第4話 ポカリスエット 四.
ナシャルと骨を探すようになって、四ヶ月が経とうとしていた。
その夕方、とてもうれしいことがあった。
なんと、新しい骨を見つけたのだ。
「ナシャル、これは……?」
たて笛くらい大きなその骨は、汽水域から少し離れたところにあった。
夕陽の橙にも負けない白さが、あきらかにほかの流木とちがっていた。
わたしが骨をわたすと、彼女は、ぴょん、と飛び上がった。
骨を抱いて、口をぱくぱくさせ、「ありがとう」と言う。
そうして、こちらが恐縮するくらい、何度も頭を下げた。
「ね。お礼はいいから、早速、見てみようよ」
もしかしたら、彼女が求めている思い出をみせてくれる骨かもしれない。
堤防に腰かけて、彼女は深呼吸をする。
緊張しているようだ。
目を閉じ、ゆっくりと、骨を頬にあてた。
彼女はそのままの姿勢で、しばらく固まっていた。
わたしはどきどきしながら、彼女の反応を待った。
風が吹き、彼女の髪を揺らす。
やがて、彼女は目を開け、ほほ笑んだ。
わたしを見て、しずかに首を左右に振った。
「そう……」
彼女が、ボードにペンを走らせる。
『いっしょに、なのはなをみにいったときの、おもいでだった』
「そっか」
『おちこまないで』
『わたし、うれしい。またひとつ、あのひととのおもいでがみれたから』
『ありがとう、ゆき』
「うん、うん」
わたしは、彼女に寄り添った。
「これからも、探そうね。今度はきっと、お目当てのものが見つかるよ」
すると、彼女はどこか、かなしそうな顔をした。
「……どうしたの?」
わたしは彼女の顔をのぞきこんだ。彼女は、すぐに首を左右に振る。
彼女は前にも、こんな表情をしたことがあった。
そのときは、さびしそうな顔だった。
「なにかあったなら、言って」
踏み込んだことを尋ねたかった。わたしにとって彼女は、もう、そういう存在になっているから。
しかし彼女は、ありがとう、と声なき声で言うばかりだった。
気後れしているような……うまく笑おうとしているのに、できない……そんな顔をして。
◇
ナシャルの表情について考えながら帰路をたどっていたから、うしろから何度も声をかけられているのに気づかなかった。
とん、と肩をたたかれ、わたしはようやく振り返る。
ナンキンハゼの並木道を過ぎ、家に続く路地に差し掛かったところだ。
「慎太郎くん」
郵便配達のおじさんが、小包を持って立っていた。
彼の後方には、原付バイクが止められている。
「ちょうどよかった。お届けものだよ」
「ありがとうございます」
「最近、遅くまでお散歩してると?」
わたしに小包を受け渡しながら、おじさんが尋ねる。
「この時間くらいに配達してると、きみが歩いているのをよく見かけるとよ」
「はい。海に行ってるんです」
「海?」
おじさんは驚いた顔をし、
「入れるとね?」
「え?」
わたしはその言葉の意味を少し考えて、
「あ、いえ。泳ぎはしてないんです」
「いやいや、そうじゃなくて。看板、出てなかったね?」
「看板?」
「うん。ほら、立ち入り禁止です、っていう」
「……」
「前に通りがかったときには、もう出てたような気がするけどなあ。見間違いじゃろ
か?」
背筋がつめたくなる。
胸が高鳴り始めた。
「……なんで、立ち入り禁止なんですか?」
「工事するかいよ。十二月から着工じゃったかな」
おじさんは、あごに手をあてて言った。
「あそこの砂浜は海抜が低くて、津波がきたら町がひとたまりもないとよね。だから、埋め立てられて、防波堤がつくられるとよ」
◇
小包を玄関のあがりがまちに置いて、わたしはふたたび家を出た。
薄闇の中、海へ向かう歩調が自然に早まっていく。
日が暮れているのに、いまだ蝉の声が激しい。
暑さもゆるまず、たちまち汗がにじむ。
ナンキンハゼの並木道を抜け、川沿いの遊歩道を行き、国道を渡って、堤防へ降り、橋梁をくぐり、汽水域へ出る――。
いつもなぞっているこの道のりは、海へのただしいルートではない。
町の地図を見て、知っていた。
本当は、駅の脇道から防砂林を抜けて砂浜へと続く、整備された道がある。
しかしわたしは、裏道しか使ったことがなかったのだ。
夏だというのに、浜に人がいない理由が、ようやくわかる。
遅れているのではなく、今年はそもそも、海開き自体がない。
まばらに人のいる駅前を過ぎ、防砂林への道までくると、すぐに『立ち入り禁止』と書かれたバリゲードと、大きな看板が目に入った。
『ご迷惑をおかけします 海岸の埋立工事を行います
令和〇年十二月一日~令和六年四月三十日まで 時間帯 八時~十五時』
看板のとなりには、埋め立て予定となっている砂浜の航空写真があった。
土砂埋立、と赤い範囲で示されている部分に、汽水域も入っていた。
蝉の声が遠くなる。
わたしは、看板の前で立ちつくした。
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