第4話 カチコミじゃぁぁぁああああ!!
「おはよう……」
時刻は15時。あれから一週間経った土曜日のこと。
日々の仕事の疲れがたまるのか、毎週土曜日はじっくり眠る方だが、今回は特に良く寝た。何とかリビングに出て、顔を洗い歯を磨く。
少しシャキッとしたは良いものの、家には誰もいない様子。この時間だ、多分両親は買い出し、咲は映画でも見に行っているのではないか。家に1人ならちょうどいい、という事でみんなが帰ってくるまで、対キュスタール手段でも練っておこう。
「ふふ……ふふふ……待ってろよキュスタール……」
ちょっと今の、悪の幹部っぽくてよくない?
数時間後。ガチャリと玄関の扉が開く音がした。ぱたぱたと廊下を歩く音で、それが咲だとわかった私は部屋から出て愛しの妹を迎えに行く。今日半日お話してないので、そろそろ妹欠乏症になりそう。妹欠乏症は体に悪いって、きっと科学的に証明されてる。きっと科学的に証明されてる。
「咲、お帰り~~~!」
「あ、お姉ちゃん起きたんだ。ただいま」
「声かけないで行くなんて、薄情者め」
「唇薄いお姉ちゃんに言われたくないね!あと声はかけたよ〜。寝てたけど」
肩から掛けていた小さなカバンを下ろし、ソファーにどしっと腰かける咲。ワイルドな咲もいいね!!!ふふ、おねえちゃんが労わりましょう、任せなさいな!
「紅茶いる?」
「いるー!淹れてくれるの?」
「もちろん。牛乳は?」
「いれて!たくさん!あ、そうだ。今日お菓子買ってきたから紅茶と一緒に食べよ」
「おっいいねぇ」
今日はこんな映画を見てきたんだ、ここが面白くてどうこう、あそこが面白くてどうこうとひたすら話をしてくれる。私のことをオタクだなんだと言っていたけど、咲も相当な映画オタクだよね。ちょっと前、その話を会社でしてたら詳しすぎて上司と盛り上がったって言ってたし。さすが、私の妹。かわいくて人の心もつかめて仕事も出来ちゃう天才!
興奮が抜けきらない咲の話を聞きながら、マグカップに1つずつティーパックを投入。あったかいお湯と牛乳もどばっと投入。木製のコースターと一緒に机まで運べば簡易ティーパーティの始まりだ!
「はい、ミルクティーね」
「やた~!ありがとう、お姉ちゃん!」
「いいってことよ!!!お姉ちゃんだからね!!!」
えへへと2人で顔を見合わせながら笑いあう。これぞ至福の時。
「あっそうだ。映画から帰ってくるときさ、タールから連絡あったよ」
「おっ、やっと行き来する装置でもできた?」
「うん!できたって!嬉しいなぁ。これで咲も向こうに遊びに行けるし、お姉ちゃんをタールに合わせてあげることもできるし!」
「お姉ちゃんは未だキュスタールのこと認めてないからね??紹介されても……ねぇ?」
「も~~頑固なんだから」
口元をきゅっとすぼめてぶすーっといった表情を浮かべている咲。いいよこっちに視線頂戴!!
「なんかね、このアプリ入れればいいんだって。リンク送るね」
「ん、ありがとー」
アプリに落とし込んだの、すごくない?というちょっとした尊敬の気持ちと、アイツがそんな技術を持っていることに対する恐れの感情が入り混じる。が、こちらを見てなに?と言わんばかりに首を傾げた咲の存在がそのすべてを吹っ飛ばした。
まぁ、なんにしても会いに行ってとりあえず殴ろう!そうしよう!この可愛い妹を奪い去ろうとしている不届き者め!!!!
メッセージアプリで送られてきたリンクに跳ぶと、怪しげな魔法陣が書かれたアプリのインストール画面が表示される。「ダうんローど」という文字をタップすると一瞬スマホ自体が薄く光った。
「なんか光ったんだけど」
「咲の時もそうなったし、タールも光るよって言ってたから正常な反応じゃないかな」
「お姉ちゃんの知る『正常』ではスマホ光んないんだけど」
「タールは魔法使いだよ?こっちの普通は通用しないよ~~も~~お姉ちゃんったら!」
だよね~~あはは~~~~~
いやこわ。謎技術すぎない?
「で、このアプリ起動すればいいのかな」
「うん。そう言ってた」
「咲はもう使ったの?」
「ううん、お姉ちゃんと一緒に使ってみようかなって思って、まだ使ってない」
「じゃあ一緒に押してみようか」
「うんっ!!」
花が咲くような笑顔とはこのこと!父母、いい名前を咲にありがとう。大感謝!
「じゃあ押すよ」
「うん」
「「せーの」」
そうして気合いっぱいに叫ぶ妹。
「よろしくお願いしまぁぁああす!」
妹よ、それはなんかすごく……夏のウォーズな気合の入れ方だねっ!うん、お姉ちゃんもその作品大好きだし、良いと思う!アツいよね!
