クロユリの花束を君に
雨宮 徹
こちら、警視庁捜査一課です
警視庁捜査一課の一室。
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鍵山は手元の書類の束を渡す。それは一ミリのズレもなく、彼の几帳面さを示していた。
「鍵山の奴、また手柄をあげそうだぞ! おい、冴島はどうなんだ?」冴島の先輩である佐々木が肩を叩く。
「いや、どうって言われても、今追っているヤマがないですからね」ブラックコーヒーを飲んで、かっこうをつけておきながら、実際のところ冴島は暇だ。
「そうだったな。『冴えない』から冴島だったな。冴えないやつに事件を任せるほど、警部も馬鹿じゃないからな」
「ちょっと、その言い方はないんじゃないんですか? それ、パワハラですよ」と
そんなやりとりをしていると、デスクの電話が鳴る。
「はい、こちら警視庁捜査一課。はい……かしこまりました」
山城は電話を置くと、飯田警部に「都内のマンションで変死体が見つかったそうです」と報告する。飯田警部は考えることなく、「冴島くん、手空いてるだろ? 行ってくれんかね。山城、お前は冴島が独断専行しないようにピッタリくっついていろ」と指示をする。
「ちょっと待ってください。警部、私は冴島先輩のお守りではないですよ! 勘弁してくださいよ……」山城が大きくため息をつくと、ロングヘアが揺れる。
「そんな嫌な顔しないでくれよ。俺だって一人の方が好きなんだ。山城の教育は鍵山に任せればいいでしょう? あいつの方が有能ですから」
冴島はジョークのつもりで言ったのだろうが、佐々木は「そうだ、そうだ」とばかりに首を縦に振っている。山城がジロっとにらむと、佐々木はおとなしくなる。そう、捜査一課の影の支配者は山城であり、警部の飯田はお飾りだ。
「ゴホン、ともかく冴島、山城の両名は現場に急行するように!」
冴島は助手席に座り、窓の外をぼんやりと眺めていた。しかし、隣の山城の不機嫌な顔が気になって仕方がなかった。
「まったく、冴島さん。どうしていつも独断専行なんですか。私を巻き込まれるのは本当に勘弁して欲しいですよ!」
案の定だ。山城はいつも真面目で、ルールを守ることを最優先にしている。冴島はその律儀さが少しばかり苦手だった。彼女が何を言おうと、冴島は自分のやり方を変えるつもりはない。
「やっちゃん、それが俺のやり方だ。気にするな」軽く返して、再び窓の外に視線を戻す。
「その呼び方、やめてくださいって何度言えばわかるんですか!」山城の声がわずかに震えている。彼女の苛立ちが伝わってくるが、冴島は気にしない。今は現場に向かうことに集中すべきだ。
だが、不意に山城の口調が変わった。「でも……実は思うんですけど、冴えないから冴島じゃなくて、『冴えすぎる』から冴島なんじゃないですか?」
冴島は驚いて彼女の顔を見た。いつもは冷静で、あまり冗談を言わない山城が、そんな言葉を口にするとは思ってもみなかった。彼女が冴島をどう見ているのか、ほんの一瞬だけ、興味が湧いた。
「独断専行は許せませんが、あなたの勘や執念、捜査への情熱は本物ですからね。だからこそ、先輩、もっとチームプレーを大事にしてほしいんですよ」
その言葉に冴島は黙り込んだ。自分のやり方を変えようとは思わないが、山城がこんな風に自分を評価しているとは予想外だった。彼女なりに冴島のことを気にかけているのだろうか。
「苦手だからって、努力しない理由にはなりませんよ」山城の声は真剣だ。
冴島は小さく笑いながら、「お前は真面目だな、やっちゃん。でも、チームプレーは俺に向いてないさ」とだけ答えた。
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