第4話 武州鉄道の跡地を巡る旅

 6月、県民研究会は、フィールドワークとして、武州鉄道の跡地を巡った。武州鉄道は昭和初期まで存在した鉄道で、現在の東川口を起点として、浦和美園や岩槻を経由して、蓮田に至る路線であった。日中戦争が本格化した昭和13年、台風で線路が流され、そのまま廃業となったという悲しい歴史があるのである。

 岩槻駅周辺で廃線跡を調査するが、跡地とわかるようなものは見つからなかった。岩槻の特産品は日本人形である。岩槻駅周辺を散策すると、照明の落ちた店内から日本人形の形がわずかに見えるので、ドキッとさせられると言われている。

 朝倉、富田はフィールドワークもそっちのけにベンチャー企業が入れそうな事務所の情報を物色していた。涌井は何やらやる気のない感じでその後ろを付いて歩いていた。

 岩槻駅周辺を散策する中、五十嵐夏澄が集団から離れて電話で会話をしていた。五十嵐がこういったグループ活動中に外部と連絡を取ることは珍しい。ちょっと長い会話の後、五十嵐が状況説明しにやってきた。

「わたし、今から実家に帰らなきゃいけなったので失礼します。父が病気で倒れたので」

 五十嵐夏澄は、岩槻駅前からタクシーで直接、実家のある五霞町へと向かった。

 こういった見送りの際、「がんばれよ」とか不用意なことをいう訳にもいかず、どのメンバーもどう声を掛けたらよいのか分からず、無言での見送りであった。


 それから2~3週間後の夕方、北浦和のガード下の公園で一色と彩野はワンオンワンのバスケを行っていた。二人とも、高校生の時に、スラムダンクに憧れて、バスケを始めたが、練習についていけず、途中でバスケをやめているが、バスケ自体は嫌いではない。

 一色はボールをバウンドさせながらシュートの隙をうかがっていた。

「埼玉の県のマークは・・・勾玉ですが・・・、その勾玉の数はいくつでしょうか?」

「わからん。634個だ」

「ちがう。正解は16個だ」

 一色のシュートはリングにぶつかりゴールとはならなかった。

 二人のバスケは、クイズを出し合いながら進む。しかし、クイズネタが限界に近付きつつあった。

 次は彩野ボールであるが、一色はクイズとは違う分野の質問をふった。

「もし埼玉県知事なったとしたら、何する?」

「いいね県知事。俺なら、まず、武州鉄道を復活。東上線を群馬までつなげたいと思う」

 一色がドリブルしてゴールを狙うが彩野がコースをガード。シュートはリングにあたり、リバウンドを彩野が確保した。

 次は彩野の攻撃の番であるが、一色は知事の話を続けた。

「俺は、埼玉県を埼玉都にして、埼玉大に医学部を作る。あと、五霞町を・・・・」

 彩野のドリブルを一色がカット。飛び出たボールを一色が確保した。

「五霞町を埼玉県に編入する」

「だったら、北川辺を手放しなさいよ」

 一色のスリーポイントシュートもリングを直撃してゴールとはならなかった。二人ともバスケを途中でやめたのでシュートの精度はイマイチなのだ。


 二人はワンオンワンに疲れて休憩していた。彩野が一色に質問した。

「DZUってなんだ?」

「Dはダサイタマの意味らしいよ」

「Zは何?」

「Zは絶滅。Uはユニオン。連合」

「ダサイタマ絶滅連合?そのネーミング自体がダサいんだけど」

 彩野のコメントに一色は反応しなかった。気まずい気がして彩野は話題を変えた。

「そういえば、あの時、大黒さんはメシアっていなかったっけ?メシアって・・・」

「メシアはDZUの抗争に敗退して解散したらしいよ」

「だっっさ」

 

 二人は公園を出て、北浦和駅に向かった。

「そういえば、五十嵐さんどうなった?」

「お父さん、一応、退院したけど、また入院して手術になるらしい。夏澄は、お父さんの世話をするために内定を断ったらしい」

 五十嵐の父の入院先は茨城県中部の病院であった。五霞町は利根川の南側で、生活圏も埼玉県であったが、幸手市には入院に適した病院は見つからず、久喜市の病院は病床に空きがなかったために転院を断られていた。

 京浜東北線のホームで下り電車が進入してくると一色は思い出したように彩野に告げた。

「あと、おれ、卒業したら結婚しようと思う」

「だれと」

「わかるだろ」

 そんなことはわかっている。わかっていることでもわざとらしく聞く。当たり前のことを、ちょっとわからないふりをして聞く。それが、相手への敬意や優しさの表現なのだ。

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