第28話 砂漠の遺跡
ゼトロスは街の舗装されていない道を蹴り、砂埃を巻き上げながら夜の砂漠に身を投げていた。
辺りの気温は落ち着いて来ていて、わざわざ水路の中を走らなくても問題はなさそうだった。
水路沿いのスライムから発せられる冷気を楽しみながら、ゼトロスが駆けること二十分。
運が良かったのか、全く魔物と邂逅することなく41層を終え、42層の入口、鷹の頭のような顔をした立像が並ぶ遺跡へと二人を乗せたゼトロスは入っていった。
アルウィンの身体に密着していたオトゥリアの腕と双丘。
その腕はふにゃふにゃと力が抜けており、すぅすぅと空気の盛れる音が口から出ている。
その吐息が時折彼の耳を擽り、脳天に快感が突きぬける。
───くそっ。触りたい……だけど、寝てる間は卑怯だよな。オトゥリアが触らせてくれるまでは……背中で楽しむ程度に我慢しなきゃ。
それに、剣を抜けば少しは落ち着くだろうな。
アルウィンは、背中に伝わるオトゥリアの果実を背中で少し堪能しながら、預かった地図を左に。
そして、腰からじゃらりと剣を抜いて右に構える。
剣を握る手に、ずしりとした重みが走った。
───さあ、ここからは時間との勝負。迷路を最短距離で突っ走り、夜明け前に第50層まで行かないと。
可愛らしい顔で寝息を立てるオトゥリアと、周囲を警戒するアルウィン、ゼトロス。
「迷宮に入ったた途端に襲撃されたら堪ったものではないが……大丈夫そうだな」
ゼトロスはそう呟くも、その後には静寂が辺りを包み込んでいた。
扉の遥か奥で煌々と光を放つ篝火に、彼らの視界は吸い込まれていく。
ゼトロスが地図を持つアルウィンの指示通りに五分程度進んでいると、視界に入ってきたのは、ワイヤーのような拘束罠にはハマっている他の冒険者たちだった。
「そこの獣使い……!頼む!助けてくれ……!」
力のない声でどうにか叫ぶ冒険者。
喉は枯れ、今にも水を欲しているのが判る。
アルウィンは地図を見、周囲の情報を探していた。
ルチナの地図には、迷宮内の情報がメモされている。
そして現在地には、「床板に罠あり」と簡潔に書かれていた。
この砂漠の遺跡は古龍が齎した地脈の流れの変化によって地に沈んでしまった嘗ての文明の遺物だ。
至る所に仕掛けられた侵入者を防ぐ装置が、一攫千金を狙う冒険者たち5人組を苦しめている。
───助けなきゃ。ここの遺跡に居られるタイムリミットは残り八時間だし……地図通りに迷路を攻略するだけだから時間はかなり余るよな。
そう考えたアルウィンはゼトロスに、「オトゥリアを任せた!」と言うと、すぐさま背から飛び降りていたのだった。
「シュネル流!〝
銀の瞬き。
それが、ほぼ同時に5箇所から発せられる。
それは、魔力を足に込め、高速のステップで周囲を跳びながら斬る技である。
アルウィンの刃によってほろほろと崩れた、5人に絡みついていたワイヤーネット。
「すげぇ……一瞬で俺達を助けてくれたのか」
安堵の表情を浮かべた冒険者に、彼はもう大丈夫だと声をかけようとする。
しかし。 その瞬間。
カチッという音が、周囲に響いた。
それは、アルウィンが冒険者に歩み寄ろうとした途端に鳴った音である。
───やってしまった……!
