第3話 僕たちのミレニアム、三市合併で政令市誕生
2000年3月、そうこうしている内に、大宮、浦和と与野の新市名候補が発表された。
一位は「さいたま市」で、「県民研究会」で予想していた「大与野市」は候補にすら入っていなかった。
一方、新市名の候補に「大さいたま市」が入っていた。語呂的に「ダサイタマ」と近しい響きがある。もはや、自虐ネタを超えて自爆テロとしかいいようがない。このことはサークルメンバーの間ではしばらく話題になっていた。
大学4年新学期、関西人の岸沼は自主退学となった。実家の都合で学費が払えなくなったそうだ。この時、ある事実が明らかになった。岸沼の実家は和歌山県だったのだ。あれだけ「大阪人ならやっている」とか、「岸和田ではありえへん」と口にしていたのに、出身地は大阪ですらなかったのだ。
下宿先の住所も東京都であった。家賃の高い東京を下宿に選んだ割には、資金繰りに失敗して自主退学となったのであった。岸沼の腰巾着であった大和も、きまずくなって、サークルに来なくなってしまった。
2000年5月、さいたま新都心では街開きが行われた。この時、中央の行政機関の一部が埼玉副都心に移転した。このことについて、埼玉の地方紙は、こぞって「埼玉遷都」との見出しの号外を発行していた。
県民研究会のメンバー朝倉、涌井、富田はさいたま新都心駅前のとある不動産屋から出てきたところだった。表情はなぜか暗い。3人はそのまま近くの喫茶店に入り打ち合わせを続けていた。
「さいたま副都心の事務所賃料って、高いね。都心と変わらないじゃないか・・・」
「いっそのこと、副都心は諦めて岩槻にするか?もともと埼玉県の県庁って岩槻になる予定だったらしいぞ」
「そうなんだ。なんで岩槻にならなかった」
「県庁が入れる建物がなかったんだって」
「そんなんだったら、物件そのものが見つからないだろう」
3人の企業は事務所選びの段階ですでに難航していた。
その頃、彩野は浦和駅前の本屋を訪れたとき、とある文庫本が目に留まった。太宰治の「走れメロス」である。彩野は、埼玉中央大学には推薦合格であるが、推薦入試の際の論文の題材が「走れメロス」だったのである。彩野は何か懐かしいような気がして、その文庫本を手に取った。
走れメロスは「メロスは激怒した」から始まる。激怒したからと言って、刃物を持った状態で王宮に潜入すれば、それが暴君であろうとなかろうと逮捕されるだろう。そんな暴走機関車メロスの身代わりになった友人セリヌンティウスは、どんな気持ちで身代わりを引き受けたのだろうか?
それが、埼玉中央大学の論文試験のお題だったのだ。
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