3-1 古い傷
あいつとは付き合いも長い。
遠坂裕翔。遠坂組の長男で、遠坂が運営する表の会社と、エーヴェルヴァイン貿易商の社長代理を務めている。
長男でなく次男が若頭に就任したのは、もともと裏の世界での才能がないからだ。その代わり秀でた頭脳を持ち、何事も器用にこなす裕翔に会社を任せたそうだ。
私がエーヴェルヴァイン貿易商を任せたのは、昨年のこと。単純にXの仕事が増え、手が回らなくなったからだ。
私のことが大好きなうえ面倒な性格だが、私も可愛いあいつを気に入っている。
「(まぁ、年上なんだけどな)」
車が停車し、そこに見えたのはエーヴェルヴァイン日本支部。30階建ての高層ビル、入口には黒スーツの警備員が数名立っているが、私たちに気付き一礼する。
エントランスは大きなシャンデリアがいくつもあり、受付嬢が仕事をしている。なかにも警備員が数名。
「おかえりなさいませ」
『遠坂を応接室に呼んでくれ』
「かしこまりました」
受付嬢が電話をかけたのを確認し、パスワード付きのエレベーターに乗る。ここまで警備を固くしているのは、世界でも3本の腕に入る貿易会社で、誰かが探りに来ても不思議ではないからだ。
チンッ
長いエレベーターは30階を差している。エレベーターを降りて応接室に入る。各階に会議室やらがあるが、30階は社長室、応接室しかない。
おそらく社長室にはいないであろう裕翔を待つ。
しばらくしてバタバタバタッと誰かの走る音が聴こえた。
ガチャンッと勢いよくドアが空いたと同時に少し汗ばんだ裕翔が驚いた顔で立ち尽くしている。
『うるさいぞ』
「ライ.........」
悲しそうな顔で近づき私を抱きしめる。
「日本に来てたんだね...」
『...連絡なしに会える方が嬉しいだろ?』
「まったく」
呆れた声でふんわりと笑って頬にキスをする。
グレーのブリティッシュスーツを身に纏い、日本人とは言えない整った顔立ち、弟とは違う母親譲りの柔らかな雰囲気。
だから私はこの顔が好きなんだろうか。
身長は高くこの甘いフェイス、交渉の材料にも十分だ。男女関係なく社員にもかなりモテていると聞く。
上がこれだからか、日本の成績もドイツと変わらず良い。日本人もこの顔が好きなんだろう。
自然と裕翔の頬に手が伸びる。
「ッ...」
『会いたかったよ』
耳元で甘い声で囁く。
「ッ、また君はそうやって...からかうのはやめないか」
『......からかってるようにみえるのか?』
「見えるよ。面白がってるだろう?」
口角を上げて笑い、裕翔がやったように私も頬にキスを落とす。
そして雰囲気を変え、それまで静かにしていたライアーの方を見る。
ライアーが軽く頷き、エーヴェルヴァイン宛にきた手紙を裕翔に渡す。
「...手紙?」
「えぇ、Xの方に届きましてね」
「Xに?宛先はエーヴェルヴァインだね」
『真実を知ってるやつは少ない。どこかから情報が漏れたか、亡者が復活したか、』
「亡者......」
「裕翔、誰にも話していませんね?」
「当たり前だ。君こそどうなんだい」
「この私が?」
「有り得なくもない話だろう」
「まさか、ライ様を裏切るくらいなら私は死にますよ」
「それは俺もだよ」
二人の間に少しだけ亀裂が生まれる。あぁ、この二人はそりが合わないんだったな...面倒だ。
『やめろ。裕翔、心当たりはあるか』
ライアーは少しお辞儀をして、裕翔は悲しそうな顔をする。犬だな。
こちらの方を見て、少し顔を顰め考える。
「先週、エーヴェルヴァインに入社した社員が私の秘書になりたいと申し出てきてね」
「秘書ですか。これはまた急ですね」
「あぁ。基本的に秘書はとらない主義だけど、しつこいもんだから社でもとくに優秀なやつを先輩につけて研修をさせてる。でも何故か頻繁にエーヴェルヴァインの幹部の情報を知りたがっているって聞いてるよ」
「そうですか。その者も名簿は見れますか」
「少し待ってくれるかい」
そういってどこかに電話をかけるため外に出る裕翔。
『ライアー、本社も不審な人物が入っていないか調べてくれ』
「かしこまりました」
しばらくして裕翔が戻ってくる。信頼できる部下に書類を持ってこさせたのだろう。
「これが名簿だね。こっちが英語にしたもの」
『......』
「この方はご存知で?」
『いや、全く』
全くと言って良いほど知らない顔と名前、ただ、私のことを知っているということは、貴族と直接...いや、貴族の駒となんらかの繋がりがあるんだろうな。
『こいつは知らないが...私を追っている人物なことには間違いない』
「......本当の貴女を知っているのは、あの組織だけなのでは」
『だが、あいつが私の情報をそうやすやすと漏らすはずもない。この手紙はカマかけに見える』
「あの組織、、、?よく分からないんだが、誰かもわからない人を送って何がしたいんだい?」
『遊んでいるんだろう』
「ライ様への宣戦布告ということですね」
『暇な老人たちだ。まぁ、良い。たまには遊んでやろう』
久しぶりに出る、私のずっと追っているあいつの顔を思い浮かべると、憎悪が押し寄せてくる。
「ライ、、、」
二人が心配そうな表情をする。
私は感情が表に出ない。だが、付き合いが長ければなんとなく分かるらしい。ライアーや裕翔は察知能力も高いから隣に置くのにはちょうど良いが、何となく居心地悪い...
「それにしても、ずいぶん回りくどいやり方ですね」
『それがあいつの趣味だ』
「あいつって誰なんだい?」
知りたいという顔で私を見てくる。
裕翔にはできる限り私と組織のことは話さないようにしている。それがこいつのためだと思っているから。だが、エーヴェルヴァインに来たということは、こいつにまで危害が及ぶ可能性もある。
少しだけ、教えておくか...。
『まだ一人で殺しの仕事をしていたときの話だ、』
ジクリと痛む背中の古傷と、これをつけた心の底から殺してやりたいあいつのことをもう一度思い出す。
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