それは、天井から真下に向け、拘束具のワイヤーネットを射出するスイッチの起動音だった。
蒼白の色を浮かべるアルウィンに向け放たれるワイヤーネット。
その射出速度は何かの仕組みで強化されてるのか、空気抵抗が大きいはずなのにも関わらず、矢のような速さで天井から放たれていた。
「あんた!まずいよ!」
冒険者の一人が声をかけるが、アルウィンは確りと呼吸を整えて目を見開いていた。
───まずい……けど、レオンさんの剣の方が速いな。なら……大丈夫だ。
空気が、少しだけ重くなったその時。
彼は、一歩踏み出して。
「シュネル流、〝辻風〟」
と呟いていた。
弧を描き、振り上げられた白鉄の剣。
それは見事にネットの中央に刺さり───圧倒的な斬れ味とアルウィンの洗練された斬込みの角度によって真二つに裂かれる。
そしてそれは、暫く後にふぁさっと地に落ちたのだった。
周囲は、まるで凍りついたかのような静寂そのものであった。
その美しい一閃に、冒険者たちは目が釘付けになっていたのである。
アルウィンは、冒険者たちがあんぐりと口を開けている隙にゼトロスに跨り、飲み水を欲していた冒険者の手に氷塊を出してやった。
「水は出せないけど、それで喉を潤して欲しい」
そう彼が言うと、冒険者たちから「ありがとう!」と感謝が伝えられる。
そして、彼は名前を告げることなくその場をゼトロスに乗って去ったのだった。
………………
…………
……
アルウィンが迷宮に潜って4時間が経過した。
現在、彼らがいるのは46層の中間点。
途中幾度か罠にハマった冒険者を救出しながらも着実にペースを刻んでいる。
ゼトロスも現在、戦闘に参加するものの魔力は全く用いていない。
襲ってくるのは大半がコウモリやサソリ、
このまま行けば、朝までに50層に到達することは確実と言っていい。
この先は運がいいのか、大回りしなくても次層へ駆け抜けられるような道になっていた。
そんな中。不意に、ゼトロスがアルウィンに声をかける。
「アルウィン。前に大きな気配を感じるのだが、貴様は感じるか?」
───!?
アルウィンはハッとして、魔力感知を発動させる。
がしかし、ゼトロスの言うような大きな気配は引っかからなかった。
ゼトロスの感知能力は、野生の勘によるもの。
範囲は狭いものの、魔力、殺気、振動、全てを知覚して判断している。
一方のアルウィンの感知は魔力に特化している。
広範囲の魔力の流れを察知し、それを戦闘に役立てているのである。
全ての生物は、魔力を内蔵している。
ゼトロスは察知出来て、アルウィンは出来なかったということはその存在は魔力を発していなかったということだ。
殺気や振動を放つ何か、ということだ。
───魔力を発さず、強大な気配を放つ者の存在。それは警戒する必要がありそうだ。
アルウィンは「交戦も視野に入れて進むぞ」とだけ一言。その言葉を了承したゼトロスは勢いよく石畳を蹴り上げるのだった。
………………
…………
……
「アルウィン、魔力の残穢は感じるか?」
「いや、未だに感じないな。場所は少し遠いのなら弱い魔力でも衝撃波を起こせるタイプ……ってことは武闘系の冒険者だろうし」
駆けるゼトロス。
「我が気配を察知したのは、この先の角を曲がったところだ」
アルウィンは鞘の剣に手をかけ、「了解」とだけ一言。
ゼトロスが地を蹴るリズミカルな音に、チャカッと鞘の中で剣が揺れる音が混じる。
ゼトロスは、角に到達した。
減速すると身体を屈め、右へ曲がる。
その途端、飛び込んでくる光景。
「これは……」
彼らは、言葉を失った。
そこに居たのは。
腹に穴が穿たれ、虚ろな目をどうにか潤そうとしている筋骨隆々な男と、本来破壊する事が出来ない筈なのに何故か、
アルウィンはすぐさまゼトロスから降り、男へと近付いた。
目に付いたのは、男の全身に入っていた何らかの部族の所属を示す刺青だった。南光十字教では神によって産まれた身体に意図的に傷をつけてはならない決まりがあるため、この男は南光十字教の人間ではないと一目で判る。
───同胞か。
心臓の流れを確認しようと男の鎧を外すと、心臓の真上の位置にあったのは炎龍の焼印だった。
