3-2

― 11年前ドイツ ― ライ、6years old


「シエル!天才じゃないか!!」

「シエルすごいぞ」

「エヘへッ、みんなのために頑張ったんだ」

「すごいわ。流石私たちの子よ。今日はとくにお祝いしなくてはね」

「そうだな!おいっ、あとでケーキを持ってきてくれ!」

「ケーキ!僕大好き!!おじさんも食べてね」

「あぁ、ありがたくいただくよ」


部屋中に明るい笑顔が溢れる。


父、母、息子、叔父。家族4人仲良く食卓を囲み、楽しそうに団欒をする。


天井にはいくつものシャンデリアが光り、長いテーブルには豪勢なディナーが並び、執事やメイドが一列に足を揃えて並んでいる。


その様子を扉の向こうから人形のような顔で眺めている少女、それが私だ。


痩せ細った首、両腕、両足には枷。首の枷からは鎖が繋がっている。


私の家は古くから続く名家で、ドイツを拠点に世界に展開する貿易商らしい。まぁ、表向きの話としては...


その後継ぎが私の弟、シエル。とても優秀で、まさに跡継ぎにふさわしい、容姿も申し分ないと思う。


5歳ですでに社交界なんかにも出席しているみたいで、フィアンセもいると聞いた。


姉としては複雑だけど嬉しい気持ちもある。シエルが大好きだから。


「あっ、お姉ちゃん!ねぇねぇ!僕今日もテストの成績1位だったんだよ!」


少し空いている扉の向こうに立つ私のことを見つけたのか、尻尾をぶんぶん振るようなテンションで嬉しそうに話しかけてくる。


その瞬間、シエル以外の全員の顔が凍る。


― 気持ち悪い

― シエル様の食事の邪魔をするなんて

― 勝手に地下室から出て来ないでくれ


ぼそぼそと話す執事やメイドの声が聴こえる。そして、カツカツと高いヒールの音が近づいてきた。


あぁ、母さま。シエルに見つかってしまってごめんなさい。


バチィンッ

頬に熱が集まる。手で触れると少し血が付いていた。


痛い。そんな感覚はもうとっくにない。


「その汚らわしい姿を見せないでちょうだい。地下室へ戻るのよ」


上を見上げると醜いと言わんばかりの顔で嫌悪される。なぜ私がここまで嫌悪されているのかというと...まぁ一番は容姿だろうか。


白い髪に赤い目、誰にも似つかないその作り物のような容姿は、突然変異が起きたか、実は他の男の子どもだったということでしか説明がつかない。


そして、この家系では女が産まれることは忌み嫌われる。

代々続くこの名家では男が跡継ぎとなり、女が産まれるとすぐ殺されてきた。


『おかあs「気持ち悪い。私はお前の母親なんかじゃないわ」

『...』

「その容姿も、表情も、全部が気持ち悪いのよ」

『ごめんなさい』

「声も聴きたくないわ」

「まぁまぁ、エルザ。そのあたりにしておきなさい。今日はシエルのお祝いをするんだろう?」

「あなたもちゃんとしてちょうだい」

「分かってるよ。ライナード、部屋に戻っておきなさい、後で私たちが向かうから」

「その名前で呼ぶことも気持ちが悪いわ」

「はぁ、まったく君は...ライ、ほら行きなさい」

『.........分かりました。父さん』

「いい娘だ」


身なりを整えた少し中年太りのこの男こそ、私の父親でこの家の現当主。そしてもう一人、後ろのテーブルで弟の話を聞きながらじっと私のことを見ているのは叔父。




きもちわるい





言われたとおり部屋に戻るために大階段を降り、さらに庭に出てしばらく歩くと古びた倉庫が見える。倉庫の扉を開けると、薄暗い階段が続く。


ランタンを手に持ち肌寒いコンクリートの壁に手を添え、1段ずつゆっくり降りていく。


子どもの足にはしんどいくらいの長い階段を降りた先には鉄格子。半開きになった格子をあけて地べたに座る。


部屋の角にはペット用の皿と、簡易トイレ、鎖を繋げるものがあるだけで他にはなにもない。


物心がついたときにはこの部屋にいた。どうも私はあの家族にとっては邪魔な存在らしい。ただ生まれつき持ち合わせたIQの高さをかわれ、貴族に有害となる人物を消す仕事をさせられている。


おそらく私のIQは世界でも1人か2人しかいないくらい。


本来生まれてすぐ殺されてるところをこの年齢まで生かしてもらってることに幸福を覚える方が良いのか......


初めに気付いたのは叔父。この家には必要ないと殺されそうになったとき、私が言葉を理解していることに気付き、そのまま私を表には出さないようにして執事たちに育てさせた。


3歳で過酷な訓練を受け、人をはじめて殺したのは4歳、名前も知らない男だった。






コツコツコツ

コツ、コツ、コツ


ふと、少しずつ足音近づいてくる。大人、人数は二人。訓練によって聴覚も発達した私は数キロ先の音まで聞こえる。まさに獣だと思った。


入ってきたのは先ほどまで楽しそうに食事をしていた父親と叔父。シエルの前とは違い、冷たい顔をしている。


「やぁ、ライ」

「また鎖を外したのか」


ガチャっ、ガンッ


『ウッ...』


鎖を引っ張られまた繋げられる。


「この子には意味ないでしょう?すぐにまた外すんですだから」

「形だけでもしとかないとあいつがうるさいからな...」

「兄さんも面倒な女をこの屋敷によく迎え入れましたね」

「そんなことは良い。それより、何やら探りを入れてる刑事がいるそうだな」

「えぇ、最近はどこも臓器売買には過敏ですし。有能なやつほど面倒だしあの場所がバレるのはまずい、さっさと殺すのが良いでしょう」


そういって叔父と父親が私に目を向ける。叔父は笑みを作っているが、当然目の奥は笑ってない。


この家を支配しているのは父さんではない、この気持ち悪く嗤っている叔父だ。


「ライ、また私たちのために力を使ってくれますね?」

『.........』

「返事は?」

『しなくても、決まってるでしょう?』


そういう二人ともピエロのように異常な表情をつくる。


「よく分かっているじゃないか」

「兄さん。早い方が良い、明後日にでも実行しましょう」

「警察自体の介入はやっかいだ、バレないように殺すのはあそこで良いだろう」

「そうですね。あえて手がかりを掴ませるのが良いですよ」

「またシナリオが決まったのか?」

「えぇ、とても面白いものが」

「ならお前に任せる。私は表の仕事も忙しいんでな」

「わかってますよ、兄さん」


普通の顔で異常なことを話す、それがこの部屋では当たり前になっている。


話し終えたのか、父親は私を使い捨ての駒のような目で見る。実際そうなんだろう。


「食事をもって来させる。準備をしておけ」


5日ぶりの食事、普段は水だけで餓死しない程度、というより仕事が入る前はこうして食事が運ばれる。


食事はパン一つ、それでも豪勢すぎて私には重い。


『あさって...ケーサツなんて、怖くもない』



誰を殺すかなんてどうでもいい。早く終わらせてシエルとまたこっそり遊ぼう。


運ばれてきたパンと水を飲み、眠りについた。




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