1-3
マリアとコウが出ていった理事長実ではとても穏やかな時間が流れる。
私の目の前にいる男、四ノ宮がそういう空気をもっているからだろうか。
床に散らばった洋菓子やらの残骸を片付けている四ノ宮の頭には花が飛んで見える。
『いつもそんな感じか...』
「何かおっしゃられました?」
『いや...何でもない』
「ライ様、1カ月ほど日本にいらっしゃるんですか?」
『あぁ、影を動かせるまでは』
「影を...人数は揃ったんですか?」
『ドイツで訓練中だ。明日には戻るから、初仕事をさせる』
「日本で?」
驚いた表情で四ノ宮は聞いてくる。日本で動かすことを前提に訓練しているからな。
➖
【影】世界No.3に入る殺し屋組織「X」の秘密裏に動く隠密部隊。
そのトップに立つのが、今ここにいる白鳥來。他にも名前はあるが今は伏せておこう。
ライの命令でしか動かない直属の部隊でもあり、その存在は誰一人として明らかになっていない。ただ漠然と、影がいるということしか分からない。
裏社会での噂では死んだ人間で、高ランクの基準に通過したものだけが入れると言われているが、真実は誰一人として知る由もない。
ちなみに、マリアとコウもライに仕える殺し屋で、影には劣るが一般の感覚の人間には耐え難いような訓練を受けてきた。
四ノ宮に関してはライとの付き合いが長く、表で手助けをしているが、Xに所属しているわけではない。
➖
「四年前の抗争以降、日本の裏組織の均衡も崩れてここ最近で治安がいっきに悪くなりました」
『殺しが増えたと聞いてる』
「えぇ、最近では薔薇の一族が有名に。あとは一匹狼という噂のある闇鬼ですね」
『弱いやつに興味はない。薔薇の一族は何を狙っている』
「組を。九州の方ではかなりやられているそうで、近々関東にも来るかと」
流暢に紅茶を飲みながら話す。私もブラックコーヒーを口に含み、スマホを動かしメールを送る。
送り主はライアー。私の側近で組織では二番目に腕が立つ男。そしてイカれてる、私ほどではないが...
使うのは母国語であるドイツ語。Xでは様々な国のメンバーがいるため、おもに英語かドイツ語でやりとりをする。
− 薔薇の一族。
昴とエルザを日本に。
簡潔でも全て伝わる。送ればすぐに返事が帰ってきた。
− Geht klar.
(承知いたしました)
『正蔵とは会ってるのか』
「えぇ、話が弾むので昨日も明け方まで酌を交わして。あぁ、そういえば、裕翔くんと会いましたよ。遠坂組に今日本に帰ってきてることはお伝えしてないんですか?」
『あいつら、とくに裕翔は伝えれば仕事を放ってでも会いに来るからな。......会合のときで良い。』
「フフッ、びっくりしすぎて泣かなければ良いですけど」
『そのときは殺す』
「物騒ですよ。一応ここは学校ですので」
それからしばらく日本の情報を聞いたり、四ノ宮の与太話に付き合っていると、午後を知らせるチャイムが鳴る。
「おや、もうこんな時間で」
『...お前の話は長い』
「年の功というやつですよ。お付き合いいただきありがとうございます」
返事はせずに立ち上がり四ノ宮を一瞥して理事長室を後にする。向かうのは第三音楽室。
廊下にも関わらず日の当たるところでは、制服の下に来ているパーカーのフードを深く被る。すれ違いざまに生徒に見られるが気にせず歩く。
「あぁ〜ライ様〜もう聞いてくださいよぉ〜」
「コウうるさいわよ。ライ様、お待ちしておりましたわ」
「ライ様〜、マリアがひどいよぉ〜」
「あら、何を言うの?いつも優しいでしょう?」
「うぇえ〜」
犬のように駆け寄ってくる二人は私の部下。手は焼けるが、ライアー同様に私が直接育てた最高傑作に近い人材だ。
『報告を』
「はい」「はい〜」
わいわいしていても仕事になれば雰囲気がすぐ変わる。そう教え込んでいるからだ。
「遠坂組の若頭含め、全員と関係を持てましたわ。コウは渡辺十全と遠坂桃李を、私は来栖椿を引き続き監視していきますわ」
「僕からも、一つ気になったことがありましたぁ〜」
『なんだ』
「藍澤夏稀、素質があるかなぁ〜と」
「私も思いましたわ。あれは、こちら側の人間のようですの」
藍澤夏稀、5年前の抗争で会ってからどちらに転ぶかと思っていたが、こちら側だったか。
そうなると遠坂にとってはもったいない逸材...
『藍澤夏稀は私が見ておこう』
「ありがとうございまぁ〜す」
「ライ様、遠坂桃李は本当に素質がありますの?」
遠坂組のあの子たちのことは、四年前の抗争以降、二人に守るよう命令を出した。
遠くではあるが長く見てきたからこそ、若頭という地位に立つ男として何もかもが劣っている...マリアはそう言いたいのだろう。
『まだ未熟だ、だからこそどこまで育つかが見ものと言ったところだ』
「裕翔様は優しすぎるのでした?」
『あいつにとってこの世界は重荷になる』
「疑いしかない世界、なんだよねぇ〜」
裕翔と二人は面識がある。抗争のあと遠坂の組長である正蔵と桃李の兄である裕翔には、ライアーとこの二人を会わせていた。
私には眩しすぎた、あいつの子どもだから...
お昼が終わる合図が聞こえる。
「ライ様、午後はどうすればよろしいですの?」
『そのまま学校に。夜、いくつか片付ける』
そう伝えると二人は殺戮が快楽と言わんばかりの表情を見せる。
本当は学校に行かず、世界中を飛び回って仕事をしたいだろうが、日本だとそういうわけにも行かないことを四ノ宮に聞いた。
遠坂を守るというのも仕事のうちだが、日本はぬるすぎる。
他にも血に飢えたやつは多い、それを与えてやるのが私の役目だ。
『そろそろ影を動かす。お前たちに任せよう』
「ライ様、良いんですの?」
「やったぁ〜ライ様、だいすきぃ〜」
「コウ!私の方がライ様のこと愛してますわ」
言い合いをしながら教室を後にする二人の騒がしさに眉を顰めつつ、自分も教室を出て裏門へと足を進める。
裏門に着いたところには黒の高級車が止まっていて、ドアを開けて待つ執事のような男が一人立っている。
「ライ様、お疲れ様です」
その男の言葉に返事はせず、車に乗り込んだ。
まだ日も明るく人通りは多い、東京は私の母国の街並みとは程遠い。だが、それなりの良さもある。
私は流れゆく景色を横目に見ながら、一つ一つの生を音で確かめるために、ゆっくり瞼を閉じた。
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