第69話

「綺麗」


目を閉じて風を感じている。


春になれば嫌というほど目にしてしまう満開の桜も、詩由は生まれて初めて見たというような反応をする。


「本当だ…とても綺麗だ」


生まれて初めての感情に戸惑っている。


裏表も無く、純粋に人を心配し何気なく笑う。


「あ、そうだ」


詩由はくるりとこちらに振り向くと、にっこりと微笑んだ。


「私も、お弁当のおかずは唐揚げが一番好きです」


俺と同じものが好きというだけで、嬉しそうに胸の前で手を握りニコニコと笑う。


こんな人を俺は初めて見た。


「楽しみにしていて下さい」


タバコの灰が落ちると同時に、俺は彼女に堕ちてしまった。

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