そうして咲と私の身体は、スマホから広がる光に浸食されていった。
◇◆◇◆◇◆
目を開けるとそこは森だった。
何を言っているかわからねぇと思うが、私も正直わからない。ここがどこだかとんと見当もつかない。
ただ、上を見上げるとはるか上空にドラゴン的な何かが飛んでいるのが見えるし、下を見れば見たこともない虫がかさかさと歩いている。うわ足めっちゃ多っ気持ちわるっ。
「おお……懐かしいなぁこの感じ!」
横から咲のはしゃぐ声が聞こえてくるので、多分二人とも無事に異世界転移できたのだろう。ここが咲のことを1年も閉じ込めた異世界ね。
ぐるりと周囲を見渡し愛しの妹を視界に入れた瞬間、私の思考は止まった。
咲が、咲が……!!!
「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!かわい~~~~~~~~~~~~~~~~~~!咲、どうしたのその姿!!!!え、いつも天使みたいとは思ってたけど、ついに天使になったの?え、本当!?夢じゃない?いや、夢でもいい!いっそ!!かわいい~~!!どこにも行かないで~~~~~!!!!」
「うわっ勢いすご。どこにもいかないよ〜。そういや、なんか前に来たときもこんなことになってたっけ。どう?」
咲の腰元に一対の白く大きな羽が生えていた。頭には光輪が浮いており、控えめに表現しても天使のような姿になっている。もともと天使ではあったけどね?服装は転移してくる前と変わらないのがちょっとミスマッチになっているのだけが気になる。かわいいお洋服を着せてあげたい。お姉ちゃんの財布が唸りそう。
咲はぱたりぱたりと羽を動かしその場にすこし浮くと、くるりと一回転して全身を見せてくれた。
「ぎゃわ゛い゛い゛……うっ……可愛いよ咲……写真、写真撮らなきゃ……ちょっとそこでポーズ取って……いいね、ポートレートで何枚か撮るからちょっと待ってて……」
異世界の森を背景にちょっと恥ずかしそうな表情で何回かポーズをとる咲を、持っていたスマホのポートレートモードで激写。かわいい。やっぱりうちの妹、世界が変わっても世界一可愛い。こんなにかわいい子いる?いやいない。(反語)
「も、もういい?ちょっと恥ずかしいんだけど。ってかそんなに泣くレベル!?えっ!?」
「う゛っ……う゛っ……今この瞬間だけキュスタールに感謝……よくやってくれたよ、あいつは……みてこれ……超かわいい……」
撮った写真を咲に見せると咲は瞳をキラキラを輝かせた。
「ありがとお姉ちゃん!超綺麗に撮ってくれてるじゃん。咲、これアイコンにする!」
「咲を綺麗に撮るために、ちょっと高性能なスマホ買ってるからね。そうしな。何枚でも撮ってあげる」
やった〜!と羽をぱたぱたさせてさらに数センチ浮く咲。
ひとしきり浮いて喜んだのか、地面に足をつけて咲がこちらに振り向く。
「そしたらお姉ちゃんも撮ってあげる!お姉ちゃんもなんか、かわいい恰好になってるよ!」
「お姉ちゃんの写真はいいよ。咲の写真だけあればいい」
「も~~~~!咲が欲しいの!そこに立って!ポーズ取って!」
そう言われて顔の横でしぶしぶピースする。写真は苦手なんだけどな。
写真を撮られながら、自分の様子も確認してみる。体に変化は無いようだが、ちょっと頭が重い感じがするのは何だろう。髪飾りでもついてるのかな。あと上質そうな白い布の服を纏っていることが気になる。なんかこの服、どこかで見たことあるような気がするんだけど……。
「はいほら、見て見てよ!可愛い~~~!タールと一緒!」
「は?」
キュスタールと一緒?遺憾の意ですが?
咲が撮ってくれた写真を見る。
そこには、青いロングヘアに華やかなヘッドドレス、白いハイネックのマーメードドレスに長手袋を纏ったエルフのウタが立っていた。
「これ、Vtuberの私じゃん!!!!」
じゃん……じゃん…じゃん。
待って、本当にあいつは何をしているの?!?!いやでも咲がかわいいねぇなんて言ってくれているのでいいのか? いやダメでしょなんであいつが私のVtuberの姿知ってんのよおかしくない?
何より、咲がいつもの服装なのに、私がこんなに華やかな恰好してるのが一番許せん。何を考えてるんだあいつは。着飾るなら咲が先でしょうわかってないわね。
「はぁ……」
これには思わずクソデカため息が出るというもの。
「じゃ、タールのお家行こっお姉ちゃん!」
手を差し伸べてくれる咲。連れてってくれるの?優しいね……その姿でやられるってことは、行先は天国なんじゃないかなっておもちゃうけど。これから行くのは地獄なので。
ここいらで一発、気合を入れておこう。
あいつに会ったら色々突っ込んでやる。
「うん、そうだね!カチコミじゃぁぁぁああ!!うおおおおおお!!」
「あはは!うおおおおお!でもお姉ちゃん、喧嘩に行くわけじゃないんだけどなぁ」
「咲ちゃん???これは喧嘩だよ???さ、行こ。案内してくれるんでしょ」
「うん!任せて!」
姉妹2人は手をつなぎながら、異世界の森を進んでいくことになった。
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