く腰を下ろした。その視線はデスクの上に置かれた写真へと向けられた。血溜まりに浮かぶタロットカード――「教皇」のカード。カードが意味するものは何か。なぜ犯人はこのカードを残したのか。頭の中で疑問が次々に浮かんでは消えていく。
「さて、聞き込みといきますか、やっちゃん」
山城は冴島を冷ややかな目で見つめた。彼女の眉がピクリと動き、不満げな表情が浮かぶ。
「先輩、殴られたいんですか」
その冷たい言葉に、冴島は一瞬面食らったが、次の瞬間には小さく笑みを浮かべた。山城の厳しい態度には慣れている。彼女が冗談めかして言っていることもわかっていた。
「冗談だよ、冗談」と冴島は軽く手を振って言いながらも、心の中では少しだけ反省していた。山城にとっては、冗談を言っている場合ではないということを理解していたからだ。
パトカーに乗り込むと、山城がハンドルを握りしめ、エンジンをかけた。車内に流れ込む空気は涼しく、エンジン音が低く唸る。
「結局、あのタロットカードが何を意味するのか、まだわからないままですね」
彼女の言葉は、冴島の心に引っかかっていた疑問をそのまま代弁しているようだった。タロットカードは何を示しているのか? ただの偶然なのか、それとも、背後に潜む真犯人の計画的な意図があるのか?
「そうだな……まだ、何とも言えない。ただ一つ言えることは、犯人を挙げて法廷の場に立たせる。それだけだ」
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