───焼印の風習があるということは、大陸北部の遊牧民の一族だ。この人は……遠くから来た人なんだな。
彼は、男の胸に手を当てた。
───心臓は止まりかけている。体内の魔力の循環も、再構築不可能だ。もう、この人は
顔を見ると、この男は今にも力が抜けそうな身体なのにも関わらず、目で必死にアルウィンになにか訴えかけていた。
それは、「殺してくれ」という願いのように感じられた。
───この男は、もう助からない。
ならば、これ以上の願いに応え、龍神の教えの通りに苦しみを与えない死を与えるべきだろう。
龍神信仰の中には、死にゆくものへの慈悲というも教えがある。
病気や怪我などで苦しみ続ける人を救うための風習で、本人が望むのであれば、周囲の人間がその苦痛から救うために解釈するというものである。
龍神信仰の基本理念は、自然との調和だ。
自然に還ることを是とする生き方を追求する。
アルウィンはじゃらりと剣を引き抜き、男に「これでいいか?」と問うていた。
すると、アルウィンの意図を察した男は目に涙を浮かべ、最後の力を振り絞って口角を上げる。
それは、肯定だった。
「よろしく頼む」という男の願いだった。
アルウィンは、ふうっと息を吐き。そして。
剣を上段に構え、刹那のうちに〝辻風〟の軌道を銀に光らせたのである。
その切っ先は大動脈にスっと入り、そのまま首と胴体を綺麗に断ち切っていく。
噴水のように飛び散る血飛沫が、アルウィンのチュニックにドロっとした染みを作った。
だが、そんな事など気にしない。
即座に氷魔法の〝
男の血を払って首を元の位置にそっと置き、手には彼の
そして、オトゥリアが巻いていた毛布をふぁさっと被せたアルウィン。
───オトゥリアの毛布は無くなってしまったが、仕方がない。
そのまま、誰かも解らない冒険者に両手を合わせて安らかな自然への帰化、来世での安寧を願う。
これが、竜神信仰における戦士への手向けなのだ。
───名も知らない冒険者よ、来世に龍神様の御加護があらんことを。
アルウィンが暫くの間行っていた黙祷。それを終えて目線を左に移すと、隣のゼトロスは姿勢を低くして目を閉じていた。
───これが、ゼトロスたち狼族の流儀ってやつか。だけど気になるのは……男はなんで殺されたのかだ。それに壁が破壊されていることも不可解だな。
この壁は、魔力、及び衝撃全てを吸収する効果があり、特級魔法であろうとも壁に当たった途端に消失する代物ものなため、壁を破壊しながらの攻略は不可能だと地図に書かれている。
ではなぜ、粉々になるまで破壊されたのか。
気になったアルウィンは魔力感知深くをかけて魔力の残穢を調べると───腹に穿たれた穴からは純粋な魔力ではない、禍々しい魔力の気配が遠くからでは気付かないほど微かに漂っていたのだった。
_____________________
お疲れ様です!!作者の井熊蒼斗です!!
本日11/23は、何の日かご存知でしょうか??
せーの!!
はい!!皆さん正解です!!
勤労感謝の日……もそうですが、本日は私の誕生日なんです!!(拍手)
ということで……私も遂に二十歳となりました。
本作のプロット作りを始めたのが十六の頃なので、年月が経ったのだなと実感しております。
さてさて。
誕生日ということで……私から皆さんにお願いがあります!!
まだされていない!という方は小説フォローや星評価、レビューなどのプレゼントをくださいっ!!
アプリ版でしたらアップデートが入って左上の部分に栞マークが付きましたので、そこからフォローを行えます!レビューと星評価は目次の隣のレビューボタンから行えます!
ブラウザ版でしたら、作品ページもしくは最新話の最下部にフォローボタンとレビューボタンがあり、そこから星評価とレビューを行えます!
PCの方は、画面右側にフォローボタンとレビューボタンがあり、そこから星評価とレビューを行えます!
くださいますと、書いている私の励みとなります!!是非是非よろしくお願いいたします!!
これからも頑張って更新を続けていきますのでお楽しみください!!井熊蒼斗でした!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます